響視点の物語2

「夜桜衣珠季です。よろしくお願いします」


その今にも消えそうな声を聴いた時、私は懐かしい思いに包まれた。


この喋り方は都斗君に会うまでの私にそっくりだったのだから。


「あの奥に座っている男子の隣がお前の席だ」


あの子が都斗君の隣に座ると聞いた時、私は何を思ったのだろう?


焦りか?いや、チャンスだと思ったはずだ。


この子と仲良くすることで、都斗君に私が頼もしい女だということをより強く植え付けることができる。


「衣珠季ちゃん、私は夜桜衣珠季って言うんだ、よろしくね」


「よろしく」


私が明るく挨拶すると衣珠季ちゃんも消えそうな声で返事をした。


私は目で都斗君もい好きに挨拶するように促し


「お、俺は月城都斗って言うんだ、よろしくな」


「よろしく」


相変わらず昔と変わらない人見知りを発揮する都斗君。


可愛い。


そのあとは英語の授業が始まり、転校したばかりの衣珠季ちゃんが教科書を持っているわけなかった。


私は再び目で都斗君に衣珠季ちゃんに教科書を見せるよう促した。


だが、今にして思うがこの行動があの女が都斗君に興味を持ってしまった原因だった。


昼食は衣珠季ちゃんを誘い、三人で学食で昼ご飯を食べた。


本当は都斗君との食事に別の女を混ぜることなんか吐き気がする行動だが、こうすることで都斗君にはもっと私がいい女に映ると思ったのだ。


三人で食事をしていると突然


「二人は幼馴染?」


と訊いてきた。


私からしたら幼馴染以上の関係だと思っているが、それを口にするわけにもいかないので適当な言葉で誤魔化した。


すると今度は


「...付き合ってるの?」


と訊いてきた。


私はとっさに否定したが、私はここで少し危機感を感じた。


もしかしたらもうこの子は都斗君に惹かれているのではないかと。


昼休みが終わり五時間目が始まると


「あ、そうだ夜桜。これからの授業のテキストもまだ持ってないだろ?また一緒に見るから机つなごうか」


今度は私が目で促さなくても都斗君は積極的に衣珠季ちゃんと教科書を見ることを提案した。


私の不安はますます大きくなった。


放課後、私は三人で帰らないかと提案しようとしたが、ちょうど最悪なタイミングで千宮司先輩からLINEが届いたのだ。


「桐生君、今日も雑務があるから帰りのホームルームが終わったら急いで生徒会室に来てくれ」


私は思わず舌打ちをした。


「よし、響、帰るか」


「ごめん都斗君、今日生徒会活動があるんだ」


せっかく都斗君から誘ってくれたのに断るなんて胸が痛かった。


「じゃもう私行ってくるね。それじゃまた明日ね都斗君」


「おう、また明日な」


この時衣珠季ちゃんにもバイバイの一つでも言うのが普通だが、この時は何となく衣珠季ちゃんの存在が癪に障ったので無視した。


当然二人で帰るという流れになるのは明白だとわかっていた。


だが私は油断していた。


まさか都斗君が転校初日の子といい感じになることなんてないだろうと思っていたし、衣珠季ちゃんも心を開くわけないと思っていた。


結果、それが仇となった。


その夜、いつも通り自室で都斗君の写真を眺めながらいろいろと妄想していると何となく今日の放課後のことが不安になり、都斗君にLINEした。


最初は適当な世間話から始めた。


だが、それも長く続かず


「都斗君はどうだった、ちゃんと衣珠季ちゃんと帰ってあげた?」


私は分かり切っていることを訊いた。


すると都斗君から、”一緒に帰ったどころかかなり親しくなった”と届き、私は自分の行動が失敗したことを知った。


本当だったら何かものに当たりたい気分だったが、数秒の間高まる気持ちを抑えて


「そうなんだ。これで二人目の女友達ができてよかったね都斗君!」


全く心に思ってないことを返信した。


「いや、俺と夜桜が親しくなれたのは響のおかげだよ」


私の気も知らないで能天気な変身をする都斗君。


いやそういうところも可愛いんだよ?


可愛いんだけど少しは私の今の気持ちも考えてほしいな。


だんだんとそんな都斗君に腹が立ってきて


「それじゃまた明日ね都斗君」


無理やりこの会話を終わらせた。


一階から母がご飯ができたわよぉと呼ぶ。


正直ご飯を食べる気分じゃなかったが、さすがに食事はとらなくちゃいけない。


それにまだ大丈夫だ。


都斗君はただ親しくなったって言っただけだ。


男女の関係とかには発展していないはずだ。


私は勝手にそう思い込み、それ以上は何も考えないようにした。


こうしてまたしても私は自分の都合のいい考えに逃げたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る