#9 ひとりの夜間調査
夜9時。
「遅い。遅い。遅い。遅い遅いおそーい! 遅刻魔なのだぞー!」
魔女は自室の前で憤慨した。
やることがなさ過ぎて、模型くんを円の中心点として、
「カ~ゴ~メ~、カ~ゴ~メ~」と、
ぐるぐると回っていた。
模型くんはトンボのように目を回して発狂寸前だった。
「アッシュの奴め、サボる気か。幽霊退治に来たというのにあいつがエスケープしてどうする!」
魔女はパイプを吹かす。
「……って、まさかあやつ! おっぱいピンクのおっぱいピンクをおっぱいピンクしておるのではなかろうな!」
その光景を想像して頬を膨らませる魔女。
「あーもうよいわ! アホくさ! 別に妾ひとりでもこんな事件など指一本でちょちょいのちょいと解決できるのだ!」
魔女は「さあ行かん、模型くん!」と先導する。
すると道中、教会の戸締まりをしているピエロ神父と行き会った。
「ウィッチ、本当によいのですかな?」
「なにがだ?」
「アフロー氏のことですよ。礼拝堂に縛り付けたままで?」
「いいのだよ。あのアホにはきついお灸を一回据えてやらねばと思っておったのだ」
「左様ですか。わたしは戸締まりを終えたのち礼拝堂後ろの鍵掛けに鍵を戻したら就寝しますが……」
そう言うピエロ神父は手には、ジャラジャラと数本の鍵が輪っかに提げられていた。
「ウィッチはこれから幽霊調査ですかな?」
「うむ。そのつもりなのだが666番目助手が一向に顔を見せんのだ。あやつも『カゴメ、カゴメ』の刑に処さねばならんな」
「おそらく、彼も疲れているのでしょう。今日はいろいろありましたからな……。ウィッチも慈悲の心を持って模型氏を解放して差し上げなさい」
ピエロ神父は錯乱寸前の模型くんの腕を引っぱりあげて立ち上がらせる。
「貴様もせいぜい気を付けるのだな」
「ウィッチ、あなたもお気を付けて」
その会話を最後に魔女とピエロ神父は別れた。
「アブラカタブラ・チチンプイプイ――『
そう唱えると、魔女はランドセルからカボチャ型の提灯を引っぱり出した。
「この『ジャック・
誰にともなく説明する魔女。
切り抜かれたような半月の目、三角の鼻、ギザギザの口からは呼吸するように「コォー」とオレンジ色の火が漏れていた。
「現場に犯行メッセージを残すなど味な真似を……妾を試しておるつもりか」
魔女は灯りを頼りに、とある場所へ向かう。
怯えてへっぴり腰の模型くんを引きずりながら。
「そんなに妾のランドセルを引っ張るでないのだ。ひとりで歩け、模型くん」
魔女は『ジャック・O・ランタン』を模型くんに向けると、今にも泣きそうな相貌を浮かべていた。
彼は涙を流すことはけしてない。
にもかかわらず魔女は心が痛くなる。
否、涙を流せないからこその哀愁なのかもしれない。
「わかった。模型くんの思う存分そうしておるがよい」
魔女が承服すると模型くんは嬉々とした表情を浮かべた――まさにそのとき、
バサァッ!
と、教会の外で漆黒の生き物が飛び去った。
魔女はビクッと反射的に肩を飛び上がらせる。
「……な、なんだカラスか。……さ、さすがの妾もほんのちょっとだけビックリしたのだ」
魔女はそう言い訳しながら振り返ると、模型くんは筋肉質な腕を遺憾なく振り、見事な脚線美を駆動させて、すでに遙か遠くの彼方にその広背筋が見える。
ご主人様を差し置いて裸足で逃げ出していた。
「えぇ…………なのだ」
助手2人ともに見捨てられたひとりぼっちの魔女は、そう呟くほかなかった。
「さしもの紳士の模型くんも、心霊系だけは本当に駄目駄目だからな……仕方あるまい」
やんわり模型くんにフォローを入れつつ、魔女はパイプを咥える。
『ジャック・O・ランタン』とにらめっこしてシャボン玉を一息吐いてから魔女は孤軍奮闘、さっそく教会の2階へと続く階段を昇り始めた。
「午前零時の鐘が鳴り、時の流れに身を任せ、天への階段を昇る。ルル~ルル~、ルルル~ルルル~。オバケの王子様とワルツを踊る、わたしはシンデレラ。ラララ~ラララ~」
魔女は恐怖を紛らわせるように下手くそな唄を歌う。
音痴過ぎて『ジャック・O・ランタン』も目を歪めている。
「ふむ。ここらで一旦整理しておくか」
独り言を呟く魔女。
「まず、鏡に書かれたひとつ目のメッセージ『Ikaros』の意味について。元の神話ではイカロスは太陽に近付き過ぎ、墜死した。つまり鏡に映る『Ikaros』のメッセージが指し示すものとは、その逆」
それすなわち――と、魔女は視線を上げた。
「この教会で最も高く位置する時計台の鐘から『太陽』の反対の意味合いを持つ『月』をのぞけ……というもののはずだ」
魔女は階段を昇り、大きな鐘の前に辿り着く。
鐘の音が遠くまで響き渡るように円柱の東西南北は大きな四角い窓がくり抜かれている構造だ。
魔女は大きな金属製の鐘に触れようとしてひょいっと手を引っ込める。
代わりに南側の窓のひとつに視線を這わせるとその額縁には満月と満天の星が煌めいていた。
「今宵の空はたいへん賑わっておるな」
魔女は『ジャック・O・ランタン』に、
「ちょっとの間、消灯してもらえるか」
と、話しかける。
またたく間に『ジャック・O・ランタン』はシュンと目、鼻、口を閉じてあたりは暗闇に包まれた。
窓枠に一歩一歩、魔女は近付いていった。
その次の瞬間――
「ぷっ!?」
魔女の足場のブロックがいつの間にか空洞になっており、落とし穴が口を開けていた。
「ぷぷっわわあああああああああ!」
魔女は絶叫しながら、すってんころりんと穴の中を転がり落ちてしまう。
手のひらから顔面、膝小僧に至るまでを擦り剥き、落ちるところまで落ちるとコンクリートの地面に激突した。
不幸中の幸いにも、ランドセルがうまくクッション代わりに機能したようで致命傷は免れた。
しかし、魔女は辺りを見回す気力もなく、そのままガクッと昏倒してしまった。
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