#7 鬼バレ
「『♯00FFFF』――《
みずみずしい詠唱とともに、じゅわわっとアッシュの顔面に天から恵みの雨が降る。
教会の宙には水色の天使の赤ん坊が数人舞っており、その背には純白の翼が生えていた。
マリンが【水】の血色を使ってくれたのだ。
そう悟ったときには、アッシュは大理石に後頭部を強打して仰向けに倒れていた。
「アッシュさん!」
「包帯のお兄さん!」
コスモナウトとナースの声は間近に聞こえる。
しかし何色も見えない。
ドタドタと床の振動があり、他の面子が駆け寄ってきているのを骨伝導で感じた。
「ひぃぃぃいいい! 誰か! ヘルプミー!」
遠くからアフローの声が鮮明に聞こえる。
途端、パッと視力は回復した。
アッシュはこぞって全員に取り囲まれていた。
ピエロ神父、コスモナウト、ナース、チョコとモグラン、デニム、マリン、ブラック刑事の瞳は奇異の色を浮かべている。
全色の視線はアッシュに釘付けだった。
にもかかわらず、その虹彩に映り込んだいずれのアッシュにも、首から上の顔がない。
――正直、血の気が引いた。
「おまえさん、その肌色っつーか。その再生能力は……ひょっとして、ヴァン――」
ブラック刑事に何事かを尋ねられる前にアッシュは脱兎のごとく跳ね上がった。
人の目をかいくぐるように怒濤の勢いで走る。
カラフルな景色を置き去りにする。
肌の色、髪の色、瞳の色を誰にも見られたくなかった。
一刻も早く隠れたかった。
「アッシュさん!」
コスモナウトの甘い声にアッシュは後ろ髪引かれたが、振り切って懺悔室の中に立て籠もる。
外からドンドンと誰かが開けようとしている。
それは鏡に映るアッシュ自身だった。
「アッシュさん! 開けてください。大丈夫です」
首から上の存在しない化け物が扉を開けようと追い縋っている。
「私たちはみんなアッシュさんのことが大好きです。取って食べたりなんてしませんから出てきてください」
「そうかもな。……でも、僕があんたたちを食べるかもしれない」
「そんなことありません。アッシュさんは命を
アッシュは救われた心地がした。
なぜ人が神を信仰して祈るのか、わかった気がする。
「わかった……でも、すこしだけ僕をひとりにしてくれ。心の整理がつかない」
「そうですか。……それなら、わかりました」
コスモナウトは素直に頷く。
人の気配と温もりが懺悔室から遠ざかっていくのを確認してアッシュは
見られてしまった。
知られてしまった。
魔女のときは平気だったのに……。
どうして今回は過剰に反応してしまったのだろうか。
相手が人間だったからか。
後ろめたかったのか。
罪悪感に苛まれたのか。
それとも別の……。
アッシュは鏡を見つめる。
襟首の包帯が黒く焦げた顔のない化け物に問う。
「おまえは誰だ?」
答えは返ってこなかった。
アッシュは鏡面に視線を這わせる。
下のほうには青いクレヨンで『Ikaros』の文字。
その対面にはどの殺害現場にも残されていたカラーコードの青色を意味する『♯0000FF』の文字。
魔女はこの暗号の意味をわかっているふうだった。
「僕にはさっぱりわからない」
アッシュは懺悔した。
「魔女、いったいどこに行ったんだよ。こんな大きな謎を残して……。魔女がいないと事件解決の糸口も掴めないよ」
タイツは無残に殺されて、チェリーとアイスも、それに模型くんとニジーだって……。
「魔女探偵の助手なんて僕には荷が重かった」
アッシュはブルーな気持ちで俯く。
するとその視線の先に、直線のようなものが見て取れた。
大理石と大理石との間に濃厚な色が滲んでいた。
やさしい薄橙色である。
「タイツちゃんの血痕か? ……いや、これは」
アッシュは包帯を突き破るほどの鋭い爪で、その
間違いない。
これはクレヨンである。
アッシュは視線を落とすと、大理石の1枚にガシッと獰猛な爪を深く食い込ませた。ズズズィーと、石と石の摩擦音が響き持ち上げると、なんと一尺四方の隠し通路が現れたではないか。
下に暗い階段が連綿と続いており、その1段目には砕けた薄橙色のクレヨンの残骸が落ちていた。
「そういえば、現場では12色クレヨンのうちの11本目までしか発見できなかった」
足りなかったのは薄橙色のクレヨンだったのか。
タイツの遺志に導かれるようにして、アッシュは暗黒の地下にひたひたと降りていった。
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