#3 犯人はきみだ

「まだ縛られておったのか」


 魔女は興味なさげに呟く。


「ブラック刑事、解いてくれだぜ!」


 わめき散らすアフロー。

 ブラック刑事はものぐさそうにため息を吐いた。


「なんで俺がそんなことせにゃならんのか……」

「あんたは市民の血税で生活してるニートなんだぜ!」


 理解不能なこと言ってアフローは果敢に食ってかかった。


「いいから善良な一般市民を助けろだぜ! この〇〇〇〇〇!」

「ああ? 何だとゴラァ?」


 ブラック刑事は凄み、アフローに紫煙タールを吹きかける。


「おまえをチーズみたく蜂の巣にしてやろうか? このエチナの残党が」


 ブラック刑事は中指ミドルフィンガーを勃てて、アフローを侮辱した。

 先の大戦は黄色人が発端となったと言われている歴史的背景があるのだ。

 一触即発ならぬ、一色即発の雰囲気が流れる。

 そしていつの間にか、刑事の手の中には黒光りする【ベレッタM9】が鍛造たんぞうされていた。


「――『♯000000』」


 これがブラック刑事の血色能力。

 無骨な引き金には黒い骨太の人差し指が掛かっている。

 安全装置セーフティはない。


「ぼ、暴力反対なんだぜぇ……。オレは善良な一般市民なんだぜぇ……」


 銃口は黄色のアフロヘアーにめり込み、アフローは縛られているので手も挙げられない。


「次はねえぞ」

「ひぃ……」

「これはおまえの頭が吹き飛んでなくなるぞ――という意味だ。まだ頭のあるうちに足りねえ脳味噌にしっかり刻んどけ。イエローマウス」


 警告してから、ブラック刑事は【黒銃】を黒い影の中に押し込む。


「なーんてな、俺流のブラックジョークだ」


 ブラック刑事は整然としたお歯黒の間から黒い舌をベェーと突き出した。


「ぷっぷっぷっぷ。おぬしもわるよのぉ」


 魔女がせせら笑う。

 そんな冷え切った空気のなか。


「じゃあ腹も割ったところで謎解きを再開する」


 アッシュは全体に向き直った。


「鍵は礼拝堂後方の一画に掛かっていた。これをアフローの目を盗んで使用することは不可能。そうだな、ピエロ神父?」

「ええ。今朝もアフロー氏には鍵を取る際に小動物のような目で見つめられましたが……」


 現在進行形でそうである。


「わたしは子供たちの安全を最優先いたしました。アフロー氏、どうかご寛恕かんじょ願います」

「だったら、今助けてくれだぜ!」


 しかし誰もアフローの縄を解く気配はない。

 頑として鋼鉄の意志で動かない。

 まるで1枚の絵画のごとく。

 いち水素原子に至るまで時の止まったように微動だにしない。


「どうして誰も何も反応しないんだぜ……。まさかこれが神の力なのかだぜ……?」

「じゃあ、謎解きも最終局面だ。みんな心して聞いてくれ」

「テメェら全員、絶対ロクな死に方しねえからだぜええええ!」


 叫ぶアフローを無視してアッシュは謎解きを推し進めた。

 犯人の背中はもうすぐそこまで見えている。


「第3の事件。黒猫ニジーと僕の頭部を狙った発火現象。これらのボヤ騒ぎは血色が行使されているのは火を見るよりも明らかなのでひとまず後回しだ」

「それって【炎】の血色ですよね。でも、チェリーくんは亡くなって……」

「マリンちゃんの言うとおり。でも、あの発火現象は血色以外には考えられない」


 この事件のおかげといってはなんだけど、魔女の発見に至ったわけだからこれは犯人の悪手だったと言わざるを得ないだろう。


「僕は死なない。そしてニジーも」


 不死コンビは糸切り歯をのぞかせて勝ち誇ったように笑う。


「今度はそれを考慮して第2の事件に立ち戻ろう。犯人はどうやってチェリーくんとアイスくんの部屋の鍵を解錠して、刺殺し、その凶器はいったいどこへ消えてしまったのか?」

「どこに消えたんだよ?」


 ブラック刑事はボールペンをカチカチッとしきりに鳴らす。


「答えは簡単だ」


 アッシュは明快に説く。


「犯人は鍵と凶器を――【氷】で造った」


 水を打ったように静まり返る礼拝堂。

 そのなかで唯一、魔女だけは冷笑をたたえていた。

 かまわずアッシュは続ける。


「氷であれば日向に放置するだけで形を保っていられず、自然と溶けて水になる。しだいに蒸発して空気中に溶け込み、やがては雲になってしまう。凶器はそれこそ雲を掴むようなものなので見つかりっこない」

「つまり……アッシュさんは、犯人はアイスだったとおっしゃりたいんですか?」


 コスモナウトはおどおどしながら声を震わせた。


「でも、先ほどは【炎】の血色が使われたと……。それにチェリーとアイスは殺されて……」

「そうだ。犯人はアイスくんじゃない。ましてチェリーくんでもない。そして【炎】の血色と【氷】の血色を扱えた人物――」


 魔女、模型くん、ピエロ神父、コスモナウト、ナース、デニム、マリン、チョコ、ブラック刑事を順繰りに、アッシュは見据えた。


「オレも見ろだぜ! コンチクショウ!」


 そこまで言うならアフローもいちおう容疑者に含めておこう。


「1日目、密室の懺悔室内でタイツちゃんを殺害しメッセージを現場に残し、その夜模型くんをバラバラにし、あろうことかチェリーくんを引きずり回して、アイスくんの心臓をひと突きにした――」


 アッシュは鍔広とんがり帽子を目深に被り直す。


「その犯人はこの中にいる」

「うむ。その犯人というのはいったい誰なのだ? ソナタ、白日の下に晒してみせよ」


 魔女に促されて。

 アッシュは包帯にまとわれた右手人差し指を、事件の黒幕に突きつけた。



「犯人はきみだ――ナースちゃん」



 全員の視線はヴァイオレットの瞳に吸い込まれる。

 ナースは小揺こゆるぎもしなかった。

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