#4 『♯0000FF』

「包帯のお兄さん、自分の言っていることわかってる? わたしと昨晩をともにしたのよ?」


 厄介な言い方をするナースは妖艶に笑う。


「アッシュさん、本当にナースが……? 私も信じられません」


 コスモナウトの眼鏡が淡く曇る。


「仮にシスター・コスモナウトと包帯のお兄さんにバレずに、わたしが部屋を抜け出せたとするわ。だけれど【氷】の血色なんてわたし使えないわ」

「たしかに。今のきみは使えないだろう」


 アッシュはあっさり肯定した。


「でも、タイツちゃんが殺されたときのきみなら【氷】の血色を使えたはずだ」

「はて、どういう意味かしら?」

「要するに、この事件は『ナースちゃん』という羊の皮を被った2匹の狼の犯行だったんだ」


 アッシュは淡々と暴露する。

 羊飼いも迷子になるような今回のトリックの道筋を。


「ナースちゃん、きみは……」


 いな


「きみたちは――赤人と青人の一卵性双生児だ」


 その衝撃的な発言にシスターたちはざわめく。

 かまわずアッシュは続けた。


「どちらが姉か妹かまでは僕には判別つかないけど。今のきみは双子の片割れ――レッドのほうだ」

「アッハッハッハ!」


 ナースは大爆笑した。

 それこそ焼死しそうなほどに。


「あー可笑おかしい。何を言い出すのかと思えば……」

「ちょっ、お兄さん正気っすか?」


 デニムは濁った顔色を浮かべている。


「頭を焼かれて脳味噌とろけちゃったんじゃないっすか?」

「不謹慎だよ、デニムちゃん。そんなはっきり言ったら可哀想だよ」


 マリンの生温いフォローのほうがアッシュには一番こたえた。

 水にも致死量はあるのだ。


「デニムちゃんとマリンちゃんにそこまで言われてしまっては僕も立つ瀬がない。わかった。順を追って説明しよう」


 アッシュは『ジャック・O・ランタン』を床に置いて包帯の巻かれた両手をパフッと叩いた。


「やはりタイツちゃんの焼死事件は、ここに姿を見せていない第三者の存在が必要不可欠だった。視線を遮る密室という空間に血色能力を及ぼせる人種がこの場にいないからだ」


 でも――外側にはいた。

 と、アッシュは包帯を巻き直しながら言う。


「あのときナースちゃんは……ここでの『ナースちゃん』ってのは、きみとは別の『ナースちゃん』って意味だけど……。ややこしいからこっちをブルーナースちゃんと呼んで、いま僕たちの目の前にいるきみをレッドナースちゃんと呼ぼう」

「ご自由にどうぞ」


 レッドナースは手のひらを差し向けて、余裕綽々よゆうしゃくしゃくに振る舞う。


「あの場に僕らと一緒にいたブルーナースちゃんは【氷】の血色を用いて、懺悔室の外からその扉を凍結させた。これにはタイツちゃんを懺悔室から逃がさないためと、外からの闖入者ちんにゅうしゃを防ぐ目的がある」

「証拠はあるのかしら?」

「証拠は事件直後のピエロ神父の証言だ」


 燃え盛る懺悔室の扉を開けた際、ピエロ神父は興奮して汗ばんでいたのか不思議と熱さを感じなかったという。


「それは溶けた氷により単に手袋が濡れていたから熱さを感じなかったんだ」

「そういうことだったんですな」


 ピエロ神父はポンと手を叩く。


「あとは、いま僕たちの目の前にいるレッドナースちゃん」

「…………」

「きみは地下室から這い出てタイツちゃんの足下に鏡面にメッセージを書き残したあと、懺悔室内に火を放った」


 あくまで、アッシュは平静を装い推理する。


「懺悔室内は鏡張りだから、隠し通路の扉からすこしのぞくだけで部屋全体は反射する」


 タイツちゃんの好きな箇所を燃やせたことだろう。


「その【炎】の熱により扉を凍らせていた【氷】は溶け、消火にはマリンちゃんの血色を使うことは容易に予想がつく。そして氷から溶け出た水分はマリンちゃんの【水】に洗い流されて証拠は残らない」


 正しくは水分を弾くクレヨンで書かれた文字以外は。


「あのぅ。結局『♯0000FF』というのは何だったのでしょうか?」


 コスモナウトの素朴な疑問。

 あるいは目の前でレッドナースが詰問されるのを見ていられなかったのかもしれない。

 まだ愚直に信じているのかもしれない。

 そう思いながら、アッシュは答える。


「『♯0000FF』というのは本来カラーコードではブルーを意味している」

「そうですよね」

「しかし、この暗号は懺悔室の鏡に書かれていた。ということは『♯0000FF』を反転させればいい」

「えっと、反転させるんだから……『♯FF0000』ですか」

「そう。つまりはカラーコードのレッドだ」

「まさか」


 コスモナウトは信じられないという様子だった。

 それからアッシュはそれを書き残したであろう張本人に尋ねる。


「この暗号はレッドナースちゃんが殺害したことを暗示している。そうだろ?」

「うふふ。包帯のお兄さん、あなたは想像力が豊かなのね」


 レッドナースは当然認めるつもりは無いらしい。


「小説家でも目指したらどうかしら?」


 いやな化けの皮の剥がれ方をしてやがる。

 決定的証拠じゃないと埒が空かないので、アッシュは次の事件に話を移す。


「タイツちゃんが殺されたあと、コスモナウトは戸締まりをさせ、子供たちを寝かしつけてから礼拝堂に戻ってきた。そしてすぐさまコスモナウトは僕とともに寄宿舎に戻った。そうだな、コスモナウト?」

「その通りです」

「ってことは、コスモナウトが僕と一緒に寄宿舎に戻ってくるこのわずかな時間に、ブルーナースちゃんとレッドナースちゃんは一度入れ替わっていたはずだ」

「どうやってだよ。2人の人種カラーは違うんじゃなかったのか?」


 ブラック刑事は混乱したように指摘した。


「それは簡単なトリックだ。女性ならなおのこと、親しみのある方法」


 アッシュは自身の顔の表面を撫でた。

 包帯の指先で触れると素肌はくすぐったかった。


「その方法とは――」

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