#12 ストレイ・シープ

 これにて一件落着。

 かと思いきや、魔女の『双子の片目くれや宣言』によりブラック刑事とコスモナウトを丸め込むのは難航を極めた。

 結局決定打となったのは、本人たちの労働意欲とピエロ神父の後押しによるものである。

 気づけば黄昏トワイライト

 世界の燃えるような夕焼け小焼け。


「これは貸しだからな。お絵描きの!」

「何を言っておる? 妾がこれまで解決してきた事件を貴様はさんざん手柄にしてきたであろうが! 貴様こそ借りを返せ!」


 未だに繰り広げられるブラック刑事と魔女の不毛な会話を聞きながら。


「ピエロ神父。あんたは本当は何もかも知ってたんじゃないのか?」


 別れの時。

 アッシュは訊いた。


「幽霊の正体も、あの地下室の存在も、こういう結果になるだろうことも……すべて」

「…………」

「唯一の誤算があるとすれば、今朝コスモナウトが警察に連絡を入れてしまったこと。それにより勤勉なブラック刑事が単独で教会に召喚された」


 ピエロ神父は昨晩、本当に警察に連絡したのか?

 ブラック刑事はコスモナウトからタイツの話を聞いたとき初めて聞いた様子だった。

 しかし、それだとおかしい。

 ピエロ神父が昨晩警察に連絡しているのなら、まず第一のタイツの焼死事件で呼び出されたはずなのだから。

 単に殺された薄橙人の名前をピエロ神父が言わなかっただけなのかもしれないが。

 ブラック刑事に確認していないのでアッシュには確証はないけど。


 というか、そもそも被害者が薄橙人だからといって警察は動かないものなのか?

 それは時代錯誤の常識じゃないのか?

 今は黒人が警察官になれる時代のはずだ。

 時代のグラデーションは常に移ろっている。


「あの子たちも、ある意味では被害者なのですよ」


 仮面を被った羊飼いは語る。


「不遇な環境で育ってしまったからあそこまで歪んだ。亡羊ぼうようたん――導いてあげられなかった。すべてわたしの責任です」


 ピエロ神父は眉ひとつ動かさない。


「もともとあの地下室は懺悔室で嘘をついた子供を罰として閉じ込め、折檻せっかんを行うための部屋だったそうです。もう2度とあの地下室の扉が開かれないように手段を講じるつもりです」


 真っ暗な地下室に閉じ込められた幽霊たちは光を求めた。

 そのたくさんの願いが怨念おんねんとなって、天国へと続くあの幽霊の通り道を形成したのだとすれば……。

 あまりにも救われない。

 果たして、そこにたどり着いた幽霊はいったい何を思ったのだろうか?

 憎んだのか? 恨んだのか? 呪ったのか? 嘆いたのか?

 はたまた成仏はできたのだろうか。

 人を呪わば穴二つ。

 今回の事件はそんな言葉がぴったりだとアッシュは思った。


「……やっぱり知っていたんだな。地下室の存在を」


 だとすれば、この道化師はとんでもない役者うそつきだ。

 そんなピエロ神父はやはり顔色ひとつ変えずに答える。


「わたしは何も知りません。しかし、迷える子羊ストレイシープの進む方向に牧草は生えているようです」


          ***


「あの教会にはときより心に傷を負った幽霊が迷いこむ」

「……幽霊」

「前兆として、野生動物を殺めたり同院の子供を執拗にいじめたりなどが挙げられる。それがさらにエスカレートすれば今回のような殺人ケースにもなり得るのだ」


 帰りのカボチャの馬車内。

 隣り合う魔女とアッシュは揺られながら話していた。


「そうなる前に教会からそういうきらいのある子供を言い方は悪いかもしれんが間引まびき、妾は屋敷で雇っておるのだ」


 魔女とピエロ神父との間で、いったいどんな密約パイプが交わされていたのか。

 アッシュにはあずかり知らぬところだった。

 暗い夜道。

 赤いサイレンを鳴らす白黒のパトカー数台とすれ違う。

 駆けつけた同僚たちにブラック刑事はどんな脚色した推理を披露するのか見物である。


「つまり、幽霊の正体とは歪曲な成長を遂げた孤児ってことか?」

「なのだ。ソナタには他人の空似そらにとは思えないのではないかね?」

「……さあ、どうだろうな」


 鏡の中の自分を見たことがないアッシュにはわからなかった。


「でもたとえ灰色の青春を送ろうと、それが免罪符めんざいふにならないことは確かだろう」


 アッシュは馭者ぎょしゃ席に座る模型くんとアフローを漫然と眺める。


「なんだかんだ事件も解決しておもしろかったぜ」


 アフローはなんだかんだの一言で事件を片付けてしまった。

 人生楽しそうである。


「ソナタもわかったであろう? あの神父がどれだけ変態か」

「…………」


 神父ゴッドファーザーであり、ピエロであり、バルーンアーティストであり、臨床道化師クリニクラウンでもある彼は、終始仮面の下でいったいどのような表情を浮かべていたのか。

 アッシュには想像もつかなかった。


「でもそれを言っちゃあ、もっとも変態じみているのは魔女だと僕は思うけどな」


 教会から危険因子だけを喜び勇んで屋敷に引き取っているんだから。

 ピエロ神父が羊飼いなのだとすれば、さながら魔女は狼飼いだ。


「ほう。ソナタも言うようになったではないか」


 どこか嬉々としてシャボン玉を燻らせる魔女。


「ソナタの言うとおり、だからこそ妾の使用人は血の気の多い連中がこぞって集まるのだよ。手懐てなずけるのにも骨を折る」

「笑えないな」

「そういえば、ソナタも初めて屋敷を訪ねた際に身に染みて味わっておったな」

「あれは……」

「アッシュ、わかっておる」

「…………」

「ソナタは一方的に殺戮を楽しむような人ではないのだよ」


 ここであえて僕を人と呼んでしまうあたり、魔女も人が悪い。


「僕は人じゃないけどな」


 善人でもなければ悪人でもない。

 僕はヴァンパイアだ。


「そんな陳腐な注釈は2度とするなと言うたであろうが……厄介なのだ」


 魔女はぷんすかと頬を膨らませてからプクゥッと、大きなシャボン玉を膨らませる。

 それからアッシュは窓の外に視線を滑らせる。カボチャをくり抜いて嵌め殺しにされた丸い窓ガラスには、車内の3人と子猫1匹が映っていた。


 幽霊ファントムのその後の行方を、誰も知らない。

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