#8 血も凍る礼拝堂

「タイツ。……あの子はとても気配りの利く優しい子だったわ。でも、だからこそ憐憫れんびんを感じずにはいられない。はやく呪縛を解いてあげたかったの」

「意味不明だ」

「そう? 包帯のお兄さんからはわたしたちと同じ人殺しの匂いがするけど?」

「一緒にするな。僕は殺意には殺意を返すだけだ」


 合わせ鏡のようにアッシュとサファイアはにらみ合う。

 両者ピクリとも笑わない。


「あらそう。まあ不死身のお兄さんには一生わからないでしょうね」

「…………」

「あなたは永遠にゆるされない」


 そこで突拍子もなく、ボワッと妹ルビーは発火した。

 日焼けしたように肌の塗料がげて、髪は燃え焦げる。

 ベールを焼き捨てるとトゲトゲした真っ赤なツインテールは見映えした。頬は火照ったように赤くなった。

 それからサファイアとルビーは仲睦まじそうに手を結ぶ。


「そこまでだ。動くな」


 ブラック刑事は「『♯000000』」と暗唱し、漆黒のアサルトライフルを構えた。

【M16ブラックライフル】。口径5・56mm。銃身長508mm。


「これ以上は聞いていられねえよ。床に伏せて手を頭の後ろに回せ。ドタマ撃ち抜くぞ」


 相手の血色が強力というのはブラック刑事も痛いほどにわかっていた。

 いくら子供相手でも一切容赦はしない。


「そんなやけっぱちの弾丸でわたしたち伝説の姉妹を止められるかしら?」


 そう豪語してから、サファイアは動いた――動いてしまった。


「全員、伏せろ!」


 そんなアッシュの叫び声と同時――迷いなく、ブラック刑事はトリガーを引く。

 乱射に次ぐ乱射。

 神聖な教会内でぶっ放した。


 ピエロ神父とコスモナウトは子供たちを庇い、模型くんは魔女とニジーを抱きかかえて氷漬けにされた礼拝堂の長椅子の間に隠れる。

 アッシュとブラック刑事だけはサファイアとルビーに対峙して、けたたましい発砲音は1分ほど続いた。

 しかし、黒い弾丸が双子姉妹に届くことはなかった。

 なぜならアッシュと彼女たちの間に分厚い氷の壁が立ちはだかっていたからだ。パキンパキンと黒い弾丸はめり込みはするが、撃ち込まれた箇所はすぐに修復してしまう。

 まるで生きた防御壁だとアッシュは不気味に思った。


「『♯0000FF』――《青の壁ブルーダム》」


 氷の結晶がキラキラと舞うなか、サファイアは勝利を確信しているようである。


「無駄よ。いくら撃ってもこの絶壁は崩せないわ」


 しかし、せない。

 アッシュは凍える紫色の唇を噛み締める。

 こちらの攻撃が当たらないのは先ほどの銃撃で証明された。

 だけど、それは彼女たち側も同じことではないか。

 顔を出した途端そこを狙い撃ちにされる。


 硝煙が晴れて、ふとアッシュは左の壁を見た。

 暗紫色の鍔広とんがり帽子を被った首なし包帯男が立っている。

 透過する顔にはブラック刑事の精悍な横顔が映っていた。

 遅まきながら、アッシュは彼女たち双子姉妹の真の狙いに気づく。

 畜生、虚をつかれた!


「『♯0000FF』」

「『♯FF0000』」


 サファイアとルビーは鏡合わせのように両手を合わせて溶け合うと、2色の美声をそろえて絶唱した。


「「蒼紅の混合血色ユニゾンカラー――《鏡の幽炎テレサファイア》」」

「ブラック刑事! 敵の狙いは鏡の反射を使った攻撃だ!」


 叫ぶより先にアッシュの身体は動いていた。

 冷たいアイスリンクにブラック刑事を押し倒すと、その弾みでブラック刑事はアサルトライフルを取り落とす。

 瞬間、背後ではメラメラと熱気が上がり、アサルトライフルは紫炎に焼かれて溶鉱炉に落としたかのようにドロドロと融けてしまう。


 アッシュとブラック刑事は互いに目を合わせ、すぐさま礼拝堂の長椅子を跳び越えて身を隠した。その際アッシュはとんがり帽子を落っことしそうになったが、間一髪空中でキャッチして事なきを得る。

 これは魔女からの借り物だから大切に保管しなくてはならない。

 しかし帽子を取る際にタイツの遺作を落としてしまい、その遺作はメラメラと燃えて灰になった。


 タイツちゃん、ごめん。

 それからありがとう。


 アッシュとブラック刑事は双子の視線に触れていないか、挙動不審に周囲を警戒する。

 ブラック刑事はグラサンをぐしゃっと握り潰して、


「クソが!」


 と、途方に暮れていた。


「俺の【ブラックライフル】は効かねえし、顔を出せば逆に狙い撃ちにされて、火だるまか氷漬けだ。おまけに相手の死角はとことん少ないときてやがる」


 アッシュも対策を思案するが、そんな都合よく起死回生の戦術は思いつかない。

 決死の覚悟で強行突破するにしても氷漬けにされたら行動不能だ。

 犬死には御免である。

 アッシュが半ば諦めかけていると、


「暗い顔をしてどうした。妾のとんがり帽子がそんなに気に食わんのか?」


 と、魔女は氷漬けの床を滑ってくる。

 お尻の下にはうつ伏せで寝そべる模型くんを敷いていた。


「違う。僕はこのとんがり帽子をすごく気に入っている」

「やらんぞ?」

「わかってるよ」


 僕は借りたものはきっちり返す性分だ。


「でも敵の死角が見つからない」

「死角死角……と。いつからソナタはそんなに臆病者になったのだ?」

「なに?」

「堂々と正面突破すればよいではないかね」

「お絵描きの……おまえは馬鹿か」


 隣のブラック刑事は黒眉をひそめる。


「それじゃ火だるまになるか氷漬けになって終わりじゃねえかよ」

「黙れ。目に見えているものがすべてではないのだ」


 魔女がそう一喝すると、ブラック刑事は無精髭ぶしょうひげを撫でながら素直に黙った。


「また目に映らないからといって、そこには何も存在せんとも限らん。アッシュ、ソナタと初めて会うたときに妾が言った言葉だ。憶えておるな?」

「ああ、忘れない」

「であれば、妾の言っておる意味がソナタにはわかるな?」

「魔女の奇策は読めたけど……僕はあんまり気が進まない」


 しかし、主人の魔女にそう言われてしまえばアッシュは従うしかなかった。


こくかもしれんが、ソナタ死ぬなよ」

「イエス、マイ・ウィッチ」


 名残惜しかったが、アッシュは鍔広とんがり帽子を脱ぐ。

 それから心配そうな小さな頭にとんがり帽子をちょこんと被せると魔女の顔は見えなくなった。

 アッシュはズボンのポケットに手を忍ばせると、屋敷で魔女から受け取った四角いケースを確認する。

 そしてアッシュは両手で頬を叩き気合いを入れてから、白いため息を吐いた。


「くれぐれも僕を見つけないでくれよ」

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