第8話 退屈という地獄

「ちょっと魔法が使えても、中身が凡人だったら意味がない。鍛えようによっては唯一無二の戦力になる異常者を探していた」


ローファさん史上、最も長いセリフは、喜んで良いのか悩む内容だった。

そう何度も異常者と言われると、1回目は何も感じなくても恥ずかしくなってくる。

俺からしたら、普通に魔法が使える人の方が優れていると感じる。


「別にお前を優れているとは思ってない。普通の奴が片手間で倒せる相手に苦戦してる今は、むしろ育てるのが面倒くさい。でも、切り札にはなれるかもしれない」


強者故の価値観に、本当の意味での理解はできなかったが、評価されていることは分かった。


「ラスボスを倒すのは、私じゃなくてお前かもな」

「ラスボスってだれです?」

「知らん。知らんけど、メッチャ強い奴」


聞けば、ローファさんは良い悪い関係なく、権力者を倒して回る旅をしているそうだ。

政治に不満でもあるのか聞いてみたら、特に無いと言う。ただ、楽しそうだからやっていると。


「半年くらい前に負けちゃってな、このままじゃ次は死ぬと思って、この森で資金集めついでに修行してるんだ」


誰に負けたんですか?

この質問は地雷の匂いがしたので控える。


「話すのって疲れるな」


そう言ってローファさんは再び寝た。


「‥‥‥」


頭を整理する為に外の空気を吸いに行く。

空気が美味いという感覚は分からないが、風に当たると脳が活性化される気がするのは分かる。

そこら辺の木に背中を預けて、目を閉じる。


「‥‥‥世界征服かぁ」


前にその単語を聞いたのはいつだっただろう。下手をすれば20年は遡らなければならないレベルだ。

現実感ないなぁ。

異世界でこんかことを思うのは矛盾しているが、仕方がない。


「ぎしゃあぁぁぁぁあ!」

「アチっ」


不意に、火を浴びせられた。


視線を横に向けてみると、ドーベルマンより少しデカいかな。くらいの犬っぽい魔物がいた。

痛いが、昨日の大蛇の火吹きに比べると物足りなさを感じてしまう。


火傷はしていたが、ゆっくり立ち上がり、そいつに近づく。


先制攻撃をしたのに全く怯まない、弱そうな人間の対処法が分からないのが、そいつは動かない。

戦いの最中、行動を起こさない者に負ける気がしない。


常備している短剣で刺そうと眼球を刺そうとしても、その魔物は動かない。

いや、動けないのか?


「‥‥‥いいよ。どっかいけ」


なんだか面倒になってきて、「シッシッ」とジェスチャーで追い払う。


つまんねーな。


不意に、カナと出会う前の前世での退屈な日々を思い出して、ゾッとした。

何の目的もなく、ただ生きていたあの頃こそ、「死」という概念に近いのではないか。


だとしたら、俺を生き返らせてくれたのはカナだ。

そして、物理的に殺されて、退屈という地獄に落ちる前に、ローファさんと会えた。


俺は運が良い。


そんな幸運に恵まれておいて、世界征服ごときで引いてどうする。


「よし。一丁やるか」


わざと声に出して、自分に言い聞かせる。

この言葉を自分がどれだけ守れるかは分からないが、やるだけやってみるか。

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