第4話 執着

時々、ローファさんは家を空けて、あの森へと消えていく。


共に錆落としをしてから、少しずつ話せるようになってきたから、何をしているのか聞いてみた。


「魔物を狩ったら金になる」

とのことだった。


なるほど、金は大事だ。

よく、金で買えないものもあるとか薄寒いことを平気で言う輩がいるけど、金の可能性を舐めているとしか思えない。


時に人間は、10円のために恥を捨てることができる。

そういう状況を経験していない奴が、金を軽んじる。

金が命より重いとは言わないが、同等の価値はある。


そんな金のために魔物とやらを狩って、俺にメシを与えてくれるローファさんの手伝いがしたかった。


「狩った魔物を運ぶくらいだったらできますよ」


魔物狩りに出しゃばってはローファさんの邪魔をしてしまうが、基礎体力は無駄についていたので、それくらいはしても迷惑はかからないだろう。


「ふむ。ついてこい」


お許しが出たので、短剣だけを持って森へ向かう。

あの蛇が出たら、今度こそ食い尽くしてやる。

\



「地獄に最も近い森」

「はい?」


なんか、ローファさんが厨二病っぽい名称を口にした。


「この森の名前」

「へぇ」


マジか。誰が考えたんだろう。


名前から察するに、危険だと言いたいのだろう。

伝わりはするから文句はない。文句はないが、14歳の頃を思い出して辛い。


気を紛らわせようと、首を触る。

謎の手術痕があることによって、むしろ、以前より安心感を得られる。


カナがつけてくれた痕だからだろうか。

我ながら気持ち悪いなぁと思うけど、異世界に行ったくらいじゃカナへの執着は捨てられない。

\



ローファさんと、見た目だけは似ている女性だった。


自信の無さから、髪を染めたりピアスをつけたり、挙げ句の果てに刺青まで掘ってしまったおバカさんだ。


そんな厳つい見た目の女性がどうぶつの森を楽しそうにプレイしている姿は、どんなアイドルよりも可愛かった。


知り合った経緯は、バイト先の先輩という平凡極まる理由で、付き合う過程も特筆すべきことはない。ただ、寂しい者同士が孤独に耐えかねて、似たような異性と繋がっただけ。


俺も寂しがり屋だけど、カナはそれを大きく上回った。


「デートとかはしなくて良いから、仕事以外の時間は全部一緒にいて」


全部。


本当に全部一緒にいた。


食事も買い物も歯磨きもトイレも風呂も睡眠も。

一瞬も離れたことは、俺が殺されるまで無かった。

そんな異常な独占欲を向けられたことが、俺は嬉しかった。


これまでは、誰かの代用品でしかなかった俺に。

俺ごときに。


ここまで執着してくれるカナに、俺も執着していた。


……あぁ、知ってたさ。

そんな生活が長く続くわけがないと。



\

「おい。ソコ押さえておけ」


意識は現在の異世界に戻る。

ローファさんが狩ったミツバチをデカくしたみたいな魔物を解体して、針だけを取り出す作業だ。

武器として高く売れるそうだ。


「お前も自分で狩れるようになったら、その不格好な短剣は捨てて、これを使え」

「はい」


一緒に錆落としをした思い出の品……とは、特に俺も思っていないので、素直に頷く。


「これでいくらになるんですか?」

「1ヶ月分生活できるくらい」


数字を聞いたつもりだったけど、考えてみたらこの世界の単価を知らないので、この質問の意味は無かったと己を恥じた。

ローファさんは、あまり贅沢な生活はしていないが、違法薬物(仮)が高額だった場合は、それなりの金額になるだろう。


ちなみに、今もその違法薬物を吸っている。

俺がジーッと見ていたからか、なんか勘違いされた。


「お前も吸うか?」


葉巻より太い例のブツを受け取る。

……これは、断ったら失礼に値するパターンだ。

前の世界では、目上の人からのタバコの誘いを断ることは侮蔑を意味していた。しかも、今回は全身タトゥーの異世界人である。断ってどうなるか想像もできない。


「‥‥‥ウス」


大蛇に歯のみで立ち向かった時以上の覚悟を持って吸う。

えっと、すぐに喉が痛くなった。あ、ヤバいヤバい。咳が止まらない。


「グェぐっえほん」

「アハハ」


アハハじゃないよ。


「グゥぁえー‥‥‥!グァは!」

「大丈夫かー?」


笑いながら背中をさすってくれる、意地が悪いのか優しいのか分からない。

\



クソみたいなキッカケだけど、その日からよく話しかけてくれるようになった。


「おい。タトゥー入れてやる。脱げ」

「どこに掘るんスか?」

「全身」

「勘弁して下さい」

「アハハ」

「いや、アハハじゃなくて‥‥‥」


まあ、ローファさんが彫りたいのなら、片腕くらい良いかと、左腕を差し出す。

手術中、ボケーっとしていたら不思議そうに聞かれる。


「痛くないのか?」

「そりゃ痛いですよ」

「普通は泣き叫ぶんだぞ」


そんなに?

痛いは痛いけど、泣くほどではない。

きっとアホヅラをしているであろう俺を見ながら、ローファさんは嬉しそうに言う。


「見つけたぞ、お前の強み」



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