#8 馬鹿のアフロー
数日分の着替えをバックに詰め込み、アッシュは黒猫ニジーを抱っこしてから玄関の外に出た。
すると丁度そのタイミングで、外門のほうからひとりの男性がやって来る。
スキップをしながら、ホップ・ステップ・ジャンプ。
「ハローなんだぜ!」
明るく陽気な
燦々照りつける太陽の下、トウモロコシのように生えそろった歯がキラーンと光った。黄色の肌に黄色の瞳。極めつけは爆発したような黄色のアフロヘアーである。
「魔女、彼は誰だ?」
アッシュは小声で問う。
「奴は、先日うちの探偵事務所に依頼しに来た空前絶後の阿呆だ」
「へえ、何の依頼だ?」
「あのアホはテナーサックスを探してほしいと依頼してきたのだが、驚くべきことにあのアホはイエローの女をテナーサックスだとずっと間違えて認識しておったのだ」
「……」
一回聞いただけではアッシュには到底理解できなかったが、彼が理解できないほどのアホだと言うことはかろうじて理解できた。
「なんだぜ? 今日は仮装大会でもやってたんだぜ?」
アホのアフロは、アッシュたちに奇異の視線を飛ばす。
「オレの名前はアフイエローだぜ! ブラザーたちからはアフローって呼ばれてるぜ!」
アフローがイチョウのような黄色い手を差し出してきたので、勢いに負けてアッシュは握手してしまう。
包帯の上からでも感じるほど血の通った温かい手だった。
「今日、オレは献血しに来てやったんだぜ?」
「先日献血したばかりであろうが、ドアホ! 出血多量で死にたいのか?」
魔女は呆れていた。
「まったく、あれだけ献血を怖がっていた奴と同一人物とは思えんな。さては模型くん手作りであるお菓子の味を占めよったな……卑しい奴め」
「な、なんでわかったんだぜ?」
「だが残念無念また来年なのだよ、アーホ! 今日から数日は臨時休業だ。バーカ、マヌケ!」
「そんなバナナだぜ!?」
アフローは呆気にとられて、タンポポのようなまつげを瞬かせた。
「ちょっと待ってくれだぜぇ……。それはないぜぇ。オレこの日のために昨日からごはん抜いてきたんだぜ?」
「知らんわ! どれだけお菓子食う気満々なのだよ! 帰れ!」
無慈悲に魔女に一蹴されてしょぼくれるアフロー。
そんな彼にピエロ神父は慈悲深く微笑みかけた。
「良かったら、うちの教会でお昼を召し上がられますか?」
「……いいんだぜ?」
「ええ。神はすべての飢えている者に平等なのです」
「ラッキーだぜ。もち、オレは行くんだぜ!」
アフローは
「チッ、変態神父! 何を勝手なことを言いよるのだ!」
抗議する魔女をピエロ神父は横目で見た。
「一応、わたしが教会の責任者ですよ。何か問題でも?」
「……性悪め」
魔女は「ぐぬぬ」と唸った。
「チッチッチッチ。お絵描きの魔女、今日のオレはひと味違うんだぜ」
すると、アフローは指を振ってからサイケデリックなズボンの中に手を突っ込み、とある物を取り出した。
「ジャンジャカじゃーん!
