第54話 SIDEカレン
キャレル山に向かうには、途中で大森林を抜けなければならない。
そこまでは順調にロックについて行く事が出来ていたあたしだけど、森の中に入った途端に一気に引き離されてしまった。
レイド級の危険なモンスターが住まう場所へ続く森なんかは、基本的に道らしい道なんて存在しない。人里に続く道だとモンスターに知られると、襲撃される危険性が跳ね上がるからだ。
キャレル山に続くこの大森林も、一切整備はされておらず、道らしい道なんて無い。
森に入ったばかりの頃は、まだそこまで鬱蒼としている訳でもなく、生繫る木々の間を縫って駆け抜けるんだけど、平地ではロックについて行けていたあたしは、この時点で少し遅れ気味になり始めていた。
しかしそれも、蔦や雑草で走れる余地も無いほどに地面が覆い尽くされるようになってくると、ロックは木の枝に飛び乗って、ぴょんぴょんと木々を飛び移って先に行ってしまうようになり(忍者か!)、ここに来てあたしは完全に音を上げた。
それに気付いたらしいロックが戻って来てくれた。
「無理か?」
「ごめんなさい」
「いや、いい。迂回するとなると、週末の間に戻るのも厳しくなってくる。仕方ないな」
ロックは背に負っていた荷物をあたしに手渡してくる。
反射的に受け取っていたあたしは、更にロックに……何とお姫様抱っこされていた。
「別に嫌じゃないだろ?」
「う、うん……」
頬が火照っているのが分かる。けど、全乙女の憧れお姫様抱っこを好きな男にされて嫌な女なんて居る訳がない。
「行くぞ」
とロックが口にして、あたしを抱えたままで平然と木々を飛び移って行く。
地面を走っていた時と変わらないスピードで、あたしの視界に映る景色が駆け抜けていく。
「どうしたらこんな風に動けるのかしら?」
「慣れだろうが、足元を意識せずに自分が移動する先をしっかりと認識する事と、足元を見ずとも、そこに移動する自分の動きがイメージ通りに出来るという自信、かな、大切なのは」
「今度、これも練習しましょうか」
「いや、あんたには要らないだろ。こんな風に移動する必要なんて普通は無い」
「出来たら忍者みたいで格好いいじゃない」
「やってみたいんだな」
「うん」
あたしの期待に満ちた眼差しを受けて、少し呆れた顔をするロックだったけど、その顔が急に真剣な色を帯びた。
え? と思ったら、ロックがあたしを抱えたまま体を捻った瞬間、あたし達の側を何かが高速で通り過ぎた。
「きゃっ」
とあたしが小さな悲鳴を上げている間に、地面に降り立っていたあたし達を、成人男性と同じくらいの大きさの体躯を誇る狼の群れに囲まれていた。
ぐるるるると唸りながらあたし達を睨みつけている大きな黒い狼達には、明確にあたし達を食べてやろうという殺気が感じられて、生まれて初めて目の当たりにしたそれに、あたしは思わずロックの腕の中で身を竦めてしまう。
「ブラックファングだな」
「あたしも戦うわ!」
「いや、いい。あんたの魔法だと森ごと焼き払う羽目になる。こういうモンスターはこう対処するんだ」
言うが早いが、ズドンっと突き出した岩の柱が全てのブラックファングの胴体を貫いていた。
その一撃で完全に絶命したブラッグファング達は、胴体を貫かれたままで、さらさらと透明な粒となって、死体を残さずに消え去ってしまった。
これはロックが特別な魔法を使ったからという訳ではなく、この世界のモンスターはこういう存在なのだ。
「初めて自分の目にしたけど、本当にこうなるんだ。不思議よね」
「生きとし生ける全ての存在は最終的に魔力に変換されるから、モンスターはその代謝が普通の動物や人間よりも早いだけとか、モンスターそのものが、魔力が意思を持って生物としての形を取っているとか、他にも色々と説はあるようだな。以前に弱いモンスターを拘束して確かめてみたが、生きている間は確かに生命活動をしていた。本当によく分からん存在だ」
「わざわざそれを確認しようとするのはあなたくらいでしょうね」
