第3章 懺悔したことを懺悔するにはどうすればいいですか?

#1 通りすがり

 異教徒アフローにアッシュたちはのこのこ付いていくと、その場所は屋外だった。

 どうやら居住棟の外窓から浴室を通りすがる算段らしい。

 しかし窓は心ならずも高い位置にある。

 通りすがるのにも骨が折れそうだ。

 単身では届きそうもないため全員の心をひとつにして一致団結しなければならない。


「信憑性の高い情報を仕入れてきたぜ」


 ドアに聞き耳を立てて情報を仕入れてきたアフローが最終ポジションに戻ってくる。


「あと風呂に入ってないのは、コスモちゃん、ピエロの旦那、お絵描きの魔女、模型の旦那だけらしいんだぜ。そして次に入るのはお絵描きの魔女らしいんだぜ」

「魔女?」

「なんだぜ? 包帯の旦那は魔女の前を通りすがりたいんだぜ?」


 アフローに問いかけられて、今一度アッシュは自分の胸に聴いてみる。

 あれだけ入浴をのぞくなと言われれば言われるほどのぞきたくなるのが人のさがである。

 当方とうほう、吸血鬼だけど。


「うん。僕が通りすがろう」

「オレはちっぱいはこれっぽっちも興味ないぜ。チェリーとアイスはどうするんだぜ?」

「興味ねえよぉ」

「遠慮します」


 チェリーとアイスは顔を見合わせて生意気にも肩をすくめる。

 小馬鹿にするように笑う3人にアッシュは無性に苛立ちを覚えたと同時に、なんだかホッともしていた。

 しかしその感情はあくまでも新米助手としてである。

 でも変な話、アッシュが期待に胸を膨らませていたのも事実。

 魔女に通りすがりがバレたらカエルの子供に変えられてしまうが、その背徳感もあいまって心臓が痛くなるほどの興奮を覚えていた。

 突如、ガチャンと浴室の扉の開く音が聞こえる。


「へくちっ!」


 と続けて、生々しいくしゃみ。

 間違いなく魔女の声だった。

 アッシュたちが失礼なやりとりを交わしていようとは魔女は知るよしもない。

 魔女の澄んだ鼻歌が、


「ぷぷんぷんぷんぷーんぷぷーん」


 と、浴室の窓から漏れ聞こえてきた。

 お世辞にもうまいとは言えない。

 どころかド下手くそだった。

 音程が死んでいる。

 ともあれ作戦決行である。


「よっしゃ。ここは包帯の旦那のターンだぜ。野郎ども心をひとつにするんだぜ……!」


 おお……!

 と、声を潜めて、有色人3人と鬼1匹は手を重ねて一致団結した。

 こういうときに返す言葉をアッシュはもう知っている。


「みんな、ありがとう」


 カラフルな瞳たちが心通じ合っていると現場で動きがあった。


「模型くん、妾の専用シャンプーの用意をして……おるよな。さすがは如才じょさいのない模型くんなのだ。愛しておるぞ」


 どうやら平常どおり、模型くんが浴室の警備を担当しているらしい。


「よしだぜ。包帯の旦那、持ち上げるんだぜ」

 

 アフローのアフロがアッシュの股間に潜り込み、モジャモジャと気持ち悪い感触を覚える。

 だがパラダイスのためだとアッシュは自らに言い聞かせた。

 アフローが「ボンバー!」と直立したのを合図に、アッシュはアフローの双肩に両太ももを乗せた。

 一気に身長が伸びてバランスを崩しそうになったが、へどもど窓枠に掴まる。

 チェリーとアイスはアフローの足を片足ずつ支えていた。

 少年二人のその行為が意味あるのかは謎だ。


 アッシュが窓をのぞくと世界は広がった。

 かと思いきや、アッシュは裏切られる。

 ドキドキと脈打つ鼓動が急速に沈んでいく。

 それはなぜかというと、湯気が邪魔で室内の様子がまったく目視できなかったからである。

 何も視界に映らない。

 そして何なんだ、この光の加減は?

 馬鹿みたいだ。

 アッシュが心底落胆していると、


「うひぃぃぃだぜえええ!」

「うよぉっ!」

「うあっ!」


 何の前触れもなく、アフローとチェリーとアイスの奇声が上がった瞬間。

 黄・赤・青の脚立は呆気なく崩れてしまった。

 言わずもがな、アッシュは天国から地獄に堕落してしまう。


「あいててて……。3人ともいったいなにをしてるんだ」


 地にしたアッシュは「ペッペッ」と砂を吐き、顔を起こした。

 3人に恨みがましい視線を向ける。

 すると3人はガタガタとカラスに睨まれた子猫のように震えていた。

 アッシュは3色の視線に直線を引くと一点に収束している。


 そこには鋭い眼光を怪しく放つ――模型くんが仁王立ちしていた。


 模型くんはブラックホールのような口をニンマリと吊り上げると、星のように輝く歯がのぞく。

 模型くんは親指を立て、ゆっくりと健康的に肘関節を曲げ伸ばしする。


「今すぐ教会に戻らないとおまえらの命は無いぞ」


 と、そのフルカラーの顔面に描いてあった。


「ひぃぃいいいいいいええええええ!」


 アフロー、チェリー、アイスは絶叫しながら、這々ほうほうていで無様に教会に逃げ帰る。

 そんな3人を猛ダッシュで追いかける模型くんの背中を見送りながら、そのあまりの恐怖にヴァンパイアとして情けなくもアッシュは気絶してしまった。

 もしかしたら落下した際に打ち所が悪かったのかもしれない。

 薄れゆく意識の中、魔女の愛らしくもヘンテコな鼻歌だけが浴室に木霊していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る