第52話 SIDEカレン
週末になり、あたしはロックと一緒に王都の城下町までやって来た。
週末の予定を話したアークも最初は一緒に来たいと駄々をこねたけど、ロックからまだ早いと言われ、「紙の修行をこなせたら一度軽めの仕事に連れて行ってやる」と約束を引き出し、今頃は必死で紙にパンチを繰り返している頃だろう。
城下町までやって来たのはエミリアにスイーツ食べ放題を奢った時以来。あの時は学院備え付けのフリー馬車でやって来たけど、今回は徒歩……と言うには語弊があるわね。魔力で身体強化をして、全力で走って来た。その方が早いのよ。
馬で片道二時間の道程を、僅か30分くらいで辿り着けた。
「平気そうだな」
「ちゃんと毎日、魔力無しでランニングしてたしね」
ロックみたいに息一つ切らさずという訳にもいってないけど、あたしもちょうどいい運動くらいの感覚で済んでいる。何にしても体力は必要だと思って、子供の頃からランニングはしていたしね。
「行こうか」
と、コートを翻して街の方を向くロック。
そう、今のロックは魔法学院の制服を着ておらず、彼本来の冒険者としての出で立ちをしている。
制服よりも遥かに高度な対魔力コーティングを施されたインナーとズボン、自ら倒したベヒーモスの革製の薄手のコートに、ドラゴン革製のグローブ、その全てが黒一色という、極めて中二心が擽られる姿だけど、純粋に格好いいと思ってしまうあたしも中二病だからなのか、それとも惚れた弱味かのか。はたまた、普通に格好いいだけという説もあるかな。
その装備一式だけで豪邸が一つ建つとはロックの言葉だけど、あたしも学生服じゃない装備をしており、これもそこそこお高いみたい。あたしとロックの関係が始まってから、こういう時のためにとパパが事前に用意していてくれたらしい、真っ赤なミニスカワンピースの下に茶色いパンツスーツを履いている。
……パパにはいつから知られていたんだろう。あたしにはダダ甘だし、優しい普通のお父さんなんだけど、こういう部分がちょっと得体の知れない感じは昔から否めないのよね。
城下町に辿り着いて、検問を特に何事も無く抜け、賑やかな繁華街を通り抜けて冒険者ギルドに辿り着いた。
ちょっとした豪邸並みの大きさだけど、シンプルな造りの建物の中に入って行く。
中には様々な格好の男女が居て、大剣を背に負う大男や、槍を片手にした女性、あとはいかにも魔法使い風の男女なども居る。あたしやロックみたいな軽装で、一見それっぽくない人も居るわね。
入館と共に、一斉に注目を受けて少し怯んでしまうあたしが居るけど、ロックの方は気にした様子も無く真っ直ぐに受付の方へ歩いて行こうとし、少し気圧されてしまったあたしに気付いたようで、ほら、と差し出される手を殆ど無意識の内に取った。
すると、大半は生暖かい目で見られてしまい、あたしは羞恥に顔を染めてしまった。
「や、やっぱりいいわ」
「気にするな」
と言ってロックはあたしを引っ張って行こうとするんだけど、そうは問屋が卸さなかった。
「……どいてくれないか?」
「ああん? 連れ込み宿と勘違いしてるお坊ちゃんとお嬢ちゃんに、案内してやろうって俺様の親切心を無下にするってのか?」
うわぁ、こういうのって本当にあるのね。
相手は筋骨隆々のマッチョマンで、身長も、最近更に成長したらしく170センチ代半ばのロックよりも更に高く、180センチくらいじゃないかしら。年齢はあたし達と変わらないくらいだと思うけど、見た目の威圧感が半端じゃない。
「田舎から出てきたばかりでデビューしたての新人ってところか。絡む相手は見てからにした方がいいぞ。先輩からの忠告だ」
ぷっ、と吹き出す声があちこちから聞こえてくる。
「てめっ、舐めるんじゃねーぞ!」
顔を真っ赤にして怒った大男がロックに掴みかかろうとした。
ロックはすかさず、軽く半身をそらしながら避けつつその手を取って、足を引っ掛けて大男を投げ飛ばし……
