#6 コスモナウトの血色

「ま、死んだ人の気持ちなんて誰にもわからないわ」


 話題を変えるレッドナース。


「先ほどシャワーは使えないって言いましたけれど、それなら返り血の問題はどうするんですか?」

「きみも姉妹ならよく知ってるはずだ」

「…………」

「返り血なんて凍結させて払い落とせばいいだけだ」


 彼女を一睨みしてから、アッシュは推理の総仕上げに取りかかった。


「第3の事件。レッドナースちゃんの真後ろに位置していたはずの黒猫ニジーは燃えた」

「でもアッシュさん、見えていないものを燃やすことはまず不可能のはずでは?」

「そうだけど、レッドナースには見えていた」

「どうやってですか?」


 アッシュはコスモナウトを見つめると自身の眼球を人差し指と中指で差したのち、今度はコスモナウトの瞳にその指を差し向けた。

 俺は見ているぞ――のジェスチャーである。

 コスモナウトのその眼鏡には首なし男が映っていた。


「コスモナウトの眼鏡にニジーが反射して映り込んでいたんだ」


 コスモナウトは間接的にとはいえ殺猫さつびょうに加担してしまったことを知り、気まずそうに眼鏡をカチャリと触る。


「そして、そのニジーが燃えて視線の集まった先には懺悔室があった。レッドナースちゃんはその懺悔室内の鏡を利用して、今度はコスモナウトを狙った」

「そんな……」


 コスモナウトは絶句する。


「しかし、僕に突き倒されて邪魔を受けた。あのとき、あの場で鏡に映っていたのは僕だけだ」


 吸血鬼は鏡には映らないので正確には僕の包帯だけだけど……。


「射線を悟られないために燃やすなら、あとは僕を標的にするしかない。だから腹いせに床に倒れたままのレッドナースちゃんはで、僕の頭を包帯ごと燃やした」

「全然関係ないかもっすけど……火の玉はどうなったんすか?」


 デニムはおっかなびっくり挙手した。


「まさかあっちはリアル幽霊っすか?」


 リアル幽霊って……。

 なんとも存在感のはっきりしない幽霊である。

 アッシュは親切に答える。


「デニムちゃん、それはたいした謎じゃない。火の玉はただの生活のあかりだった」

「生活の灯?」

「ナースちゃんは本当は双子なのにひとりっ子を装っていた。要するにひとり分の食事が足りないわけだから、レッドナースちゃんはそこら辺の野生動物を適当に焼いて食べて空腹をしのいでいたんだろう」


 アッシュはレッドナースの猛禽類のように獰猛な眼をのぞき込む。


「きみたち双子がパープルに化けるのは好都合だった。なぜならパープルの血色は【毒】だ。『みんなを危険に晒してしまうから』の一点張りで、定期的に行われる能力検査の追求を逃れられる」

「…………」

「何のことはない。きみらは【毒】の血色なんて元から使えやしない。真っ赤な嘘だったんだ」

「うふふふ」


 レッドナースは負け惜しみのようにせせら笑った。


「でも、包帯のお兄さん。わたし以外にも血色を隠している人はいますよ? ――シスター・コスモナウト、とか」


 一同の視線はコスモナウトのサーモンピンクの双眸そうぼうに向かう。

 ついにはそのカラフルな視線に耐えかねた様子で、


「しょうがありませんね」


 と、コスモナウトは桃色の吐息を漏らした。

 それから眼鏡をクイッと押し上げて、決心の灯った瞳で告白する。


「『♯FF6699』――私の血色は【魅了チャーム】です。私は直接目の合った人物を魅了してしまうんです」


 別に隠すほどの血色だろうか。

 そう思ったアッシュはすぐさまそれを撤回することになる。


「10年前、自分の血色について私はあまりにも無知でした。無自覚のうちに【魅了】を発動し、知らず知らずのうちに教会の子供たち全員を【魅了】してしまっていたんです」


 これが10年前の、ピンクのベールに包まれたセンセーショナルな惨劇の真相。


「愛は人を狂わせる。子供たちは私との恋に落ちて、命をして争いました」


 自然界ではよくある光景だ。

 血色を制御しなければ悲惨な目に遭うことをコスモナウトは骨身にみて知っていた。

 アッシュはいろいろと腑に落ちる。


「あらあら、あっさりカミングアウトしちゃうのね」


 レッドナースは悪びれもしない。


「シスター・コスモナウトは人生の先輩でもあると同時に殺人の先輩でもあったわけね。なぁーんだ、わたしたちと同類じゃない」

「今の発言は九分九厘くぶくりん、自白したも同然なのだ」


 魔女は無愛想に結論した。

 アッシュも頷いてから、大量の空気を肺に溜め込む。


「面倒臭いなあ……! いいかげん姿を見せろ!」


 大きな声が礼拝堂に反響した。


「秘密の地下室にいないってことは、この世のどっかで見てるんだろ!」


 するとアッシュの声に被るようにして、


「ウフフ」


 と、目の前のレッドナースは嗤笑ししょうする。


「ウフフッ「ウッフフ!「ウッフフフフフ!」

「アハハッ「アッハハ!「アッハハハハハ!」


 そして、同じ声色の呵々大笑かかたいしょうが礼拝堂に共鳴した。

 奴はパイプオルガンの上に座っていた。


「ごきげんよう。包帯のお兄さん、昨日ぶりね」


 そこには敬虔な黒いベールを脱ぎ捨てた、青髪ツインテールの蒼肌碧眼あおはだへきがんムスメがいた。

 背中には真っ赤なランドセルを背負っており、ソプラノリコーダーが脇に挿してある。

 それは見間違いようもなく魔女の私物だった。

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