第2章 お絵描きシスターは迷える子羊の夢を見るか?

#1 カラフル孤児

 教会・兼・孤児院はカラフルタウンのはずれにひっそりと居を構えていた。

 白亜の尖塔には神々しい十字架がそびえ立つ。その真下には黒くシックな衣装で着飾った修道女シスターたちが、魔女探偵事務所ご一行を出迎えてくれる。

 のぞく肌の色、髪の色、瞳の色は実に色鮮やかである。


 赤人レッド青人ブルー紫人パープル茶人ブラウン紺人ネイビー水人ライトブルー桃人ピンク薄橙人ペールオレンジと多色な顔ぶれだった。


「この教会にも久々に訪れたがまさに壮観ではないかね。これぞ生命の神秘なのだ!」


 魔女は輝く笑顔を振りまきながら「実に美しい。眼福なのだ」とカボチャからぴょんっと飛び出す。

 シスターたちの顔を順繰りに目に焼き付けていく。


「ほら、ソナタも恥ずかしがらずによくご覧。この教会は人種の坩堝るつぼなのだぞ。あの少年なんて血色のよい綺麗なレッドだ。血の色もきっと燃えるような赤であろうな」

「レッドの血は熱くて辛い」


 続いて下車するアッシュはベェーッと舌を出し「ヒィーヒィー」と、手で風を送り冷ます仕草をした。


「なんじゃソナタ。人種によって血の味が違うと申すのか?」

「全然違う。ブルーのは冷たくシュワシュワして清涼感がある。イエローは舌が痺れるように酸っぱい。グリーンは爽やかな緑茶みたいな味わい。そして、ブラックはほろ苦くて金気臭い渋いコーヒーみたいな味。ホワイトは塩気の効いたミルク味だ」

「ほう。妾も絵の具に使うのみで実際に舐めたことは一度もなかったからな。今度試してみるのもまた一興か……」


 魔女は冗談っぽく呟く。

 それをやったら本当に魔女がヴァンパイアになってしまうのだが……。


「して。ソナタはどの色の味が好みなのだ?」

「人の血であればなんでもござれ」

「ふむ。さすがは本物だ。では好きな色は?」

「血の色」

「ではソナタ自身の血の味は?」

「カフェオレ味」

「ぷっぷっぷっぷ。おもしろい」

「魔女のお口に合って光栄だ」

「さては今の、ソナタの鉄板ネタだったな?」


 言わぬが花である。


「というか……さっきから魔女は何をそんなに興奮しているんだ?」


 アッシュはカラフルな人種などカラフルタウンに出ればいくらでもいるだろうと不思議に思った。


「ソナタの目は節穴か?」


 よく見てみろ、と魔女は支配人のように手を広げる。


「妾の見立てではあの茶人と紺人は黒人の血が混じっておる。水人、薄橙人は白人の血が混ざっておる。ゆえに希少で変わり種の子らなのだよ」

「ふうん」

「まあソナタからしたらたいした驚きがなくても仕方ないとは思うが……。この虹の国では黒人と白人は差別の対象であるからして、近しい人色も迫害の対象になり得るのだよ。この教会にはそういう事情を抱えた子供たちが自然と集約されるという寸法なのだ」


