第3話 悪い人

「私はローファ。悪い人だ」


命の恩人は、そう自己紹介した。

それ以上の個人情報を与える気はないみたいで、自己紹介は俺のターンへと移った。


「墨野です。一文無しです」


俺も他人のことを言えない、シンプル過ぎる。

でも、自分のことをベラベラ喋るのは、恥ずかしい。

ローファさんも同じ性格なのか、必要なこと以外はあまり話さない。


俺を弟子にしてどうするという説明もない。


でも、時節「魔王が〜」「勇者が〜」とか言っていたので、ローファさんが電波ではないとすると、ここは異世界なのだと理解することができた。


まあ、あんなデカい蛇がいたのだから、そりゃそうだろうと今では思うが、あの時は冷静ではなかった。


予想が確信に変わったのは、ローファさんが人差し指から火を出してヤニを吸い出したからだ。

それは、日本人が吸っているタイプではなく、多くの国で禁止されている薬物に近い。

腕はもちろん、顔や足にタトゥーを掘っている彼女の喫煙姿は、様になっていた。


木でできている家だったので、火事にならないかが少し気になるが、その時はその時だと割り切る。


正論でヤニを止めさせようとするのは、鬼畜の所業だ。


美味そうに吸っているので、一本もらいたかったが、ヤニを分けろと他人から要求されるのが大嫌いだった俺は、自重した。



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ところで、アニメは昔から好きだったから、異世界転生ものの作品もいくつか見ている。


俺の認識では、2種類に分けられると思っている。


1.主人公に何らかの才能があり、無双するタイプ。

2.目立った才能はないが、何度もやり直したり、ズル賢さで生き残るタイプ。


できたら、1のタイプの方が良かったが、残念ながら、2の苦労するタイプらしいと気づいたのは、ローファさんに魔法を教えてもらった時だった。


「師匠っぽいことをしてみるか」と言っていた。


回復魔法とやらが使えると言うローファさんは、あの死んでいない方が不思議な惨状から俺を救ったらしい。お陰で歯も生えてきた。


「見てろよ」


そう言って、森の中に連れて行かれ、30の魔法を見せてもらった。

火、氷、雷、草、闇、水、岩。

ポケモンのタイプは大体コンプしそうな勢いだ。


「やってみろ」

「はい」


できるわけねーだろ。

とは、この人の機嫌を損ねた場合のリスクが計り知れなかったので言わなかった。


結果、俺は何の魔法を使えなかった。

教え方が悪いのか、俺の才能の問題か。


「ふむ。とりあえず、基礎体力を上げておこう」


出来の悪い弟子を叱ることなく、他の道を淡々と示すローファさんと筋トレやら走り込みという、部活みてーな修行をするのは、そこまで苦痛ではなかった。

そんな日々が1週間ほど続いたある日、ローファさんからプレゼントがあった。


「武器も持っておきな」

「おー」


渡されたのは、錆だらけの短剣。

状態は悪いが、武器と呼んで差し支えないものを手に入れたのは一歩前進した錯覚を覚えるくらいには嬉しかった。


「ありがとうございます‥‥‥ローファさん、コルクとかあります?」

「コルク?」

「酒の蓋の‥‥‥外したらポンって音が鳴るやつです」

「あぁ。ちょっと待ってろ」


理由も聞かずに台所に引っ込む。


「ほらよ」


コルクを持つ逆のては、ヤニが握られていた。

本当に好きなんだなぁ。


「ありがとうございます」


受け取った俺は、中途半端な知識で錆落としを始める。

短剣に水を垂らして、コルクで磨いてみる。

5分くらい無心に磨いていたら、少しは落ちていた気がする。


「お」


その声を上げたのは、何故か俺の隣で作業を見ているローファさんのものだ。

完璧に落とすのは面倒くさかったけど、ローファさんがあまりに熱心に見ているので、最後までやり切ってしまった。


「ふむ」


そう言って、物置をゴソゴソと漁るローファさん。

10本の錆だらけなキタねー短剣を発掘して、俺がやっていた作業をやり出した。

……あれ、全部やるつもりなのか?

あと、強く擦りすぎて短剣を破壊する勢いだ。


「‥‥‥」


出しゃばるのは嫌いなんだけど、仕方ない。


「手伝いますよ」

「ん?あぁ、頼む」


変わらず簡素なやり取りをして同じ作業をする。

なんか、懐かしい感覚だ。


そうだ。カナと一緒に洗い物をしている時に似ているんだ。

もう、カナとの思い出が懐かしくなっている自分の記憶に失望しながら、今、隣り合っている人の顔を見る。


タトゥーで分かりづらいが、整っている顔に少しだけ見惚れてしまった。


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