#10 監禁される魔女
模型くんは自分の五感を頼りに夜の教会を怖いなぁ怖いなぁと徘徊していると、ご主人様の絶叫が聞こえた気がした。
しばし立ち止まって耳を澄ましてみたが、水を打ったように静かである。
空耳だったのかと思っていると、ポタッポタッと浴室のほうから水の漏れている音が聞こえてきた。
こういうシャワーから滴る水を止めずにはいられない性分の模型くんである。
誰の気配もない浴室に入ると、案の定目的のシャワーノズルからポタポタと水が滴り落ちているのを発見した。
ギュゥムと固く締めてフゥーと汗を拭うボディランゲージを駆使する模型くん。
その場に目線を落とすと、何やら着色された水が床に付着しているのを見つけた。
しゃがみ込み人差し指で拭き取ると、親指とこすり合わせて粘着性などを検分する。
しかし、暗い浴室なので色やどんな液体なのか得られる情報は圧倒的に少ない。
仕方なく、電気を付けて確認しようと模型くんは立ち上がっって振り返った――瞬間。
――そこには犯人らしき人影が立っていた。
直後、その人物像を視認する間もなく模型くんは白目を剥いて気絶してしまう。
ドカッ!
気絶した模型くんは、その犯人から頭部を固くて重い鈍器のようなもので執拗に殴打された。
眼球はポコンと飛び出て脳味噌の左脳ブロックはパカッと外れる。
それから模型くんを殴打した犯人は模型くんのカラフルな内臓を引きずり出し、筋繊維の丸見えの四肢をフィギュアのようにバラバラに解体していく。
やがて模型くんはピクリとも動かなくなり、帰らぬ人となった。
***
魔女が目を醒ますと、そこは鉄格子に囲われた異様な部屋だった。
丸電球が部屋を
「そうか。妾は穴に落ちて……」
魔女の両手両足は拘束されてはおらず問題なく動く。
それにしても迂闊だった。
「落とし穴の内側に鏡を斜面に置き、さもそこには穴などないように錯視させる。あんな古典的なトラップに引っかかるとは……妾も
自嘲する魔女に鉄格子の向こう側の人影が声をかけてくる。
「やっと目が覚めたようね、お絵描きの魔女」
その人影の横には脚立が立てかけてあった。
魔女の位置からはちょうど影になり表情はうかがえない。
しかし。
「ファントム、貴様の正体はお見通しなのだ」
「ふーん。いつから気づいてたの?」
「『♯0000FF』というサインを見たときからだ。あれはさすがにヒントを与え過ぎなのだ」
「そっか。さすがは魔女探偵」
幽霊は感嘆する。
「でも、あなたの助手さんは事件の真相を見破れるのかしら?」
「見破れるさ。アッシュの審美眼をもってすれば、きっと」
魔女は首を回してしきりに自分の背中を触る。
そこにはいつもの感触がない。
「あー捜してるのは、これ?」
その人物はくるりと回って、目に痛い真っ赤なランドセルを自慢げに見せびらかす。
氏名は書かれていないが明らかに魔女から強奪したものである。
「キテレツで便利なアイテムを取り出せるのよね。すごいわ」
ランドセルを没収されては為す術もない魔女は「ぐぬぬ」と、唸ることしかできなかった。
「十分に発達した科学は魔法と見分けがつかない――って、言うけれど……いったいどんなカラクリなのかしら。魔法? それとも
「…………」
「あるいは自然? まさか、奇跡なのかしら?」
「ふん。答える義理はないのだ」
「あらそう。まあ道具なんて使えればなんでもいいわ」
幽霊は
「だって、これで世界が救えるかもしれないもの」
「貴様みたいな者には救えんよ。そんなに世界は安くないのだ」
魔女は断言した。
「……安いわよ」
そう呟いてから一転、幽霊は取り澄ます。
「あとお絵描きの魔女にアイテムの種類と効果も教えてほしいな、なぁーんて」
「教えるか。愚か者」
「うふふ、つまんないの」
その幽霊はランドセルを床に思いっきり投げつけると気の抜けるような軽い音がした。
幽霊はその上にどかりと座った。
依然として表情は暗く見えない。
「あっ、そういえば気持ち悪い模型の彼……バラバラにしちゃったけどいいのよね?」
「き、貴様ああああ! よくも模型くんをおおおお! やりおったなああああ!」
わかりやすく魔女は取り乱した。
魔女の盛大なリアクションを受けてケタケタとその幽霊はせせら笑った。
「そんなに大事だったんだ。あんな生物ですらない模造品のまがい物が」
「見損なうな。目に映っているものがすべてではないのだ」
魔女は憤慨した。
「妾も殺すなら、とっとと殺せ!」
「駄目駄目。まだお絵描きの魔女は殺さないわ。この
幽霊は椅子代わりのランドセルをバシバシと叩く。
それから擦り剥いて出血した魔女の体躯を嘗め回すように
「その身体の秘密についても、たっぷり聞かないとね」
そんな幽霊を無言でにらみ返すことしか魔女には叶わなかった。
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