#11 交換条件

「やっほーい! 妾のランドセルなのだ!」


 ランドセルを取り戻した魔女は子供のように大喜びする。


「しかし、ソナタもあの活殺自在かっさつじざいの状況下でよくあやつを殺さんかったな。褒めて使わすのだ」

「魔女と約束したから。人を殺すなと」

「ぷぷっ。その約束がなくともきっとソナタは殺さんかったさ」

「…………」


 何はともあれ。

 魔女の言うとおり、アッシュはサファイアを殺さずに生かした。

 灰燼刀によって『意識』を一刀両断にはしたが。


 現在、サファイアとルビーは両手に黒い手錠をかけられ、両目は黒鉄のゴーグルのようなもので覆われていた。

 ブラック刑事の拘束術である。

 ガチャガチャと、流れ作業的になぜかアッシュまで漆黒の手錠をかけられる。


「なんで僕まで?」

「おーっと間違えた間違えた」


 ブラック刑事は黒い肩をすくめてアッシュの手錠を外す。


「つい癖でな。おまえが全裸で拳銃やら刀を振り回してたもんでつい逮捕しちまった」

「……そ、そいつはたしかにヤバイ」


 手首をさすりながらアッシュは妙に納得してしまった。

 ちなみに、アッシュの身体に色素沈着していた黄色い帯電と赤い斑紋はもうすでに色落ちしていた。足下には灰燼刀の残りかすである灰の山だけがこんもり残っている。

 そんな中、シスターたちは興味津々そうにアッシュの股間を凝視する。


「さすが包帯のお兄さん、大事なところまで包帯巻いてたんすか?」

「いや、僕のこれは寒さの影響で……」


 って、僕は何を言ってるんだろう。


「魔女なら前に見たことがあるから知ってるはずだ」

「ええ、なんすか? やっぱり2人はそういう関係なんすか!」


 デニムは水を得た魚のようにはしゃぎ出した。

 この異教徒シスターめ。


「お兄さん、筋金入りのロリコンじゃないっすか! タイーホっす! ポリスメーン!」

「デニム、やめなさい」


 コスモナウトは頬を朱に染めて目のやり場に困りながらアッシュを擁護する。


「おふたりのプライベートのことです。外野がとやかく言うものではありません」

「……誤解はどんな謎よりも解けそうにない」


 アッシュはしみじみとそう思った。


「ソナタ、気温のせいにしておるが以前見たときとたいして変わらんのだよ。いいからそのヘビの抜け殻のような見苦しいイチモツをはよしまわんか」

「命懸けで戦ったのに……こんな扱いってあんまりだ」


 心の傷は包帯では癒えないのである。

 アッシュは魔女の正直な感想にしゅんと落胆してから、包帯を巻き巻きした。

 とそこで。


「……う、うぅん?」


 サファイアの意識が回復する。

 膝をついた体勢のまま辺りを見回して何かを探している。


「ルビーは……あの子は無事なんでしょうね」

「ああ、今のところはな」


 サファイアの隣で気絶するルビーを見下ろしながら、魔女は言外に牽制した。


「妹に手を出したら承知しないわよ。あなたたちひとり残らず凍らせてやるんだから!」


 サファイアは気色ばんだ。

 意に介さず、魔女は目に刺すほどの真っ赤なランドセルを弾ませながら交渉を始める。


「貴様たちの処遇を話し合わねばならん」

「処遇……?」

「選択肢は3つほど」


 魔女は指を3本立てた。


「ひとつ――警察に身柄を引き渡し更生施設に入所するか。この場合、貴様ら二人一緒ではおられんだろう。2つ――条件付きで妾の屋敷で働くか。3つ――ここで死ぬか」


 さあ、好きに選べ。

 と、否応なしに魔女は選択を迫る。


「おい、お絵描きの。なに勝手なことほざいてやがる」


 サファイアが何か言葉を発する前に、当然黙っていられないブラック刑事は口を挟んだ。


「こいつら双子の身柄は警察が引き受けるに決まってんだろうがよ!」

「そんなに手柄がほしいのかね、ブラック刑事」

「なんだと?」

「まあ気持ちはわからんでもないのだよ。貴様は成果を上げねば署内での肩身は狭いままだろうからな」

「これは……そういう問題じゃねえだろうが! 良識的に考えてのことだ!」

「そんな存在するのかもわからん良識が、果たしてこやつら双子に通用するのかね?」


 2人が火花を散らして言い合っているとサファイアは毅然と答える。


「……お絵描きの魔女の屋敷で働くわ。いえ、働かせてください」


 妹と離れるなどサファイアには論外だった。

 2人でひとりの姉妹なのだから。


「うむ。ブラック刑事。本人がこう申しておるが?」

「そんなの関係あるかよ! このガキどもは署まで意地でも連行してやる!」

「頭が固いのだなぁ」

