第53話 SIDEカレン
受付嬢から冒険者カードを手渡されると、表面にあたしの名前が勝手に浮き上がってきた。
「魔力に反応して個人登録が行われます。本人以外の人間が長時間触れると、魔力の違いをカードが検知し、使用不可能になりますので、ご注意下さい。初回は無料ですが、紛失した場合は再発行に10万セナ掛かりますので、その点もご注意下さいね」
「はい。ありがとうございます」
あたしがお礼を言うと、受付嬢は少し驚いた顔をする。
「どうかしました?」
「あ、いえ……貴族様にこうしてお礼を言われる事はないので、驚いてしまいました」
な、なるほど。あたしは中身が中身だしね。どうしても貴族らしい横柄な態度っていうのは抵抗がある。
「貴族の相手ってやっぱり苦労するのかしら?」
「そうなんです! 冒険者カードが便利ですし、下級の貴族様だと実態はあまり裕福な暮らしが出来る訳でもなくって、お小遣い稼ぎに冒険者としてお仕事する方も多いんですけど、大概の方々は、いきなり実績も無しに高ランクの依頼を要求してきて、大変なんですよ……」
貴族だから必ずしも強いという訳でもない。というか、高い魔力体質を持つ人間の人口比率が平民とは桁が違うというだけで、一般人と変わらない人間の方が比率は多い。
貴族だから強いという保証も無い以上、貴族だから自動的にブロンズ級スタートという訳にもいかない。本人の命が危ないというのもあるし、冒険者ギルド側としても、成功の見込みが無い人間に仕事を任せる訳にもいかないからだ、と受付嬢がぶつぶつと不満を吐き出す姿に、あたしは「あはは」と愛想笑いでやり過ごす。
「大体ですよ? 人を相手にするのとモンスターの相手をするのは全然違うんです。ある程度以上の実力者になると、その両者の境目は曖昧になってきますけど、だから人々の秩序を守るべき騎士団は対人戦特化で日々訓練していますし、そのせいで不得手になってしまうモンスターの退治は冒険者に任されていて、両者の関係は成り立っているんです。それを理解せず、『貴族の俺にこんな地味な仕事をさせるとは何様だ!』って言われてもこちらは困るんですよ」
あたしに言われても困るんだけど、と黙って愛想笑いを続けながら思っていると、それに気付いたらしい受付嬢は、慌ててすみませんと謝ってきた。
「この時期って、魔法学院の生徒で冒険者デビューする貴族様が多くって……」
二年生以上になって、そこそこ自信がついた貴族の子女が、こぞって冒険者デビューするせいで、今彼女自身が言ったようなトラブルが絶えないのが例年で、そのたびにストレスが溜まって仕方ないらしい。大変ね。
「あ、もちろん、ゴールド級冒険者であるリンドロック様が引率されるなら話は別ですから、ご安心下さい」
「うん。それで、どんなお仕事になりそうなのかしら?」
「うーん……王都って案外、モンスター討伐系の仕事で高ランクの物って少ないんですよね。元々安全地帯だから王都に選ばれている土地柄なので。リンドロック様のようなゴールド級の冒険者なんて、二年目のわたくしだと初めてお会いしました。高ランクの冒険者はもっと危険地帯で活動している事が多いので」
「そうなんだ。でもよく考えてみればそうよね」
「世間話はそれくらいにして、仕事の話に戻ってもらっていいか?」
「あ、申し訳ございません。ですが、申し上げた通り、現在モンスター討伐系の高ランクの物はございません。どうされますか?」
「なら、フリーで狩ってくるから、ここら辺のモンスターの分布図をくれるか?」
「かしこまりました」
と言って差し出された地図っぽい何か。
子供が描いたのかと疑う、王都を中心に、左の方に大きな丸で森と書かれていたり、逆には山と書かれていたりして、その周辺にモンスターの名前らしき物が「ここら辺」と言わんばかりに矢印付きで書き込まれている。
「ありがとう」
ロックは何も言わずにそれを受け取ると振り返って出口に向けて歩き出した。
あたしもそれについて行くけど、内心は戸惑いしきりだった。
「それ、役に立つのかしら?」
「無いよりマシ、程度だな。正確な地図は国家機密だ。領主以上ならもっと精密な地図を持っているだろうが、一般公開なんてされる訳がない」
「変な部分で現実的なのね……」
「全くだ」
冒険者ギルドを出たあたし達は、近場のカフェでお茶兼お昼ご飯を済ませながら、この後の予定について相談する。
「この中で一番強いのとなると、キャレル山のヒポグリフだな。一般的な討伐難易度は上の下。街まで攻めて来たらレイドを組んで対抗するレベルだが、あんたには丁度いいかもな」
「いきなりレイドボスにソロアタックって正気?」
「ゴールド級は本来、下級のレイドボスにならソロアタック出来るランクだぞ。あんたは攻撃力だけならそれに匹敵する。これ以下になると、弱すぎて大した経験にはならないな」
「なら、やれるだけやってみるわ」
こうしてあたしが即決できるのも、あたしより強くて経験豊富なロックが居るからだけど、今はありがたくその境遇を受け入れさせてもらうわ。
「日帰りでも行けない事はなさそうだが、念のために水と食料は用意しておくか」
この言葉に、あたしは思わず頬に熱を持ってしまう。
これってつまり、二人きりで夜を過ごすって事よね……?
「変に意識するな。モンスターの生息地で盛る馬鹿なんぞ居ない。普通に死ぬぞ」
「そ、そうよね……」
ほっとしながらも、ちょっと残念な気もするあたし。
すると、ロックはニヤリと口角を上げる。
「が、まだ夜は冷えるからな。寒かったらいつでも言ってくれ」
それはつまり、抱っこして欲しければ素直に言ってくれって意味かと理解したあたしは、真っ赤な顔で沈黙するしかなかった。
その光景を想像すると、凄くしたいけど、ドキドキして眠れる気がしない。モンスターとの初めての戦いが待っている中で、寝不足は非常に困る。
でもしたい! 凄くしたい! ぎゅーってされながらロックの腕の中で眠ってみたい!
あたしは己の欲望と理性の間で葛藤しながら、カフェを出て街の外へと足を向けた。
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