その大男は空中を一回転しながら、側のテーブルの椅子にすとんと座らされていた。
何が起こったのか理解できず、呆然としている大男の肩に手を置いたロックが言う。
「舐められたら終わり、はチンピラの間でしか意味の無いルールだ。冒険者の価値は実績だけが物を言うし、実力は単純な見た目に比例しない。あんたみたいな言動をしている時点で素人同然の新人だと全力で主張しているようなもんだ。覚えておいた方がいいぞ、舐められるからな。舐められたくないんだろう?」
「あ、あ……その、ありがとうございます」
大男は脅えた様子でガチガチに凍り付きながら、ロックの言葉に震える声で答えていた。
パチパチパチと、大物の対応に称賛の拍手があちこちから上がる中を、ロックは平然とあたしの手を引いて歩いて行く。
「穏便な対応をするのね」
「俺は暴力が好きな訳じゃない。あの手の輩に言葉だけで言い聞かせても無駄だから、多少の力は見せてやる方が結果的に穏便に済むからああしたがな」
そうなのよね、ロックって本当に暴力を振るわない男なのよね。危ない発言が多い割には、反比例するように本人は本当に横暴さとは無縁だ。
……訓練では容赦無いけど。
そういう部分が本当に格好いいと思う。強い男が好きな女は多いと思うし、あたしもどっちかと言うと強い男の方が好みだけど、それは決して暴力が好きな男が好みという意味じゃないのよ。
ああ、やばい、不意にこういう部分を見せられると、ますます胸がキュンキュンしちゃう。
なんて、ぽーっとロックの整った横顔を見ていると、彼は懐から取り出した冒険者カードを受付に差し出す。
冒険者カード。それはまともな通信技術なんて存在しないはずのこの世界で、それ一枚で各国の冒険者ギルドで本人の実績が一発で確認できて、更には報酬の貯金と引き出しまで可能とする、摩訶不思議なご都合主義アイテムである。
その技術をもって、冒険者ギルドは世界中の国々から『冒険者ギルドという特殊な国』扱いをされる事で運営されている。
「リンドロック様ですね。ゴールド級冒険者のお越しを歓迎いたします。本日は依頼のご受注でしょうか?」
「ああ。あと、こいつの冒険者登録をお願いしたい」
「かしこまりました。ですが、生憎と今はゴールド級以上限定の依頼はございません。その場合、シルバー級以下のお仕事のご紹介となりますが、よろしいでしょうか?」
「構わない。今回はこいつに経験を積ませるのが目的だから、人相手は断りたい。モンスター討伐系のでお願いする」
「かしこまりました。では、こちらの……お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「カレンです」
「失礼ですが、ご貴族様であらせられるとお見受け致します。没落して家は既に存在していないというようなケース以外ですと、特定の場合において法的な対応に違いが出ますので、貴族として登録される事をお勧め致します」
「あ、ファルネシア家のカレン・エリスマイヤー・スヴェル・ヴィン・オーラスタスです」
「あんたのフルネーム、初めて聞いたな」
「長いでしょ? あたしも滅多に言わないから、たまに忘れそうになるもの」
とあたし達が気楽にやり取りしている向こう側では、受付嬢が息を呑んでいる様子が目に入り、あたしが「ダメ?」と首を傾げると、受付嬢はぶんぶんと首を横に振る。
「い、いえ、失礼致しました。あまりにも大物のお名前だったので、少々驚きました。ご無礼致しますが、何か家柄を確認できるような物はお持ちでしょうか?」
「これ、あたしの家の家紋が刻まれてる指輪」
と、右手の中指にあたしが嵌めてる指輪を見せると、受付嬢は恐る恐るそれを確認した。
「……ありがとうございます。では、冒険者カードの作成に移らせて頂きます」
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