第5章 ヒツジとオオカミは友達になれるか?

#1 かえってきた魔女

「ぷっぷっぷっぷ。シャバの空気とシャボン玉は格別にうまいのだ」


 模型くんを従えて、お勤めを果たした魔女の第一声がこれだった。

 膝小僧や太ももなどに絆創膏を貼って顔面には痛々しくもガーゼが貼り付けてあった。

 お勤めご苦労さまです。

 アッシュは頭を下げた。


「チッ、お子ちゃまが……。乱暴されたって聞いたらこれかよ」


 ブラック刑事は葉巻を燻らせてハスキーボイスを吐く。


「おう、これはこれは誰かと思えば……また会ったな。ブラック刑事」

「こちとら、毎回会いたくて会ってるわけじゃねえんだよ」

「貴様の噂は妾も聞いておるぞ。署内での検挙率トップを維持しているそうではないかね」


 魔女は酷薄こくはくな笑みを浮かべた。


「そして、捕まえた犯人の冤罪率も同じくトップなのだったか。刑事の勘とやらで誰彼構わず逮捕する悪癖あくへきは相変わらずのようだな。あまり禍根かこんを残しておるとそのうち刺されるぞ?」

「だったらそいつをまた逮捕してやるまでだ。いつでも待ってるからよ、お絵描きの」


 ブラック刑事は挑発するように紫煙を吐くと魔女の鼻がピクピクする。


「禁煙中の妾の前で葉巻を吸うとはいい度胸なのだ。表へ出ろ、ヘビースモーカー」

「出るとこも出てねえ、ガキんちょが粋がってんじゃねえよ」


 魔女とブラック刑事はにらみ合うとシャボン玉と紫煙はぶつかり合う。


「ぷぷっ。まあよかろう。今はいがみ合っている暇はなさそうなのだよ」


 ブラック刑事との挨拶もそこそこに魔女は目を転じる。

 その先で子供たちが何かしらを円状に取り囲んでいた。


「かわいそうっす」

「かわいそうなのね、埋めないとなのね、あたしなら一瞬でできるのね」

「どうせ、いずれ死ぬんだわ」

「ナースちゃん、そんなこと言わずにさ……」


 色とりどりの子供たちは黒猫ニジーの真っ黒焦げた死骸を眺めている。

 そのうちつっつき出しそうな勢いだ。


「小娘ども、散れ散れ」


 魔女はその一団をシッシッと追い払う。

 それからニジーの死骸にシャボン玉を吹きかけた。

 すると、遺灰の中からうじの湧くように物体がモゾモゾと蠢きだす。

 おっかなびっくりその灰の山から這い出てきたのはマツボックリサイズの子猫だった。

 ミニチュアな鳴き声を上げるニジー2代目。

 模型くんは2代目を取り上げてあやすと、シスターたちにも笑顔が戻る。


「妾とニジーの生き返りマジックなのだよ。お楽しみいただけたかね」


 魔女は絵に描いたようなドヤ顔である。


「七色七叉の尾を持つニジーは不死猫ふしびょうという希少種なのだ」

「愛猫が助かってハッピーなのは結構だがな。まだ特大のホシが割れてねえんだよ」


 ブラック刑事は凄んだ。


「お絵描きの、この事件の犯人はどいつだ?」

「ぷっぷっぷっぷ。焦らんでもそこの妾の助手には明々白々めいめいはくはくらしいぞ」


 魔女の言葉に全員の視線はアッシュに集中する。

 アッシュは俯いてとんがり帽子で視線を遮ると、白い大理石の床には十人十色の足が生えそろっていた。


「まずは第1の事件。犯人はどうやって懺悔室という密室の中にいたタイツちゃんを殺したのか?」


 アッシュは昨夜の光景を思い出しながら語った。


「その解答は先ほど全員が見て知っているはずだ。懺悔室の下には隠れた地下室があった。犯人はその通路に潜んでおり、タイツちゃんの青いクレヨンを拝借して鏡にメッセージを書き残したのち、現場に火を放った」