「……どこから取り出してるんだ」
アッシュが呆れていると魔女は指を鳴らす。
「それをはよ言わんか、アホ。妾に付いてこい!」
一瞬にして魔女は手のひらを返した。
というわけで。
「アブラカタブラ・チチンプイプイ――『
と、魔女は真っ赤なランドセルからオレンジ色のデカカボチャを引っ張り出した。そのカボチャには牽引するための馬も繋がれている。
そのカボチャの馬車に魔女、模型くん、アフロー、ピエロ神父、という
「幽霊なんて本当にいんのかだぜ?」
グラスに入った電気酒を呷りつつ、アフローは尋ねる。
今回の依頼内容はすでにアフローにも伝わっていた。
「たとえば鏡像は、ある種自分の
魔女は酒の肴にシャボン玉を吹く。
「自分の本当の顔を知らないのは自分本人だけなのだ。妾たちは自分の顔を見る際、鏡や写真などの道具を介して見なければならん」
「そりゃそうだぜ」
「なかでも鏡に映る自分の顔は見る頻度が高くもっとも慣れ親しんでいる顔と言える。しかし、鏡の顔に比べて写真に写る顔はどうも様相が違うと感じたことはないかね?」
「そうかだぜ……? 鏡だろうと写真だろうとオレはドープカッコイイんだぜ」
「貴様のアホさは写真には写らんのだ」
魔女は悪態を吐いた。
この魔女の設問を受けて、アッシュは包帯越しにしか自分の顔を見たことがないことに気がついた。
吸血鬼なので鏡にも写真にもうつらないのだ。
そうだ。
この依頼が片付いたら魔女に僕の肖像画を描いてもらえるように掛け合ってみよう。
魔女は雑談を続ける。
「鏡には自分の顔の左右が反転して映るが、写真では左右反転は生じない」
「つまり、写真の場合は赤の他人が自分を見るのと近しく見えるってことか?」
「その通りなのだ、アッシュ。人間の顔のパーツは左右で微妙に異なる。鏡に映る左右反転した瓜二つの自分に慣れ親しんでおると、本来の見え方に近いはずの写真に写った自分の顔に違和感を覚えてしまう――というわけなのだ」
「つーことはだぜぇ」
アフローは大きな頭をひねった。
「教会の鏡と窓を……ぜんぶ叩き割るっつーことでファイナルアンサーなんだぜ?」
「アホ! 貴様は反抗期のドラ息子か!」
「オレはどう頑張っても魔女の息子だけにはなりたくないんだぜ」
「誰が貴様なんぞを養子にとるか! まだ殺人鬼のほうがマシなのだ!」
魔女はカンカンに怒った。
お酒もあってか顔も赤らむ。
ピエロ神父は「まあまあ、落ち着きましょう」となだめつつ間に入った。
「ですが、わたしもアフロー氏の意見は了承できかねます。教会に破壊行為は似合いませんので」
ピエロ神父は朗らか口調の中にも譲れない意志を孕んでいた。
「まま、そう堅いこと言わずにだぜ。ピエロの旦那も一杯どうだぜ?」
「いえ。わたしはお酒は嗜みませんので……」
ピエロ神父は胸の十字架の前で手を振って固辞する。
「オレの注いだ酒が飲めねえってのかだぜ? 鏡と窓の前に旦那の仮面を割っちまうぜえ!」
「そりゃいいのだ。割れ! 割れ! 割れ!」
酔いの回ってきた魔女も悪ノリしてシュプレヒコールを飛ばす。
「……ですから破壊行為はおやめくだされ」
酔っぱらい2人の
「おい、アホ。そんなにオバケを退治したいのならひょっ、試しに1日じゅう鏡に映る自分に向かって『おまえは誰だ?』と問いかけてみるといいひょっ」
しゃくり上げる魔女。
「次第に自分という存在はゲシュタルト崩壊を起こし、やがて自己は崩壊するらしいひょっ」
「そんなバカみたいな行為をしちまったらオレは本当にアホになっちまうんだぜぇ」
「貴様はもうすでに手遅れだがな。ぷひょっぷひょっぷひょっぷひょっ!」
魔女はたぷたぷの痺れる杯を一気に飲み干した。
「カァ! うんめぇ! もう一杯!」
陽気な魔女とアフローの掛け合いを垂れ流しながら揺れるカボチャ車内。
そこにはアルコールと絵の具と石鹸の匂いが充満している。
アッシュは膝の上でおとなしく丸まって眠る黒猫ニジーを優しく撫でた。
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