#6 鬼火
というわけで、ブラック刑事の号令に従い、アッシュたちは配置につく。
「よし、全員配置についたな。じゃあ始めてもらおうか」
タイツの遺体のあった場所には紐で縁取られたタイツの白い面影があった。
チョークアウトラインというやつだ。
「まず、僕はタイツちゃんをエスコートして懺悔室まで送った」
アッシュはレッドカーペットの敷かれたヴァージンロードを歩いて再現する。
昨日と違う点は相手がもうこの世にはいないってことだ。
懺悔室で折り返して不自然な動作もなく席に戻るとブラック刑事は質問する。
「懺悔室の神父側はどうなっている。神父、手数だが扉を開けたまま説明してもらえるか?」
「わかりました」
ピエロ神父は向かいの懺悔室に着席し昨日と同じ説明を繰り返す。
ブラック刑事は苦い顔で頷いた。
「そうか。神父は熱気を感じて室外に飛び出したと……すると、この場合もっとも嫌疑をかけられてもおかしくないのは【炎】の血色能力を有するレッドだが……」
ブラック刑事の尻切れトンボの推理をアッシュは捕まえる。
「ピエロ神父がその懺悔室を開け放つまで室内をのぞいた者はおろか、通りすがった者もひとりだっていない」
「つーことは……」
「血色を密室の室内に行使するのは不可能だったってことだ」
「うーん。結局、誰にも犯行は不可能の密室殺人か。2日目の事件ではレッドは寝込みを襲われ、刺殺されていたし……。犯人候補からは外していいのかもしれん」
ブラック刑事は葉巻を燻らせながらメモ帳にボールペンの黒いインクを走らせた。
「その火を鎮火させたのはライトブルーのきみだな?」
「……は、はい」
うわずった声で答えるマリン。
「神父に血色を使うように命じられたので、わたしは無我夢中で放水しました……」
「うーん、供述通りかよ」
「……す、すみません」
「いやいいんだけどよ」
ブラック刑事は苦笑してから事実の再確認を行う。
「勢いよく流れた被害者の死体と現場に犯人が残したと思われる『Ikaros』と『♯0000FF』のメッセージ」
全員の知恵を絞ってそのメッセージについて考える。
すると、礼拝堂の後方の荘厳なパイプオルガンの下でとある人物は喚き散らした。
「もういいだろだぜ!」
縛られたアフローである。
その横をニジーが優雅に通り過ぎた。
「そもそもオレをまた拘束する意味はないんだぜ! 縛ったていでよかったんじゃないのかだぜ?」
「おまえ以外の全員はそう思っていたが、おまえが自ら進んで縛られたんじゃねえかよ」
ブラック刑事はこめかみを痛そうに押さえる。
「みんなでオレのことをハメたんだぜ!?」
「アフローがね、勝手にね、ハマったのね」
チョコはパペットのモグランを躍動させて茶化すように笑う。
「いやアフローは緊縛が趣味のドMなのかなってあたしは思ったんす」
「そういう変態さんにも縛られたくない気分のときがあるんじゃないのかな」
デニムは鼻で笑い、マリンは変態と断じる。
「みんな生きている間だけだよ。そうやってはしゃげるのもさ」
唐突にナースは鬱屈とした雰囲気を醸し出していた。
「どうせみんな死んじゃうんだから……」
「ナース、そんなことはありません。
コスモナウトはしゃがみ込み、ナースを見つめた。
「神に祈りを捧げてたくましく生きてさえいれば、神が私たちを導き、また天国で再会できるのです」
「ほんとなの、シスター・コスモナウト?」
縁なし眼鏡のレンズに紫紺の瞳は反射した。
「本当よ。信じる者は救われる」
コスモナウトはナースに微笑む。
すると見計らったようなタイミングでステンドグラスから後光が射し、礼拝堂をカラフルに包み込んだ。
七色七叉のニジーは開放された懺悔室の前をゆったりとキャットウォークする。
天使の歌声が聞こえてきそうなほどにのどかなムードの朝だった。
しかし、次の瞬間――地獄の扉が開く。
突如、何の前触れもなくメラメラと黒猫ニジーを真っ赤な
ニギャー!
と、ニジーの断末魔がけたたましく礼拝堂に響き渡る。
ステンドグラスの陽光と混じり合い、虹色の炎を焚き上げた。
「なんだなんだ!? いったい何が起こってやがる!?」
ブラック刑事は虹の架かる火の玉を凝視する。
ニジーは懺悔室の前で灰色に燃え尽きた。
その間、ものの数十秒である。
自然と全員の視線は、そこへ集中した。
アッシュは鏡に反射する伽藍堂の瞳と目が合う。
鏡の中の
「全員、椅子の下に隠れろ!」
気づけば、アッシュは叫んでいた。
ニジー発火のからくりは今はほっとけ。
あとで絶対に犯人はただじゃおかない!
アッシュの近くにいたコスモナウトとナースはぼさっとして伏せ遅れていた。
なりふり構わず、アッシュは2人の大・小の胸をポヨーンと突き飛ばす。
顔を起こすと、懺悔室の鏡には包帯の男だけがひとり佇んでいた。
――瞬間。
ボワッとアッシュの眼球からまたたく間に水分が蒸発した。
地獄の業火に焼かれて視界は消え失せる。
世界から色がなくなった。
タイツちゃんもこんな世界を見ていたのかな。
今は亡き少女をアッシュは密かに思う。
息ができない。
自身の燃えカスを吸引して灰が喉を灼く。呼吸器系は機能しておらず、鼓膜には断末魔の叫びとゴウゴウと不気味な火の音しか聞こえなかった。
今気づいたが、どうやらアッシュは顔だけしか燃えていないようである。
偶然なのか。
いや、違う。
アッシュは直感的に思った。
これは悪意だ。
この火焔は殺気よりも悪意が燃料に
顔面だけを焼いて命までは取らないという、悪魔の所業であった。
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