「その作業をわずか数分足らずで……だいぶ計画的な犯行じゃねえか」


 ブラック刑事は嘆息する。


「というか神父。あんたはあの地下室の存在を知っていたのかよ?」

「いえ。それがわたしも今の今まで知りませんでした。管理者失格です」


 ピエロ神父は力なく首を横に振った。

 白々しいが、その真偽は今のところ確かめようがないとアッシュは捨て置く。


「犯人はタイツちゃんを殺害したあと隠し通路の扉を閉める際に、とある証拠を残してしまった」

「証拠?」

「タイツちゃんの薄橙色のクレヨンを誤って潰してしまったんだ。それがきっかけとなり地下室の存在が僕に露見ろけんした」


 あるいは虫の息だったタイツが最期に一矢報いたのか。

 それはもうわからないけど。

 盲目の画家は、最期に何を思い、何色のクレヨンを掴んだのか。


「タイツちゃんが愛用していた薄橙色のクレヨン――それが犯行当時、犯人が地下室に潜伏していたという証拠だ。ブラック刑事、確認を」


 全員が見守る中、ブラック刑事はボールペンで黒い頭を掻いてから懺悔室の地下に降りていく。

 クレヨンの欠片を白い布に載せてから念入りに確認した。


「ミイラ男よ、これがそのタイツのクレヨンだっつー証拠にはならねえだろ? 犯人が事前に用意していたクレヨンかもしれねえ」

「ブラック刑事、そのクレヨンは間違いなくタイツちゃんのだ。欠片ピースを組み合わせてみればわかる」


 アッシュにそう言われ、何かしら反論しようとした言葉を呑み込んでから、ブラック刑事は1本の薄橙色のクレヨンを復元する。


「やったぞ、おら。これで何がわかるってんだ。やっぱり普通のクレヨンじゃねえかよ」


 それを見て、ブラック刑事以外の者はそれがタイツの所有物であるとわかった。


「……たしかに、これはタイツちゃんが使っていたクレヨンだわ」


 ナースに至っては涙ぐんでいる。

 アッシュが黒焦げになった11本のクレヨンを見たときの違和感の正体はこれだった。

 ひときわ短いクレヨンが足りなかった。


「こんなに薄橙色を好んで使う人を、僕はタイツちゃん以外に知らない」


 おそらくはタイツちゃんの一番好きな色。

 そして自分の色。

 湿っぽい空気になってしまったが犯人はまだ明らかになっていない。

 アッシュはさらに犯人の痕跡を追うために質問を投じる。


「昨晩9時、魔女は定刻どおりに幽霊調査を行った。それは間違いないか?」

「ソナタがサボタージュしたことをカウントせんのであれば概ね間違いはない」


 アッシュを執拗に責める魔女。


「その調査の最中、模型くんは妾の背後を警戒するあまり全速力でクラウチングスタートを切ってしまってな。はぐれたのだ」

「側近にも置いていかれたのね。可哀想なお魔女」


 ナースは無愛想に慰めた。


「置いていかれとらんわ! 一家に一人は欲しい、紳士の模型くんなのだぞ!」

「そうなのね。模型くんはね、レディーを置いてね、自分だけ逃げたりしないのね」


 なぜか模型くんのポイントが異常に高いチョコは傀儡かいらいモグランを使ってフォローした。

 そういう無機物に命を吹き込むのが好きな子なのかもしれない。

 当の模型くんはなんとも言えない顔をしていた。


「というわけで、妾はひとりで時計台の鐘に馳せ参じたのだ。そこでなんやかんやがあったのち、地下室の牢屋に落ちてしまったのだよ」

「なんやかんや……って、なにがあったんすか?」


 デニムは首をひねった。


「なんやかんやは、なんやかんやだ。けして落とし穴に落ちたとかそういうのではないのだ」

「落ちたんですね……落とし穴に……」


 マリンは鋭く言い当てる。


「ええい、うるさいのだ! ともかく、そこで逃げ出した模型くんがその後どうなったのかは妾よりソナタたちのほうが詳しかろう」

「いま逃げ出したって言っちゃったけどな、魔女」


 アッシュは指摘してから張本人の模型くんに視線を移した。

 彼が殺される前に何を見たのか。

 もしかしたら犯人を目撃しているかもしれないのだ。

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