相変わらず、疑問に思ったら検証しないと済まないのね、ロックって。
「そういう物、として捨て置いても影響は無いと判断して、それ以上考えるのは止めたがな。何かしら地球と違うルールが適用されているんだろうが、そこら辺は本物の学者に任せるに限る」
その後もお姫様抱っこで大森林を抜ける。ブラックファング以外に途中でモンスターに襲われる事は無かった。
キャレル山に辿り着いて、ようやく地面に下ろしてもらったあたしは、麓から頂上を見上げて、人知れず溜息する。
「大きいし、広いわね。ヒポグリフって簡単に見つかるのかしら?」
「勘で見つける」
「勘って……」
「冗談だ。モンスターってのが本当にどんな存在なのかは謎だが、魔力を隠す事は総じて苦手、というか出来ないらしい。レイド級の魔物の持つ魔力だと、自然界に溶け込む事は不可能なレベルだから、ある程度近くまで行けば感じ取れる。それでも見つからない事もあるから、そうなったら今回は諦めて帰るしかないがな」
「無駄足にならない事を祈るしかないわね」
「全くの無駄足になる事もないだろ。ヒポグリフに当たるかは分からないが、ここにはそれ以外にもモンスターは幾らでも生息している。ほれ」
ロックが顎を振って指し示した先には、山影からこちらを窺うように隠れようとして隠しきれていない豚っぽい見た目の二足歩行のモンスターが居た。
「ま、まさかあれって……」
「オークだな」
「ひやぁっ……」
あたしは悲鳴を呑み込むので必死だった。
「何でそんな恐れるんだ? 本来のあんたの腕ならオークなんて雑魚だろ」
「オークってファンタジー物において女性の天敵として語り継がれる定番のモンスターなのよ。彼らにかかると、なぜか最強の女騎士ですら必ずくっころ展開が待ち受けているという摩訶不思議モンスター、それがオーク……!」
「くっころ?」
くっ、通じないか。
「エッチな事する女の敵って事よ」
「いや、ないだろ。あんたの知るファンタジー物の常識はそうなのかもしれんが、この世界のオークにそんな生態があるなんて聞いた事ないぞ」
そんな呆れた顔で見ないでよ。
「冗談よ。単純に見た目がキモくて嫌」
豚が二足歩行してるだけならワンチャン可愛いまであるかも知れないけど、全然隠れ切れていないあいつら、めちゃくちゃゴツイし、口から大きな涎が垂れてるし、マジでキモい。粗末ながらも腰に布が巻かれていて、下半身が隠されているのはせめてもの救いね。もしモロ出しだったら、強いとか弱いとか関係なく秒で逃げるわ。
「御開帳なんてされる前に、女の敵は即座に殲滅すべきね!」
「いや、うん、まあ……好きにしてくれ」
全身から魔力を立ち昇らせるあたしに、ロックは少し引いた様子だった。
「フレイム・ブラスター!」
あたしの手から放たれた炎が、途中で幾重にも枝分かれし、視界に映る三体のオークを串刺しにした。
「冒険者カードを見てみろ」
魔力の粒子となって消えるオーク達にあたしが満足していると、ロックがそう言ったので、言われた通りにカードを見てみると、そこにオーク3と書き込まれていた。
「どうやってモンスターの種類を把握しているのか、どうやって本人が倒したのかを判断しているのか、原理はさっぱり理解できんが、そういう仕様になっている。倒せば倒しただけ自動的に報酬になるから、無理のない範囲でやれるだけやってみろ。キャレル山に生息するモンスターなら、雑魚でもいい小遣いになるぞ」
「あなたはいいの?」
「ゴールドの俺がやったところで、もう残念ながらまともな実績にもカウントされない。ヒポグリフなら話は別だが。金にはなるが、別に要らん」
「じゃ、あたしが頑張ってみるわね」
死ぬと魔力の粒子となって消えてくれるおかげか、少し心配していた、生き物を殺す事への抵抗感も特に感じずに済んだあたしは、少しでもロックに近づけるように経験を積もうと、気合を入れ直した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます