#3 お絵描きの魔女の弱点

「この中にオバケを目撃した者はおらんか?」


 子供たちが一堂に会したのを契機と見て魔女はそう問いかけた。

 やっと本腰を入れて聞き込み調査するようだ。


「動物の死骸の骨ならそこら中にしょっちゅう落ちてるっすよ」


 紺人のデニムが陽気な声で証言する。


「シスター・コスモナウトがいつも埋葬してるっす」

「あと窓ガラスも割られたことありますし、あちこちに落書きグラフィティーも……」


 水人のマリンはしっとりと落ち着いた声音で言う。


「ちょうどね、昨日ね。火の玉を見たよね」


 茶人のチョコは証言する。

 といっても左手に嵌められたモグラのパペットが泥まみれの口を動かしているだけなのだが……。

 腹話術のようだ。


「それはまことかね?」


 魔女は身を乗り出した。


「うん。昨日の夜中ね。ここにいるみんなでね、こっそり部屋を出て、探検したのね。そのときにね、教会の窓からね、火の玉を見てね、数秒したらね、消えちゃったけどね」


 そのチョコの証言に赤人の少年チェリーを筆頭に「そうだそうだ!」と子供たちは一斉に頷く。


「そうだそうだ……ではないわ!」


 魔女は声を荒げる。


「そこのレッド、火の玉であったら貴様が一番怪しいではないか。貴様の血色能力は【炎】であろうが」

「ケッショクノウリョク? なんですかぁ、それ?」


 わざとらしく肩をすくめるチェリーボーイ。


「とぼけるでないわ! 血色能力とは人種によって発現する特色の異能のことであろうが! 貴様の場合は【炎】を扱えるはずなのだ」


 魔女の指摘に反応したのは意外にもアフローだった。


「そうだったんだぜ? みんないろんな能力を使えたのかだぜ? オレはてっきりイエローだけが特殊能力を使えるのかと思っていたんだぜ?」

「貴様の無知はある種の特殊能力なのだよ……」


 魔女はかぶりを振った。


「突出して優れた人種など存在せん。塩基えんき配列の差などすずめの涙のしぼり汁。言わば、ジャンケンみたいなものなのだ。相性でしかない。わかったら黙っておれ、このアフロ単細胞!」


 魔女に叱られて「……だぜぇ」と、腐った卵のように落ち込むアフローだった。


「たしかにお魔女の言うとおり、おれの血色は【炎】だけどよぉ……」


 チェリーは弁明した。


「視界に捉えたものなら何でも燃やし尽くせるけど……おれは使ってねえもんは使ってねえよぉ。だいたい燃焼させる物のない空中に火の玉を留まらせるってのは子供には無理難題だしよぉ」

