#9 双子たちの沈黙

「あなたたちは凍え死にたいの?」


 サファイアは礼拝堂全体に響く冷たい声色で問いかける。


「椅子の間にこそこそと寄り集まったって無駄。あなたたちはとっくに袋のネズミなのよ」

「誰がネズミだ!」


 意外にも応答があった。

 今の声はアッシュである。

 サファイアは「はぁ」と冷気を吐き、礼拝堂後方にいるアフローの縄を引っ掴む。


「なんでこういうときは真っ先に気づくんだぜ! 無視しろだぜ! オレは――」

「うるさい!」


 パシン!

 と、サファイアにビンタされて「アヒン!」とアフローはおとなしくなった。


「……本当にドMだったのね、あなた」


 サファイアは愕然がくぜんとする。

 緊縛状態のアフローを氷の床に四つん這いにさせ、その背中にサファイアは座った。その前には先ほど出現させた《青の壁ブルーダム》――大きな氷の壁がそびえている。

 いいかげん肩が凝ってきたのでランドセルを床に降ろし、ただただ礼拝堂の壁を見張る。凍った壁面は鏡のように反射している。

 何かが映り込んだら即座に氷漬けにして永眠させてやる構えだ。


「あなたたち、馬鹿な真似はおやめなさい!」


 コスモナウトの冴え冴えとした声が響く。


「うるさいわね。コスモナウト。わたしはあなたのことがずっと鼻に付いていたのよ」

「なぜですか……?」

「男に色目いろめを使って生きてきました――って、ツラが心底気に食わないのよ。吐き気がするわ!」


 しかし依然として、サファイアの造りだした氷の鏡には何も映っていない。

 サファイアは壁から目線を片時も外さずに双子の相方ルビーに問いかけた。


「ルビー、あなたのほうの様子はどう? ドブネズミたちは見えたかしら?」

「サーお姉ちゃん……」

「目を凝らして見るのよ。奴らの汚い髪の毛が1本でも見えたら焼き尽くしてやりなさい」

「……サーお姉ちゃん、それが……」

「まったくルビー、あなたはそうやっていつもおどおどして」


 サファイアはイラついたように妹に説教する。


「あなたの血の色は燃える赤でしょう。もっと猛々しくプロメテウスのように堂々としていなさい」

「……、……ッ、……サーお姉ちゃん」

「だから、さっきからなんなのよ! わたしの名前を連呼して――」


 辛抱たまらず、サファイアは黄色い肉椅子をひっぱたいてから立ち上がった。

 ルビーに視線を移すと、そこには――


「やあ、やっと本当の僕を見てくれたね」


 真っ赤に充血した涙目のルビーは、アッシュから【ブラックホーク】――リボルバーの銃口を突きつけられていた。

 サファイアは青い額に冷や汗が滲む。


「なに人質に取られてんのよ、ルビー。ちゃんと見張ってなさいって言ったでしょう」

「ごめんなさい……サーお姉ちゃん。でもあたしも目を離さずにちゃんと見てたのに――ぅ……」

「そんな馬鹿な……」

「まあ、そうルビーちゃんを責めてやるなよ。サファイアちゃん」


 赤い少女のこめかみに漆黒の銃口をぐりぐりと押しつけて極悪に笑う男。

 こともあろうに。

 アッシュは――全裸だった。


「ほんと男なんて全員ロクなものじゃない。やっぱりあなたも変態だったのね」


 サファイアは冷凍サンマのような冷たい眼差しでアッシュをにらみ付ける。


「それは心外だな。僕はこういうネイキッドな恰好でなければここまで接近できなかった」


 アッシュは種明かしする。


「きみたち2人は僕の鏡像ハイドしか見ようとしなかった。それがこの状況に至ってしまった大きな原因だ」

「どういう意味かしら? 破廉恥はれんちな変態さん」

「サファイアちゃんは聞いたことないか? ヴァンパイアは鏡に映らないって」

「…………」

「善人でもなければ悪人でもない――僕はヴァンパイアだ」


 アッシュは包み隠さず言った。

 どうせこの場の全員にバレているし……。

 そう思っていたら、


「な、なんだってだぜー!」


 と、アフローが驚いていることにアッシュは驚いた。

 それはさておき。

 かまわずサファイアは続ける。


「裸のお兄さん。あなたは最低限のプライドすら衣服とともに脱ぎ捨ててしまったというわけね。気色の悪い」


 サファイアは軽蔑するようにアッシュを見据える。


「いいからはやく、妹からその薄汚い手をどけなさい! この変態!」

「あれ?」


 僕が思ったのと違う。

 アッシュは違和感を覚えた。

 なんか僕が悪役みたいになってないか?

 追い詰められた真犯人みたくなってないか?

 入れ替わってる入れ替わってる。


「サファイアちゃんこそ、今すぐ白旗を揚げて投降するんだ!」


 アッシュは誤魔化すために大声を張り上げた。

 まるで真犯人のように。


「それはできない相談ね――というか、しなくていい相談だったわ」


 サファイアがそう呟いた瞬間、アッシュの握る【ブラックホーク】の持ち手は真っ赤に熱せられる。


「――アッツ!?」


 思わず、アッシュは【ブラックホーク】を取り落としてしまった。

 挙げ句の果てには、アッシュの魔の手から逃れたルビーは落下した黒い鉄の塊を姉の足元まで蹴飛ばす。シュルシュルと、アイススケートのように漆黒リボルバーは氷上を滑り、サファイアの足下まで辿り着く頃にはリボルバーの熱はすっかり冷めていた。


「あなたが鏡に映らずとも、この武器は映った」


【ブラックホーク】をサファイアは冷然と拾い上げる。


「実に浅薄せんぱくだったわね。これで形勢逆転よ」


 丸腰のアッシュにサファイアが銃口を向ける。

 その姉の背後にルビーはてくてくと回り込むと、後ろから抱きつくように手を回してガキリッと撃鉄を下ろした。

 ブルーとレッドの双子。

 計4つの鮮やかな手が重厚なリボルバーを支える。

 その黒い照準は全裸のヴァンパイアに向けられていた。

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