#3 模型蘇生

「そもそも、犯人はどうしてレッドの死体と模型野郎だけを浴室まで運んだっつーんだよ?」

「……模型さんのほうはどうかわかりませんが、チェリーのほうは部屋で犯人に襲われて逃げようとしたのではないですか?」


 ブラック刑事とコスモナウトは首を傾げる。


「コスモナウト、それはないと思う。おそらくチェリーくんは即死だった」

「アッシュさん、どうしてそう思われるんですか?」

「どこを見ても血色の痕跡がない。チェリーくんに浴室まで這いずる体力があるなら【炎】で犯人を焼き尽くしそうなものだ。眼球に損傷は見られなかったんだから」


 犯人を見ることができれば一矢報いたはずだ。

 それからアッシュは提案する。


「模型くんを組み立ててみよう。何かしら欠けている部品等があるかもしれない」

「もう好きにしろ。証拠写真はすでに撮ってある」


 腕を組むブラック刑事は、いつの間にか黒光りする一眼カメラを構えていた。

 アッシュは模型くんの元の内臓配置を思い出しながらコスモナウトとともにパコッパスッと、人体を完成させていく。

 最後に露出した心臓を嵌め込んだ。

 その次の瞬間――


 ビクン!


 と、模型くんの身体は飛び跳ねた。

 黄色と緑色の眼球は3人の影を捉える。


「ひぃ!?」


 コスモナウトは小さな桃色の悲鳴を上げてしまう。


「相変わらず奇妙な人形だな」


 ブラック刑事は黒い眉間に深いしわを刻んだ。

 アッシュは何となく生き返るような予感はしていたので驚かない。

 そもそも生きているのか死んでいるのかもわからないような存在だ。

 そしていの一番に問う。


「模型くん。生き返って早々で恐縮なんだけど……魔女はどこだ?」


 ぶんぶん、と首を横に振る模型くん。

 その際に隣のチェリーの遺体に気づき跳ね起きると恐れおののいていた。


「……誰が驚いてんだよ」


 口からカラフルな心臓が飛び出そうだったが、その他肉体的な損壊は見受けられない。


「模型くん、昨日は魔女とともに幽霊調査には出かけたんだろ?」


 うんうん、という首肯に合わせて瞬きを挟む模型くん。

 動作にも異常なし。


「そこで何者かに襲われて魔女とはぐれたのか?」


 一瞬――不自然な間が開いた。

 目を泳がせたのち、うんうんと模型くんは頷く。

 この間は何かを暗示しているのか。

 それともまだ本調子ではないのか。

 あるいは僕の考えすぎか。


「おい模型野郎! おまえは犯人を目撃したのか?」


 ブラック刑事がドス黒い声で問う。

 ぶんぶん、と首を横に振る模型くん。

 遠心力でピンクの左脳が吹っ飛びそうになったのをブラック刑事は叩いて嵌める。


「チッ、使えねえ野郎だ」

「そんなこと言うな、ブラック刑事。模型くんが生き返っただけでも奇跡だ」


 模型くんがいるだけで心強い。

 そして魔女もきっと生きているはず。

 アッシュは彼の中に希望を見た。


「ふん。じゃあそのレッドのガキの部屋も調べるか」


 そう言って、ブラック刑事は浴室に『keep out』と書かれた黄黒テープを張り巡らせた。

 それから、アッシュたちは床に延びた真っ赤な血痕を辿りチェリーの部屋に到着。

 距離にしてざっと5メートルといったところである。

 部屋には鍵は掛かっておらずすんなり入室できた。

 延びた血糊ちのりはベッドの上から続いており、ベッドシーツは鮮やかに朱く染まっている。

 そしてやはりこちらにも、被害者の血液で『♯0000FF』の文字が書かれていた。

 たしか『♯0000FF』はカラーコードで青色を示すんだったか。

 だからなんだという話だけど。

 模型くんは正視に耐えない様子で両目を手で覆い、コスモナウトは口を押さえていた。


「無理は禁物だと思うが……」


 ブラック刑事は気遣う言葉をコスモナウトにかける。


「大丈夫です。私はもう真実から目を背けたりはしませんから」

「そうかい。強くなったな」


 ブラック刑事はやさしい眼差を向けた。

 一転、豹変したように鋭い眼光を放つ。


「それで、昨晩この部屋は施錠されていたのか?」

「窓もドアも両方されていました。私が入念にチェックしましたから」


 コスモナウトが証言する。


「タイツがあんな事になってしまったので神経質にならざるを得なくて……」

「タイツ……?」


 聞き返すブラック刑事にコスモナウトは改めて昨夜の事件のあらましを話した。


「なるほど。その件もあとでじっくり調べるとするか」


 ブラック刑事は頷く。


「そんで昨晩、幽霊退治に繰り出したお絵描きの、が今朝には神隠しに遭っていたっつーわけかよ。……ざまぁねえな」


 模型くんの抗議の視線を受け流してブラック刑事は平然と続ける。


「昨日の夜中、大きな物音とかは聞いてないのか?」

「私は特には……」

「僕も聞いてない」


 答えながら、アッシュの視線は窓から射した日向に向けられる。

 そこにはアイスの寝室と同様に、不自然な赤い血だまりが広がっていた。

 その円状に広がった血をアッシュはペロリ――する前に、いちおう視線だけでブラック刑事に申し立てをする。


「どうせダメだっつっても舐めるんだろ、おまえは。さすがは魔女の助手かよ。変態トリオだ」


 ブラック刑事は辟易へきえきしたふうに嘆息する。

 新しい葉巻を咥えてマジックのような手際で葉巻の先端をパチンと切る。黒光りするターボライターで火を点けて紫煙を燻らせた。

 ハードボイルドかつダンディなシガータイムだった。


 一方、ブラッドタイムのアッシュはペロリと人差し指を舐める。

 生ぬるくてピリ辛で、やはり通常の赤血レッドブラッドと比較すると薄味である。


「もう、だいたい済んだだろ。次は礼拝堂を調査するぞ」


 浴室と同じくカシャッと写真に収めたあと、チェリーの部屋は黄黒のテープによって封鎖された。

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