「火の玉の再現性は低し……か」

「それに身勝手に能力を行使するのはシスター・コスモナウトに固く禁止されてっし……争いを生むだけだからってよぉ」


 他色人種の子供たちも「うんうん」と首肯する。


「それでも1ヶ月に1回、血色測定は行われるよ」


 眼鏡を掛けている青人の少年アイスはそう補足した。


「異能のコントロールがちゃんとできないと暴走したとき大変だからって話らしいです」

「ふむふむ」


 魔女は頷いてから返す刀で要求する。


「ではレッド、試しにいま妾の目の前で血色を使ってみせよ」

「だからよぉ、お魔女。おれがシスター・コスモナウトに怒られるってよぉ……」

「妾に口答えするでないわ!」


 言ってから魔女はパイプを咥え、ししおどしのように口元で揺らしてみせた。


「妾が燻らせたシャボン玉に火を点けてみよ」

「うーん……わかったけどよぉ。お魔女、あんたが責任取っておれを庇ってくれよぉ」


 チェリーの交換条件にコクンとゆっくり魔女は頷く。

 魔女はいつものようにシャボン玉を燻らせるとプカプカと泡沫うたかたが放出された。

 それらをチェリーはじっと凝視した。

 赤い瞳にシャボン玉が映り込む。


「『♯FF0000』」


 チェリーは呟いた。

 その次の瞬間――ボゥッと、火の気のないところに煙が立つ。

 シャボン玉は一瞬のきらめきを放ちパチンと消失した。


「すごーい!」

「まるで魔法だね」

「いやこりゃ奇跡だぜ!」


 パチパチと他の子供たちとアフローの拍手が巻き起こる。


「これで満足かよぉ、お魔女」


 チェリーはどことなく得意げだった。

 魔女は納得したように頷いてからパイプで新たな少年を指す。


「では次、ブルーの貴様。血色を使え」

「ぼ、ぼくですか?」


 問い返しつつも、チェリーの血色能力を見てアイス少年も血が騒いだのだろう。

 能力を使いたくてうずうずしていた。

 あっさりと己の血色を行使する。


「ぼくも視界に捉えたものを【氷】漬けにできます。あと空気中の水分を使って氷像も造れますよ」


『♯0000FF』――と、アイスは唱える。

 すると一瞬にして緑の芝生に霜が降りた。

 立て続けに何も持っていないはずの青い手のひらに透き通る氷の十字架を出現させてみせる。


「ふむ。次はブラウン」


 どうやら魔女は全員の能力をひとまず観測してみる算段らしい。

 アッシュも何人か初見の人種カラーがありどんな血色を発現しているのか気になっていたので好都合だった。


「あたしはね。触れた【土】をね、操れるのね。いくのね、モグラン」


『♯993300』――チョコはパペットの名前を呼んでから唱える。

 パペットを嵌めている左手で地面に触れた――その次の瞬間、周りの土はボウル状にえぐれて、うねった地面が小さな土の教会を形作った。時計台まで精巧にできた土の教会の尖塔にアイスは氷の十字架を飾り付ける。


「ふむ。次はネイビーの貴様だ」

「あたしはどんな布でも触れさえすればお好みのデニム生地にできちゃうっす!」


『♯000080』――と、デニムは自らのシスター服に手を触れてデニム生地にしてしまった。

 そこはかとなく前衛的なファッションに仕上がる。


「ほう。ネイビーはジーパンをいくらでも生産できる血色だったか」

「お魔女……ジーパンじゃないっす! 【ジーンズ】の血色っすよ! 絶対に間違えるんじゃないっす!」


 魔女は地雷を踏んでしまったらしい。

 だいぶ浅いところに地雷が埋まっていた。

 そんな魔女に突っ掛かろうとするデニムの怒りを水人の少女マリンが鎮める。


「またシスター服をデニム生地に変えて……シスター・コスモナウトに怒られちゃうよ。デニムちゃん」 

「うむ。次そこの隣のライトブルー、世話焼きの貴様だ。披露せえ」

「え、えっと……世話焼き」


 マリンは自分を指差して愛想笑いを浮かべる。


「クセの強いデニムちゃんのあとで使うのも気が引けるんですけど……。わたしは汗腺から【水】を放出できます……」


 マリンはしおらしく顔を伏せた。


「はい。……自分でもわかってるんです。微塵も意外性がないですよね……。なんか本当にすみません」


『♯00FFFF』――と、マリンが暗唱して血色を発動しようとした。

 まさにそのとき――


「ちょっ、ま、待つのだ!」


 魔女が慌てて止めようとした。

 がしかし、あと一歩遅かった。

 マリンの申し訳なさを体現したようにちょろちょろと彼女の手先から水が流れる。

 それを見るやいなや魔女はおおげさに後ずさった。


「バババババ、バカはよせ、潮吹き娘! 絶対にこっちによるでないぞ!」

「魔女は何をそんなに怯えているんだ?」


 アッシュは挙動のおかしい魔女に訊く。

 すると魔女は逡巡したのち、忸怩じくじたる思いで告白した。


「……妾は、水が大の苦手なのだ」

 

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