#5 アッシュの弱点

 焼きたてふわふわのシュークリームを食してから、アッシュはシスターたちと家事に従事した。教会に併設された居住スペースで、洗濯物を取り込んだり夕食の準備や皿だしをしたりと目白押しである。

 言うまでもなく魔女は家事なんて一切しない。

 しているところをアッシュは見たこともないし、これから先も見ることはないだろう。

 魔女はパイプを咥え、飼い猫ニジーとともに遠くからアッシュを漫然と眺めていた。


 そしてあっという間に、夕食の時間。

 長机に着席したカラフルな面々が今日で5度目の祈りを神に捧げる。夕食のメニューはクレソンのゴマ和え、鯛とキノコのアヒージョ、ラムチョップのタマネギソース添え、以上3品だった。パンはセルフ。

 コスモナウトは祭壇のほうにも丁寧にお供えしていた。


 長机の短辺にはピエロ神父が座り、そこから最も距離のある正面に魔女。隣の長辺の角にアッシュ、横にアフローという形で着座している。魔女に近いもう一方の角は現在空席。その席の主の模型くんは栄養摂取は不必要らしいので率先して平常通りのお茶汲みを担当していた。

 アッシュは声を潜めて隣の席の魔女に話しかける。


「魔女。僕は、その……ニンニクが食べられないんだけどどうしたらいい?」

「そういえば、ソナタは種族柄ニンニクが好かんのだったか? すっかり忘れておったぞ」

「いや、その俗説は実は迷信で……。ヴァンパイアとか関係なく僕はただニンニクが苦手なんだけど……」

「なに!? ソナタ、ただの好き嫌いを言っておるのか!」


 魔女はここぞとばかりに声が大きかった。

 ほんとに大きいって……。


「この虚けめ! 妾はソナタをそんな好き嫌いする子に育てた覚えはないぞ!」

「僕も育てられた覚えはない……誰にも」

「やめい……泣けてくるではないか」


 魔女はシクシクと三文芝居(涙が微塵も出ていない)をお披露目ひろめする。

 すると横からさりげなく、模型くんは自身のカラフルな内臓をかき分けて料理の載ったお皿を取り出した。

 アッシュのテーブルの前に悠然と差し出す。

 それはニンニクの香りのしないアヒージョとラムチョップだった。


「模型くん……まさか、僕のために?」


 ニンニク不使用の料理をアッシュのために個別に作ってくれていたらしい。


「…………」


 ニカッと彩り豊かなラムネのような歯を模型くんは煌めかせた。

 やばい。

 この人、有能すぎて惚れてしまう。

 こんなところに僕の運命の人がいたなんて。

 吸血鬼と人体模型の恋の予感。


「包帯の旦那だけなんで同じ料理が2つ用意されてるんだぜ? ずるいんだぜ」

「はいはい。アフロー、これが欲しいんだろ? ほらよ。やるよ」


 アッシュはニンニク入り料理を滑らせてアフローに押し付けてやった。


「うまいんだぜぇ」


 ラムチョップに獣のようにアフローはかぶりつく。

 そんな一連のやりとりをピンクの視線は捉えていた。


「苦手なものや宗教上食べられないもの等がございましたら、気を遣わずに私に申してください」


 コスモナウトは優しく微笑みながらアッシュに言ってくれた。


「う、うん。何と言えばいいのか……」


 アッシュは優しくされることに慣れていないため咄嗟に何と返せばいいのかわからなかった。


「ありがとう」


 魔女はシャボン玉を燻らせる。


「と――こう言えばよいのだよ」

「……そうか」


 久しぶり過ぎてすっかり忘れていた。

 アッシュは2人を交互に見据える。


「ありがとう。コスモナウト、模型くん」


 模型くんはカラフルな内臓をかき分けて、新品のティーセットを取り出し紅茶を注いでくれた。


「いえ、どういたしまして。このくらい敬虔なシスターにはお安いご用です」


 コスモナウトは眼鏡をクイッと押し上げて返礼する。

 一転、鬼のような形相に豹変した。


「それから、すみませんがお絵描きの魔女。お食事中のシャボン玉はご遠慮してもらえると助かるんですけど。子供たちの食べ物に混入しますと健やかな成長の阻害になりかねますので……」

「あーはいはい。まだほんのちょっとしか吸っておらんけどな!」


 魔女は嫌味な捨て台詞をシャボン玉とともに吐いた。

 そのあと食後の祈りも捧げずに透明な灰皿をかっさらい、足早に教会を出ていってしまった。

 夕飯も半分以上残っている。

 どうしよう。

 ニンニクが混入してるから僕は食べれないし……。

 そこでアッシュは思いつく。

 そうだ。アフローに押し付けよう。

 ほらよ。


「イエーイ! オレは子羊を食べる金獅子なんだぜ! ドープシープ!」


 おお! 

 と、続いてチェリーとデニムは色めき立つ。

 周囲の席からの喝采を一身に引き受けながらアフローは肉食獣のように完食した。

 その賑やかな食卓の光景を黙々と見つめるピエロ神父。

 さてはて、ピエロ神父はどうやってラムチョップを食したのかというと。

 まずドクロシールの貼られた怪しげな薬品をラムチョップに垂らす。それから化学反応によってドロドロに融解したラムチョップをストローでじゅるじゅるとタランチュラのように啜っていた。

 ピエロ神父の3分ポイズンクッキングだ。


「…………」


 いや、いいかげん仮面とれよ。

 アッシュは自身の顔を覆う包帯を巻き直しながら、そう思った。

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