「なんだとゴラァ! 俺の頭突き受けてみっか。ああ?」


 ソフトハットをどけてブラック刑事は鋼鉄のおでこを見せつけた。

 アッシュと模型くん2人がかりで止めているとコスモナウトはサファイアに近寄る。


「ナース……じゃなくて、サファイア。あなたが犯した罪はけして赦されるものではありません。背負った十字架は一生をかけて償っていかなければならないでしょう」


 サファイアはその説教を聞きながら氷像のように押し黙っている。


「約束してください。神に背く行為はもうしないと」

「安心せい。おっぱいピンク。妾の目の黒いうちはさせんさせん」

「あなたには聞いていません」


 安請け合いする魔女にコスモナウトは白い目を向ける。

 するとサファイアはコクリと頷く。


「……約束、するわ」

「そうですか。わかりました」


 そう言ってコスモナウトは一息ついた。


「サファイアはお絵描きの魔女に預けます」

「いくらコスモナウトと言えどもそんな勝手は困りますなぁ」


 ブラック刑事は口をへの字に歪めた。


「わたしも賛成しますよ」


 ピエロ神父はブラック刑事の肩に手を置く。


「魔女とは古い付き合いです。ご存知のとおり性格はひねくれていますが信頼にはギリギリ足ります」

「しかしですなぁ」


 ブラック刑事は納得できない様子である。

 しかし、結局は頭を下げるピエロ神父の熱意にほだされたようで葉巻を咥えて煙に巻く。


「チッ、しょうがねえ。今日俺はこの教会で幽霊どころか何も見てねえよ」

「ぷっぷっぷっぷ。これでレッドとブルーが一気に手に入ったのだ」


 魔女はホクホクと笑いが止まらないほどすこぶる嬉しそうだった。

 本当ヴァンパイアよりもヴァンパイアらしい魔女である。


「お魔女、ひとつ訊くわ」


 サファイアは顔を上げて黒鉄のゴーグル越しに魔女を見据える。


「屋敷に勤める条件ってのは何なのかしら?」

「ほう。今どきの小娘にしては労働条件を事前に確認するのだな。感心感心」


 言って、魔女は業務内容を説明する。


「まずは屋敷の清掃から始まり妾の身の回りの世話。そしてこれが最も大事だ。定期的に献血ラブラッドを受けてもらうのだ。さすれば衣食住と身の安全は保証しよう」

「なぁーんだ、それだけなの? なまぬっる~い」

「あとはそうだな。もちろん人殺しは厳禁。目には目を、歯には歯を――」


 血には血を。


 魔女は狂気的に笑ってシャボン玉を燻らせた。


「そういえば最近、どこの馬の骨とも知れん虚けに妾の愛弟子は殺されたのだ。その弟子は生前両目が見えんかった」


 続けざまに、魔女はブラック刑事の手から葉巻を奪い取る。


「んなんだよ!?」


 そんなブラック刑事の声も聞かずに、その赤く熱した火口をサファイアの漆黒ゴーグルに押し当てた。ジュウジュウと香ばしい音が鳴り灰が床に落ちる。


「貴様ら双子姉妹の片目をひとつずつもらおうか。それが貴様らを妾の屋敷で雇い入れる最低条件なのだ」


 そう宣言して、魔女は葉巻をブラック刑事に返してから灰色のパイプを咥え直した。

 すかさず模型くんは透明な灰皿を差し出す。


「ちょっと、お絵描きの魔女!」

「お絵描きの……。それはいくら何でも看過できねえな」


 コスモナウトとブラック刑事はたまらず色めき立ち、非難の声を上げる。


「この条件が呑めんというのであればどれだけ頼まれようと、妾は絶対に貴様ら双子を雇わん。この条件は一切譲る気はない。というより愛弟子のタイツちゃんは命まで取られておるのだ。こやつらはひょっこり片目を取られるだけでなにも妾は命までは取らん」


 魔女は大胆不敵に言う。


「こちらはそれで溜飲を下げてやると言うておる。これでもかなりの譲歩をしておるのだよ。これが責任を負うということ……わかったか。小娘」


 跪くサファイアに老獪ろうかいきわまる魔女は向き直る。


「最終的に決めるのは貴様だ」


 一同のカラフルな視線はサファイアに注がれた。

 そして、覚悟を決めた声色でサファイアは答える。


「わかったわ」


 頷く青の少女は鋼鉄のゴーグル越しに魔女を見つめ返した。


「でも忘れないで。いつでもわたしたちはお絵描きの魔女の寝首を掻けるってことを」

「よかろう。貴様もこの日を忘れるでないぞ」


 魔女はひとつシャボンを吹いた。


「では交渉成立なのだ」


 というわけで。

 これにて一件落着。


 ――したように見えたのだけれど。


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