#5 双子のトリック

「ふたりのナースちゃんが入れ替わった、その方法とは――」


 アッシュは双子の入れ替わりトリックを暴く。


「ふたりのナースちゃんは素肌にそれぞれ塗料を塗りたくり、紫人パープルに偽装したんだ。レッドナースちゃんのほうは青い塗料を、ブルーナースちゃんのほうは逆に赤い塗料を携帯しているはずだ」

「そんなっす……」


 面喰らうデニム。


「ってことは、2人はこの孤児院に収容される前から共謀きょうぼうしていたわけっすよね。……普通そこまでやるっすか」

「デニムちゃん。思いついても馬鹿馬鹿しくて誰もやりそうにないからこそやる価値があるんだよ」

「お兄さん……天才っすか」

「いや、それほどでもないよ。そして、その2人がメイクする場所はおそらく浴室だった」

「ちょっと待ちなさい。異色の馬鹿コンビ」


 レッドナースはクールに遮った。


「レッドナースちゃん、つまりわたしですが――は、どうやってブルーナースちゃんと入れ替わったというんですか? 地下室に続く懺悔室の前には、お魔女さんを始めとしてあなた方が現場検証を行っていたはずですけれど?」

「それなら魔女と僕はこの身を持ってよく知っている。なあ魔女?」

「はて、何のことやら?」


 あからさまにとぼける魔女だった。

 仕方なく、アッシュは説明する。


「昨晩、幽霊調査に乗り出した魔女は犯人の書き残した『Ikaros』というメッセージに、まんまとおびき寄せられ、時計台にある落とし穴に間抜けにも落っこちた」

「間抜け言うな」

「その落とし穴の続いていた場所は――地下室だ。ということは逆にその落とし穴を辿っていけば時計台に出られると僕は考えた。地下室には律儀にも脚立が置いてあったし、結果のほどはさっき僕が実演して見せたはずだ」

「なるほど。だから、アッシュさんは懺悔室からテレポーテーションできたわけですか」


 コスモナウトはまたひとつ謎が氷解したようだ。

 アッシュはさらに氷を解かす。


「その双子が入れ替わる際にレッドナースちゃんのガサツな性分が祟った……のかは、知らないけど、浴室に青い痕跡を残してしまった」


 それが第2の事件に尾を引いてくることになる。


「さてはて、そんなにうまくいきますか?」


 しかしレッドナースは応酬してきた。


「肌は、それで偽装できたとして、髪は? 瞳は? 歯は? というか、肌だって誰かに触れられれば色落ちしませんか?」


 舌鋒鋭い反論にアッシュはきゅうする。

 正直そこまで深く考えていなかった。

 すると、魔女は幅広い見識を持って助手をカバーする。


「刺青に使われるような強力なものであればたとえ肌でも簡単には色落ちはせんし、毛髪は染めればよい。瞳にはカラーコンタクトを。歯にはマウスピースを嵌めればよいのだ」


 あとは血さえ流さなければ自らの色は露見しない。


「お魔女さん。お言葉ですけど、髪を染めるといってもそんな時間はあるのかしら? この教会ではシャワーを浴びる時間はひとり15分と定められているはずなのだけれど?」

「レッドナースちゃん、それは違う」


 アッシュは嘘吐きオオカミの尻尾を掴む。

 すでに毛色は落ちかかっている。


「きみの場合は30分だ。きみはいつも盲目のタイツちゃんに付き添って2人分の、計30分の時間的猶予を与えられていた」


 いざとなればタイツを言い訳に時間を延ばすこともできただろう。


「それだけあれば髪染めは可能じゃないのか?」


 瀟洒しょうしゃな知識に疎いアッシュは魔女に丸投げした。


「――なのだよ。それだけの時間があれば髪染めは完了するのだ。あやつは貴様が隣で髪を染めていようが、人を殺していようが、見えんかったのだからな」


 レッドナースは紫色の瞳を獰猛どうもうに歪める。

 ナースを見つめる全員の目の色は、だんだんと懐疑的に変色しつつあった。


「先述したとおり、僕たちが呑気に寝ている裏でしくも模型くんは暗躍していたブルーナースちゃんと浴室で出くわしてしまった。そして氷で造られた鈍器のようなもので殴打され、その後乱暴された」


 アッシュの説明に頷く模型くんは殴打された頭部を手で触る。そのあと素手を目視してから出血もしてないくせに愕然がくぜんとするリアクションをとった。

 元気な証拠である。


「そこでブルーナースちゃんはどうしようか考えた」


 アッシュはYのポーズを取りお手上げする。


「この教会では夜中にシャワーは使えない。キッチンから水を運ぼうにも誰かに見つかるリスクがあるのでなるべく行動範囲は広げたくなかった」

「たしかに。ヘタに水で流せば強力な塗料は広がってさらに目立つかもしれないですし」

「電気を点けて作業するにも、それは『ここに誰かいます』と言っているようなものっす」


 マリンとデニムは頭を悩ませる。


「ふたりの言うとおり。そこで犯人が苦肉の策として思いついたのは、模型くんをバラバラにして人の注意を引きカモフラージュするというもの」


 しかし、それだけではまだ足りなかった。

 そして、ブルーナースは考えうるかぎり最悪の方法を思いついてしまう。


「ブルーにレッドを混ぜ合わせれば――パープルになる」


 アッシュは歯切れよく喝破かっぱした。


「この一連の事件はすべてこの法則が通底つうていしている。僕は生まれてこのかた魔女に教えてもらうまで青色に赤色を混ぜれば紫色になるなんて知りもしなかった」


 そして憶測だけどタイツちゃんも……。


「しかし彼女の場合は知識として知ってはいた。……だけど確信が持てなかった」


 なぜなら、

 アッシュはポケットからとある折り畳まれた紙を取り出した。


「これは、タイツちゃんが人生最後のお風呂上がりに僕に託したものだ。僕の顔に触れたとき包帯の下にこっそりと潜り込ませた。タイツちゃんの遺作と言っても過言じゃない」


 アッシュはその紙切れを丁寧に広げる。

 これが彼女の飾らない本物の遺志だ。

 同じ顔をした青人と赤人の少女が描かれており、その繋いだ手は紫に色づいている。


「へえ、たいへん驚いたわ。……で、それはなんなのかしら?」


 レッドナースは贋作がんさくのように眉をすくめた。


「僕だって、最初これを渡されたときは何を意味しているのかさっぱりわからなかった。この紙切れ……いや、絵画の意味を僕は生前のタイツちゃんに尋ねたが、彼女は教えてくれなかったから」


 でも、魔女が教えてくれた今ならタイツちゃんの言わんとしていたことはわかる。


「タイツちゃんはレッドナースちゃんとブルーナースちゃんが日夜入れ替わっていたことに気づいていた――と、僕は思う」


 アッシュは故人タイツの薄橙色の横顔を思い浮かべた。


「五感の鋭敏な彼女のことだ。染料の匂いも、体臭の違いも、地下室の物音も、双子の密談も、殺気さえも嗅ぎ取って――すべてを感知していた」

「それならなぜ言わなかったんですか?」

「言わなかったんじゃない。言えなかったんだ」


 きっと彼女は言いたくなかったのだ。


「盲目の自分を気遣ってくれるきみたち2人のナースちゃんのことを、心優しいタイツちゃんは大切な友達だと信じたかったから」


 アッシュの憶測にレッドナースは押し黙る。

 それから沈黙を破る。


「……もし、それが事実だとすれば愚かだわ。猛毒にも劇薬にもならない」


 毒々しい言葉だったが、それは初めて彼女の本音のように聞こえた。

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