第4話

「それでは、第38シーズン最終回……投票結果を発表します!」

 番組司会者の軽薄なアナウンスが響く。


 カメラが向けられた先には、緊張した面持ちの千草、花火、葵。それはまるで、判決を待つ罪人のようだ。これから発表される投票結果次第では自分が処刑されてしまうわけだから、それは間違いとは言い切れない。

 もちろん、恋愛詐欺師の花火の表情は、ただの演技だが。



 結局、花火は葵に投票した。


 そうすることで、さっき自分が考えてしまった「百合を偽って葵とパートナーになる」なんていう「心の迷い」を、強引に切り捨てたかったのかもしれない。

(……ふぅー、ヤバいヤバい。さっきの私、どうかしてたわー。私が女とパートナーになるとか……そんなのあるわけないし! ここんとこ、ずっと百合のヤツらと一緒にいたから、あんな「変な迷い」持っちゃったのかなー? え? ってことは、百合ってもしかして伝染るの? こわっ!)

 これからの展開に怯えている百合の参加者をよそおいながら……内心では、すっかり「大好物の羊を前に舌なめずりをする狼」に戻っている花火だった。



「今回、投票によって排除されることになったのは……」

(はいはい、なったのはー? なったのはー?)

「この、最終回の脱落者は……」

(脱落者はー? 脱落者はー?)

「残虐な処刑の対象になるのは……」

(……しつけーな。もったいぶらずに早く言えよ。どうせ、結果は分かってんだから)


 放送されている実際の番組では、スポンサーのCMでも入っているのだろうか。目一杯までもったいつけて時間を引き伸ばす司会者に、うっかり演技を忘れて素の表情が出てしまいそうになる花火。

 そして……それからようやく、その結果が発表された。



「脱落者は、花火さんです!」

(いっえぇーい! やったー! 賞金いただきまー…………え?)

 花火は、一瞬何を言われたのか分からなかった。


(……ゆ、優勝者? 優勝者って言ったんだよね? そ、そりゃそうでしょ。そうに決まってるよ。だ、だって、この私が脱落、なんて……)

 しかし。

「おおっーとっ! ここで視聴者の皆さまに、驚くべき事実をお伝えしなければなりません! なんと、今回生き残った千草さんと葵さんは……二人とも百合です! 繰り返します! この『百合狼を吊り上げろ』、38回目にしてついに……ついに……史上初の、百合側の勝利となりましたーっ!」

 その言葉は、さっきの発表が聞き間違えなんかではないことを、はっきりと証明していた。


「ちょっ、ちょっと……」

 まだ、状況を飲み込めない花火。説明を求めて、フラフラと司会者の方に行こうとするが……、

「それでは、残念ながら脱落してしまった花火さんには、最終回にふさわしい……これまでで最も残虐で痛々しい、非人道的(笑)な、処刑に向かっていただきましょー!」

 司会者のその言葉とともに現れた屈強な黒服の男たちに捕まってしまい、身動き取れなくなってしまった。


「ちょっと待ちなさいよ! こんなのおかしいでしょ⁉ どうして私が脱落なのよ! 私は、百合に投票したんだから、脱落するのはソイツのはずで……うぐっ!」

 黒服に口も塞がれてしまう花火。


「ふっ」

 そんな彼女に、

「どうして、ですって?」

 これまでほとんど言葉らしい言葉を発していなかった葵が、煽るような口調で言った。


「そんなの、決まってるじゃないの。私たち二人が、あなたに投票したからよ」

「ぐっ……⁉ む、むぐぐ……」

 何かを言おうとしているようだが、塞がれている口からは意味のある音は出てこない。

 結局、花火はそのまま処刑会場へと連れて行かれてしまった。



 カメラも司会者も、そして番組視聴者の興味も、もはや完全に花火の残虐な処刑の方に移ってしまったようだ。


 勝者にもかかわらず、さっきの場所に二人きりでポツンととり残されている千草と葵。


「あ、あの……」

 気まずい空気を誤魔化すように、千草が口を開く。

「ど、どうして彼女に、投票してくれたんですか……?」

 それに対して葵は、輝くような長い黒髪をダイナミックにかき分けて、聞き返した。

「貴女のほうこそ、どうして?」


「え? わ、私は……さっきの、連れて行かれちゃった人と同じっていうか……。さっきの人の話を聞いて気づいたっていうか……。い、いえ……結局、さっきの人は非百合だったわけですから、その話も全部ウソだったわけですけど……」

 ボソボソと独り言のようにつぶやいていた千草だが、やがて恥ずかしそうに葵に微笑む。


「あなたになら……葵さんになら、自分がどうなるかを任せちゃってもいいかなって、思えたから……。だ、だから、たとえ葵さんが百合だろうが非百合だろうが私はさっきの人に投票して、あとは葵さんの意思にゆだねようと思って……」

「それだけ?」

「ひぅっ⁉」

 葵の、全てを見透かすような美しい瞳に見つめられ、千草の心臓は跳ね上がる。


「じ、実は……どっちか選べるなら、葵さんのほうが好みだったというか……ワンチャン、葵さんとパートナーになれたらいいな、って言う思いも……」

 なかば自動的に口からこぼれだしたその言葉を聞いた葵は、

「……正直な子は、好きよ」

 と、魔性のほほえみを向けた。



 それから葵は、運営が渡し忘れていったらしい、地面に落ちていた『パートナー証明書』を拾い上げると、

「私も……同じ理由」

 と、つぶやく。そして、

「えっ⁉」

「……って言ったら、どうする?」

 と、からかい混じりの妖しい瞳を向けた。

「そ、そんな……」



「まあ、何にせよ……これからは、よろしくね? パートナーさん」

 それだけ言うと、千草に背中を向けて、どこかに行こうとしてしまう葵。

「あ、ちょっと! ま、待ってくださーいっ!」

 慌ててそれを追いかけながら、千草は今さらながら……自分はとんでもない人とパートナーになってしまったのではないかと思うのだった。

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恋愛百合アリティ・ショウ 紙月三角 @kamitsuki_san

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