#2 読者への挑戦
「そこで、なぜ模型くんはお風呂場に立ち寄ったんだ?」
無駄だとわかりつつもアッシュは質問を投げかける。
模型くんは身振り手振りを駆使して必死に何か伝えようとしていた。
「ふむ。模型くんは浴室のバルブが緩んで水が漏れていたからそれを止めた――と言っておる」
「ちょっと待て……。魔女は模型くんの言葉がわかるのか?」
「当たり前なのだよ。いったいどれだけの歳月をともにしてきたと思っておるのだ」
魔女は自慢げに未成熟な胸を張った。
「というかそんなに模型くんの証言が欲しいのなら紙に状況を書いてもらえばよかったではないか」
「あっ、そっか。いや、でも僕は字が読めないんだ」
「なるほど。ソナタのほうに問題があったのか」
魔女はやれやれというふうにかぶりを振った。
しかしたとえ字が読めなくとも他の人に読んでもらうことはできたな。
シンプルに抜けていた。
というか白状すると模型くんが字を書けると思っていなかった。
「止めて悪かった。魔女と模型くん、続けてくれ」
模型くんは筋肉質な肉体を躍動させ魔女はそれを凝視した。
なんだかシュールな
「模型くんが浴室を調査したときにはチェリーの遺体はなかったらしい」
「ってことは、そのときチェリーはまだ生きていたのか」
あるいはすでに殺されて自室に放置されていたか。
「模型くんはさらに調査を進めるべく電気を点けようと振り向くと、そこにはなんと犯人らしき人物が立っていたのだ」
「そ、それは誰なんですか?」
コスモナウトを筆頭に全員が生唾をゴクリと飲み込む。
みんなの期待を一身に背負った魔女は模型語を解読してから答えた。
「残念ながら、それを目撃した模型くんは気絶してしまったそうなのだ」
「…………」
気絶すんのかよ。
模型なのに。
期待してしまったぶん、全員の落胆も大きかった。
「みんなしてガッカリするな!」
魔女は必死にフォローした。
「模型くんは恐ろしいものや真犯人を見てしまうと気絶する機能付きなのだよ」
「真犯人を目撃したら気絶するって……相変わらず、使えねえ
ブラック刑事は心底落胆した。
「それから模型くんは気絶したあと犯人から乱暴を受けたらしい。そうだな?」
魔女に目を向けられて、模型くんは左脳をパカッと外してからまた嵌めた。
どうやら模型くんにとって左脳はハット扱いらしい。
紳士だ。
「でも犯人はなぜ浴室で模型さんをバラバラにして、かつチェリーを運び込む必要があったのでしょうか?」
コスモナウトは眼鏡のつるを摘まみながら首を傾げる。
「それを僕が今から解明する」
アッシュはそう前置きしてから2人の少年の死の真相に迫る。
「昨晩、僕はコスモナウトとナースちゃんと同室で睡眠をとった」
「ちょっと待てえい!」
魔女は灰色のパイプを握り潰した。
「ソナタ、妾が囚われの身になっておるときにいったい何をしておるのだ……虚け!」
「魔女、その
「そうか。ならば進めい」
あっさりと引いた魔女。
その横でコスモナウトは身の潔白を訴えている。
「わ、私はなかなか寝付けないナースを寝かしつけようと思ったら眠ってしまっただけで……」
「いいから謎解きを続けろ、ミイラ男。おまえの処遇は事件の真相を聞いたあとで決める」
ブラック刑事に急かされてアッシュは謎解きを放棄したくなった。
こここはひとつ、犯人にすべての責任をなすりつけてお茶を濁すしかなさそうだ。
「というわけで今朝、僕はコスモナウトの悲鳴で目を醒ました。すぐ部屋を飛び出ると、チェリーくんの血痕は彼の部屋から廊下を伝って浴室まで引きずられたように延びている。浴室にはバラバラにされた模型くんと心臓をひと突きにされたチェリーくんの死体。周囲には凶器らしきものは落ちておらず、床に流れた血液はレッドブラッドとパープルブラッドが存在した」
血を舐めたことはややこしくなりそうなのでアッシュは省いて説明した。
「パープルブラッド……」
ブラックの瞳が紫人ナースを捉える。
「なにか? わたしは一晩中ベッドで熟睡していたのだけれど?」
「そうだ。ブラック刑事。ナースちゃんに犯行は難しい」
アッシュは言った。
「同様にコスモナウトにも犯行は難しいだろう。というか一緒に寝ていた僕たち3人にはやっぱり不可能だ。ベッドから起き上がり部屋を出れば他の2人が起きるかもしれない。かといって、他の2人を殺害すれば生き残ったひとりが犯人だと自ら言ったも同然だ」
「じゃあ、パープルブラッドはどこから降ってきたっつーんだよ?」
「それはおいおい説明する」
アッシュはブラック刑事に断ってから話を進める。
「それからチェリーくんの死体発見後、コスモナウトはピエロ神父を呼びに行って僕は魔女の部屋を訪ねた。その部屋はニジーとトランク以外もぬけの殻だった」
「アッシュ。妾の部屋はのぞくなとあれほど言っておいたはずなのだが?」
「魔女、緊急事態だった。見逃してくれ」
「ふん。鬼畜め。……今回だけなのだぞ」
罵倒してから魔女はそっぽを向く。
頬に引っ付く白いガーゼが痛々しかった。
行き場のない思いのまま、アッシュは続ける。
「そして礼拝堂からコスモナウトと各部屋の鍵を所持したピエロ神父がやってきた。そのとき、アイスくん以外のシスター全員は部屋の外に出ていた。ピエロ神父がアイスくんの部屋の鍵を開けると、ベッドの上で刺殺されたアイスくんの死体を発見した」
「窓から犯人が入ったんじゃないんすか?」
「デニムちゃん、それは無理だ。窓は施錠されていた」
「そうっすか」
「そして陽当たりのよい窓の付近に不自然な水たまりがあった。ちなみにこの水たまりはチェリーくんの寝室にも同様に存在した」
それと『♯0000FF』の血文字。
「つまりはね、犯人はね、夜中のうちにね。その各部屋の鍵を使ってね、チェリーとアイスをね、殺害したのね」
チョコの操るモグランはおどろおどろしくミミズのような舌を出す。
「チョコちゃんとモグランくん、それは――」
「この子は女の子なのね」
「……あーわかってたよ。わかってて僕はモグランをくん付けしたんだ。女の子だからってくん付けしちゃいけないのかい? それは女性差別だろ?」
「それならいいのね」
「そりゃどうも」
これは僕が大人げない。
ともあれ、だ。
アッシュは気を取り直す。
「チョコちゃんとモグランくん、犯人が夜中のうちに各部屋の鍵を使ってチェリーくんとアイスくんを殺害するのは不可能だった。なぜなら――」
アッシュは全員の視線を礼拝堂後方へ誘導すると、
ビシッ!
と、その人物を指差した。
「もう解いてくれだぜ! ブラック刑事、そこにいる奴らを全員逮捕してくれだぜ!」
黄色いアフロは道端に咲くタンポポのように根気強く揺れていた。
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