第55話
オーク相手に一方的な勝利をおさめられた事で、初の実戦に少なからず緊張を抱いていたカレンも気が楽になったらしいなと、ヒポグリフ捜索の間に再び襲ってきたモンスターを瞬殺しながらも、余計な被害は生み出さなかったカレンを見ながら、俺は満足げに笑う。
カレンは得意属性上、戦闘が派手になりやすく、また戦闘の余波で被害を生みやすい。
戦闘が派手になれば、こういったモンスターの生息域では余計なモンスターを招いてしまい、対応しきれずに命を落としてしまうケースがある。
魔法の余波で被害を生むような戦闘しか出来ないようでは、このような荒山ならともかく、下手な場所で戦闘などさせられない。
その両者を避けるためには、モンスターの強さを正確に見抜いて、必要最低限の魔法力で攻撃する必要がある。
モンスターの強さ次第ではそんな悠長な事は言ってられないケースも多いが、カレン級の魔法力の持ち主が毎度毎度全力で魔法を行使した日には、被害はとてつもない事になってしまう。
なので、カレンには戦闘力を養いながら、同時の俺が使用する身体強化の出力に対して適切な魔法力の魔法を使うように訓練させていたのだが、今のところ実戦でモンスターを相手にしても、上手くこなせている。
魔力の流れにも淀みは無いし、魔法行使の工程もスムーズ。本当に今のところ、言う事は無いな。
まあ、カレンが「ハートマン軍曹だってもっと優しかったわよきっと……映画観た事無いけど」と愚痴る程度にはスパルタな俺の訓練を涙目で、しかし挫ける事はなく乗り越えてきたカレンに、この程度で躓かれては困るんだがな。
ちなみに俺もその名は知っている。映画の鑑賞はそこそこしてきているからな。というか、それくらいしか娯楽は無かったと言っていい。俺とその名を持つ登場人物のどちらが厳しいかは……どうだろう。言われても仕方ないかもしれない。
「どお? どお?」
自分が上手くやれたという自信があるのだろう。俺に向かってうきうきとした気分を隠そうともせずに聞いてくるカレン。
「よくやれている。引き続き油断はしないように」
「はーい」
頭を撫でてやると、ゴージャスな美貌をふにゃっと緩めて笑うカレン。黙ってすましているとザ・美人という感じだけど、こうなった時は本当に可愛いよな。
照れてる時や焦っている時も可愛い……俺、ハマってるな。悪い気分はしないが。
「どうかしたのかしら?」
「いや、何でもない」
俺を信用しているのか、無垢な表情で見上げてくるカレンにキスしてやろうかと、その頬に向けて手を差し出しかけたが、こんな場所で、せっかく高まっている集中力を殺すようなマネは止めておこうと、ぐっと握った手を引っ込めた。
「ん? あれはドロップアイテムじゃないか?」
「え、ホント!?」
先程カレンが倒したグレートホークの死体が消えた跡に、人の片腕くらいの大きさはある羽が落ちているのに気付いて指摘すると、カレンは目を輝かせてそちらを振り向いた。
「うわぁ! これがドロップアイテムなのね!」
「グレートホークの羽は装飾品として高く売れる。ドロップ率はかなり低いらしいが、運が良かったな」
この世界のモンスターは死亡するとすぐに魔力の粒子となって世界に還元されてしまうが、こうしてたまにアイテムを落とす事がある。俺が装備しているグローブやコートの原料になった素材も、俺自身が以前に倒したモンスターからドロップしたアイテムを専門の職人に加工してもらった物だ。
「こういう部分は凄くゲームっぽいわよねぇ。原作者はかなりのネットゲーマーで、そういう設定にしたって話だったけど、どういう理屈で成り立ってるのか不思議になっちゃうのはあなたの影響かしら」
「誰だって不思議に思うだろ」
「そういう物として受け入れちゃうのが普通のオタクの思考なのよ」
「分からない物を分からないままに利用していて、何か不都合がないかと不気味になる方が普通だと思うが」
モンスターが人間を襲うのは当然の摂理としてこの世界の人間は受け入れているし、俺もそこに関して否と述べるつもりは無い。生息エリアを越えて人里まで現れるようなモンスターは稀だが、モンスターが人に懐く事は無いし、目に入った人間を見逃す事も無い。
だが、この世界においては重要なエネルギーであると目される魔力と、その魔力に大いなる関わりがあると考えられるモンスターを狩り続けて、環境的な問題で世界に何か影響は無いのだろうかと、どうしても疑問に思ってしまう俺が居る。
結局のところ、モンスターが人を襲う以上、狩らないという選択肢は存在しないんだがな。
「それにしても、ヒポグリフはなかなか見つからないわねぇ」
山を登りながら捜索を再開してしばらくすると、カレンが愚痴っぽく言った。
「広い山だからな。夕方になっても見つからないようなら、諦めて帰るか」
「あ、あのさ……明日も休みだし、一晩なら過ごしてもいいんじゃないかしら?」
もじもじとしながら言うカレンに、俺は首を横に振る。
「念のために食料は持ってきたが、本格的な夜営の準備はしてこなかったからな。帰れるなら帰った方がいい。夜営できついのはモンスターの襲撃よりも、虫なんだ」
「虫が? 気持ち悪いのは勘弁だけど、そんなに厄介なの?」
「虫は怖いぞ。俺なら、モンスターに襲われる前に気配で気付けるが、虫に食われるのは避けられない」
「虫に食われるって、蚊とか?」
「蟻とかもな。知らなかったか? 蟻は大概が肉食だ。生きた人間だって食べるぞ。寝てる間に全身に纏わりついた蟻に噛まれると、激しい痛みで飛び起きる羽目になる」
毒を持っている種類だったりした日にはそのまま本当に死ぬケースだってあるんだぞ。
「ひぃっ」
その光景を想像したのか、小さな悲鳴を上げて身を竦ませるカレン。
「気持ち悪い想像させないでよ!」
「サバイバルを舐めているとそうなるという親切心からの忠告だよ」
ここら辺の虫の生息状況なんて俺も知らないからな。危険な種類はもっと熱帯地域に行かないと居ないとは思うが、地球とは微妙に虫の生態も違うし、確かな事は言えない。
無論、俺が言ったのは本当の虫であり、蟻だ。モンスターとして数えられるジャイアントアントのような蟻も居るが、あれはモンスターであって虫ではない。その両者の違いは、殺した際に即座に魔力に還元されるか、それとも死骸が残るかで区別されている。動物系も同じ基準で区分されている。
当然と言えばいいのか、モンスターの方が危険度は圧倒的に高いが、虫だって決して馬鹿にできない。人間を殺せる虫など珍しくもない。
モンスターなら寝ていても察知できる俺からしてみれば、むしろ虫の方が
「も、もう帰りましょうか? 日も落ち始めて来たし。ね?」
よっぽど怖くなったのか、引き攣った顔でそう提案してくるカレンだったが……
「残念ながら、そうもいかないようだ」
「何でよ!?」
「お目当てがやって来たぞ」
俺が顎でカレンの背後を指し示すと、鷲の頭を持った馬のようなモンスターが、上空からこちらに向けて滑降して来ていた。
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