#7 赦思想《ゆるしそう》

「わたしたち姉妹の秘密を暴いたのはあなたで3人目よ。包帯のお兄さん」

「どうも」


 秘密を暴いた他の2人がその後どうなったのかなんて、アッシュは愚問に感じた。


 するとまたたく間に、パキパキと教会内の空気は凍えた。

 ステンドグラスは打ち震え、パイプオルガンは悲鳴を上げ、アッシュは鳥肌が立つ。

 壁伝いに教会全体は氷の結界に覆われた。

 まるで巨大な冷凍庫である。

 歪みひとつない。鏡のような氷上のスケートリンク。

 何人なんぴとも逃がしはしないという、絶対零度の意志が感じとれた。


「尻が冷たっぜっ!」


 アフローはバナナのような黄色い足をバタつかせている。

 その上のパイプオルガンから教会の床にけて氷の階段は形成された。

 ブルーナースはカツンカツンと優雅に降りてくる。

 鏡の階段にスカートの中は映り込みそうで映らなかった。


「盗っ人め! 妾のランドセルを返さんか! この虚け!」


 魔女は騒々しく叫ぶがブルーナースは取り合わない。


「ダメよ。この世界のすべての物はわたしたち姉妹の物だから」

「サーお姉ちゃん」


 レッドナースはてすてすーと、ブルーナースのほうへ滑っていった。


「バレたのは、あなたの演技力に問題があったんじゃないの?」


 ブルーナースは叱る。


「急に病み設定なんかを付け加えたりしたから。それに浴室にも痕跡を残してしまうし、後始末に手を焼いたわ。焼くのはあなたの仕事でしょうに」

「ごめんなさい。サーお姉ちゃん……」


 青と紫の姉妹は緊張感なく話していた。

 色が違わなければ見分けるのは困難である。

 そんな瓜二つの顔を黒い視線は鋼鉄のように捉える。


「なぜだ? どうして、同じ孤児院の子供を3人も殺害した?」

「野暮なことを聞くのね」


 咎める口調のブラック刑事にブルーは臆面もなくこう答える。


「それはゆるしのためよ」

「赦し……だと?」

「そう。わたしとルビー……あ、その妹はルビーって言うの。ちなみにわたしはサファイア。どちらも本当の名前ではないのだけれど」

「あたしたちを騙してたんすか?」


 デニムはサファイアの言葉を遮って、2色の双子を交互に睨む。


「あら、騙して何が悪いのかしら」


 サファイアは居直った。


「あなたたちだって神様がいるとわたしたちを騙そうとしたじゃない。知らないの? 神様なんて本当はいないのよ?」


 断じられて、デニムはちぢこまる。


「あなたたちにはそうなのでしょうね」


 隣のコスモナウトは毅然とした態度で双子を糾弾した。


「しかし確実に悪魔は私たちのいま目の前にいます。あなたたちの心の中に飼っているのは悪魔そのものです」

「何を言っているの? わたしたちこそが人間よ」


 サファイアは聞く耳を持たず取り澄ました。


「で、話を戻すわね。わたしたち双子は物心ついたときから、とある教会に孤児として引き取られたわ。そこの神父はクズ野郎でレイプ魔だった」


 ――ここから先の展開はだいたい読めるでしょう?


 サファイアはオーディエンスに問いかけた。


「乱暴されそうになったわたしは目隠しの隙間からのぞく、そいつの勃起ファルスしたディックを凍結させてやったわ。そのアイスクリームをわたしがへし折って、妹がそれを燃やした。そのときのあいつの顔ったら傑作だったわ」


 サファイアは青く笑う。


「そのとき、わかったわ。あーこれが赦しなんだって。死こそが最大の懺悔なんだって」

「ああ?」

「私たち人間はあらゆる命を踏み台にして生きている罪深い生き物。そんな人間が赦されるのはいつかわかるかしら?」

「刑期を全うしたときに決まってるだろうが」

「違うわ」


 ブラック刑事の答えをサファイアは冷たく否定する。


「正解は死ぬときよ。死んだときに初めてすべての罪は清算される。つまり、みんなを赦しちゃえばきっと世界は平和になるってことなの。だからお願い、信じて」


 サファイアは青写真を熱く語った。


「教会の子供たちは鳥籠とりかごに囚われているわ。戒律によって縛られ生き地獄を彷徨さまよう、そんな憐れな子羊たちを救う。それがわたしたち姉妹の使命だから」


 サファイアは了見の得ない詭弁きべんろうした。

 しかし、なおもアッシュは腑に落ちない。


「なぜチェリーくん、アイスくん……そして、タイツちゃんを殺した?」

「レッドとブルーの血色は厄介だってわたしたちは身に染みて知っているもの。それに赦してあげるのは子供優先でしょ。あとの連中は取るに足らない雑魚の血色だし――」

「それなら……!」


 アッシュは誰のものかわからない感情を必死に押し殺す。

 そして続ける。


「それなら……タイツちゃんは戦闘能力で言えばこの教会で最弱だったはずだ」

「タイツねぇ」


 サファイアは碧の双眸を細めた。


「正直、誰でも良かったわ。第1の事件を起こして警戒状態に持ち込めれば、それをかいくぐってルビーと入れ替わりアリバイを作れる。でもさっき言ったとおり、ブルーとレッドはリスクが高い。かといって、お兄さんは全身包帯ぐるぐる巻きで血色どころか得体も知れない」


 ――そこに続いて入室したタイツに目を付けたってわけ。


 と、サファイアは種明かしする。

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