 魔女は得意げに解説する。

 そう言われて、アッシュは改めてシスターたちを見回す。

 そのシスターたちのいずれもが魔女と外見が似たり寄ったりの年端もいかない子供たちだった。

 しかし、そんな中にひとり桃人ピンクのシスターだけはアッシュと同程度の身長。それでいて顔立ちも大人びており掛けている眼鏡もその印象を強くしている。

 そして何よりも目を惹くのは豊満な胸部だった。

 修道服がはち切れんばかりである。


「ぎょえぇぇぇえええだぜえええ!」


 それを視界に捉えてしまった憐れなアフローは目玉からピンクのハートが飛び出していた。


「うちの敬虔なシスターたちには、神に誓って指一本たりとも触れさせませんよ」


 ピエロ神父はずずずぅーっとカボチャから降車する。


「そこのウィッチもしっかり分別を弁えて血の迷いを起こさぬように」

「言われんでも心得ておるわ! 妾をそこにおる黄色いケダモノと同列に扱うでない!」


 魔女が憤慨していると、シスターたちの中では最年長者と見える桃人が歩み出る。


「お帰りなさいませ。神父」


 それに続いて、他の子供シスターたちも「お帰りなさい!」と唱和して頭を下げた。


「ええ。ただいま帰りましたよ」


 ピエロ神父は子供たちの頭を一通り撫でてから怪しいご一行を紹介する。


「今朝、わたしが話しましたね。こちらは魔女探偵事務所の優秀な方々ですよ」

「いかにも、妾は魔女探偵事務所の創設者にして御大おんたい――お絵描きの魔女なのだ」


 魔女は腕を組み、偉そうにふんぞり返る。


「そして、後ろに控えるは妾の1番助手である模型くん。そっちの包帯ぐるぐる巻きミイラ男が新米助手のアッシュ」


 アッシュは頭を下げる。


「そやつに抱っこされておるのが飼い猫のニジー。あとの黄色い金魚のフンは妾の事務所にも所属しておらんし無関係のヒモ男だ」

「誰がヒモ男なんだぜ!」


 魔女の紹介にアフローは異議を申し立てる。

 それを尻目に桃人はおしとやかに挨拶する。


「お絵描きの魔女以外の方は初めまして。私の名前はコスモナウトです。シスターとしてこの教会にご奉仕しています」


 黒いベールに髪をきっちり収めているコスモナウトは、明るい調子で桜色の頬を緩める。

 それから背後に隠れる子供たちにピンクの瞳を向けた。


「この子たちの名前は右からチェリー、アイス、ナース、チョコ、デニム、マリン、タイツと言います」


 コスモナウトは、赤人、青人、紫人、茶人、紺人、水人、薄橙人の子供たちを順番に紹介した。

 そのうちのチェリーとアイスはどうやら少年のようで黒いベールを頭に被っていない。

 2人の少年の赤髪と青髪はそよ風になびいている。


「しばらく見らんうちに、身体のごく一部だけ貪婪どんらんな成長を遂げておるではないか。このおっぱいピンク!」

「だ、誰がおっぱいピンクですか!」


 赤面するコスモナウトと魔女は火花を散らして睨み合う。


「子供たちのいる前で変な呼び方はやめてください!」

「だいたい目障りなのだよ。巨乳は大罪だ!」

「そんなわけないでしょう! 教会の前で何を訴えているんですか!」

「黙れ、ホルスタイン! やーいやーい、全身チクビ女ぁ~」

「あなた……子供じゃないんですから……」

「そもそも妾は牛乳が蛇蝎のごとく嫌いなのだ。ミルクなど紅茶に混ぜるでないわ!」

「……私に言われても」


 コスモナウトは魔女に白い目を向ける。


「そんなことだから育たないんですよ。あなたの心は永久に貧しいままなんです」

「永久に貧しい乳だと! いま貧乳と言ったな! 貴様ァァァアアア!」

「私は言ってません!?」


 否定するコスモナウトに構わず怒髪天の魔女。


「言うておくが妾は貧乳ではない! 妾の胸は――シンデレラバストなのだ!」


 魔女が胸を張るとパイプの火口から滴り落ちるシャボン液はシンデレラバストを素通りした。

 2人の間にはいったいどんな確執があるのだろうか。

 気になったのでアッシュは挙手してコスモナウトに尋ねる。


「コスモナウト、ひとつ訊いてもいいか?」


 コスモナウトは赤い怒りマークの添付された顔から一転、天使のような表情に変わる。


「はい。アッシュさん、なんでしょうか?」

「あなたのパンt――」

「アブラカタブラ・チチンプイプイ――『たけしの鉄槌ピコピコハンマー』!」


 魔女は真っ赤なランドセルから黄色い柄に刺さった赤い蛇腹の鎚を引っぱり出す。

 その凶器でアッシュの頭を殴打した。

 痛くはないが殴られる度にピコピコと間抜けな音が鳴る。

 今まで味わったこともない辱めをアッシュは受けた。


「おっぱいピンクの色香いろかに惑わされおってからに……この虚け」


 魔女は助手を叱責する。

 コスモナウトは秋桜の花びらのような手で口元を覆い驚いていた。


「いかがなされましたか? 私のパンがどうとか……? もしや私が何かしら失礼なことを……」

「いや、なんでもない。単なるお約束だ」


 アッシュはおどけて答える。


「包帯を巻いているから治療いらずだしね」

「……はあ」


 コスモナウトは桃色の吐息を漏らしてから、ピエロ神父に視線を滑らせた。


「神父。ご昼食の用意ができておりますが?」

「そうですね。冷めないうちに皆さんでいただきましょう」


 頷くピエロ神父の横で「オレは腹ペコなんだぜ!」とアフローはいらぬ宣言をする。

 しかしどういうわけか、子供たちのアフロヘアー人気は凄まじく教会までアフローを先頭に子供たちは行進していった。


「子供というのはよくわからない」


 アッシュは包帯頭を撫でながらひとり呟く。


「僕もアフロにしようかな」

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