自己完結

「桐生響が急遽転校することになりました」


先生からその言葉が発せられた時に、俺は一瞬先生が何を言っているのが理解できなかった。


「本当だったら最後にみんなに会わせたかったんだが、桐生がそれを強く拒否してね、こんな形になってしまったんだ」


響が転校した一番の原因は俺にあるだろう。


「だから桐生と特に中の良かった月城とかは辛いかもしれないが」


そこからの先生の言葉は頭の中に入ってこなかった。


あるのはただ俺のせいで響が転校することになったという確信だけ。


だが、心のどこかで響が転校することに喜んでいる自分がいることへの嫌悪感も同時に湧いてきた。


「では、これで朝のホームルームを終了とする」


気づけば先生が教室から出て行っていた。


俺は先生の後を急いで追う。


「せ、先生!」


「?どうした月城」


「ひ、響はどこの高校に転校したんですか?」


そんなことを訊いてどうすると自分でも思うが、訊かずにはいられない。


「先生も詳しいことは分からないが、正徳高校という学校に転校するそうだ」


「...正徳高校」


その名前には憶えがある。

確かもともと衣珠季が通っていた学校じゃなかったっけ?


でも待てよ。


確か正徳高校は県が誇る屈指の進学校だったはず。


こんなすぐ転校なんてできるもんなのか?


「......」


教室に戻り授業が始まる。


当然今の俺はには授業の内容なんて頭に入ってこない。


時々衣珠季が心配そうに俺の方を向いてくる。


響と仲が悪い衣珠季といえも、今回のことは少し気に留めているようだ。


授業中ずっと響が転校したことを考えていると、俺はある結論に至る。


「...ああ、そうか」


基本的に高校の転校は入試問題を解かなければならない。


だが、響の場合はたとえノー勉でも正徳高校に受かるほどの学力はあるはずだ。


テスト期間中に休学したのはおそらくその時期に転校試験があったのだろう。


だが、響はまだ迷っていたんだ。


本当に俺と離れ離れになってもいいのかと。


だから、おそらく昨日もし俺が響の告白をOKしていたら転校を取りやめたはずだ。


つまり


「なんだ、本当に、完全に俺のせいか」


「いや、それは違う」


俺が呟くと、突然俺の近くにいた湖三が俺の言葉を否定した。


気づけばもう昼休みだった。


おそらくこれから衣珠季と俺と湖三の三人で昼飯を食べる計画でも立てていたのだろう。


「響が転校したのはアンタの責任じゃないわ」


湖三がいつにもなく真剣な口調とまなざしでハッキリと言う。


「で、でも現に昨日の俺の行動のせいで」


「アンタの行動は間違いじゃない。アンタは面と向かって響に衣珠季をこれからも救い続けると宣言した。それは普通ではまねできない凄い勇敢な行動よ」


いつしか俺が衣珠季に掛けた言葉に似ている。


「響が転校したのも、あの子が問った選択。その選択にアンタが責任を感じることなんてない」


「...湖三」


「もっとポジティブに考えなさいよ。アンタが衣珠季を選んだことで、響もアンタのことを諦める決心がついた。それにより響が救われたっていう風には考えないの?」


「響が救われた?」


「私の目から見て、あの子はアンタと衣珠季が仲良くしている光景を見て傷ついていた。ずっと好意を寄せていた男子が他の女子と仲良くしている光景を見るのがどんなにつらいことかわかる?」


「そ、それは」


「でも、昨日のアンタの行動がそんな響の苦しみに終止符を打った。アンタは響を救った」


「......」


ああ、衣珠季が見ている前だが、湖三に惚れてしまいそうになる。


「だからアンタは胸を張って堂々とこれから衣珠季とイチャイチャしなさい」


「...湖三、ありがとう。その言葉で充分救われたよ」


顔が赤くなっているのを感じる。


「私も、アンタがそんなかっこいい行動をとれる男子だとは思っていなかった」


湖三もなんだが顔が赤くなっているのが分かる。


「湖三」


「月城」


「えーっと」


衣珠季の声で現実に戻され、近かった顔が離れる。


「...湖三さん。ちょっと都斗と顔が近いんじゃないかな?」


笑顔でが内心では明らかに切れている口調だ。


「そ、そんなことないでしょう。ちょっとアンタの彼氏がふがいないから喝を入れてやっただけよ」


慌てて言い訳をする湖三。


こういう日常の光景を見られることで、もう肩の荷が下りたと思う。


だが何だろう。俺はただ自分にとって都合のいい解釈に逃げている気がしてたまらない。


本当に響は救われたのか?苦しみに終止符が打たれたのか?


それはもう本人にしか分からない。

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