第50話
「そう言えば」
模擬戦の合間に、アークが思い出したように俺に向けて話しかけてきた。
「ロックさんって、僕とばっか戦ってて、ちゃんと訓練になってるんですか?」
俺に対する敬語が板についてきた様子に、エミリアが満足そうに笑顔で頷いているのが目に入る。
「カレンとも毎日やってるがな。今日もこの後、外に行ってやるぞ」
「ここでやれば良いじゃないですか」
「カレンは完全にエレメンタリスト寄りのアークナイトな上に、得意属性的にも、こんな第三者も多く利用する校庭で下手な訓練なんぞできん」
最近じゃ、痛みに耐える訓練ばかりではなく、実戦的に魔法戦をこなす訓練をしているからな。こんな場所でやっていたら、下手すると死人が出かねない。無論、俺が完封しに行ったら秒殺できるが、それではいつまで経ってもカレン自身の成長に繋がらないし、ちゃんとカレンに合わせた模擬戦になるよう、俺がコントロールしている。
「でも、前から思ってたけど、あたしやアークと戦ってるだけじゃ、あなたの訓練にはならないんじゃないかしら? あなたもマクレガー先生に模擬戦をお願いしたらどうかしら?」
「あんたの訓練の後、俺は俺で自主訓練は毎晩しているから大丈夫だ」
「どんな訓練してるんですか?」
アークが興味津々に瞳を輝かせながら聞いてきた。
「エレメント系の魔法を行使しながらの柔軟や筋トレと、全身に重りを付けてする、対人戦のイメージトレーニングだな。武術の型というほど決まった動きをするわけではないが、それに近い」
「どんな事をするんですか?」
と言われたので、軽くやってみせる。地属性魔法でこしらえた重りは寮の自室に置きっぱなしだし、改めて作るのは面倒くさいので、今回は重り無しだ。
イメージするのは俺が今まで目にしてきた中でも間違いなく最強のマジックウォーリアーだ。別に敵ではなかったので戦った事はないが、そいつに会った二年前は、俺も全力で手段を選ばずに戦わなければ負けるなと思わされた。今なら格闘戦だけでそいつに勝てるだろうかと、いつも頭の中で考えながら、イメージのそいつと戦っている。
「どんな激しい動きをするのかと思ってたけど、凄くゆっくりと動くのね」
とはカレンの感想だ。
「自分の動きがどれだけ正確に自分のイメージ通りに出来ているかを確認するという意味合いの方が大きい鍛錬だからな。重りを付けていると、この方が負担も増して、案外いいトレーニングになる」
「でも、凄く綺麗ですよね。まるでダンスを見ているみたいです」
こちらはエミリアだ。
「ダンスに必要な要素というのは、武術に必要とされる要素とほぼ変わらない。ダンサーに武術を教えれば、一般人が習うよりも習得速度は圧倒的に速いだろうな」
「まるで実際に相手が目の前に居るみたいだ……」
アークが呟くように言った。それが言われずとも感じ取れる辺り、やはりセンスは凄まじいな。
「こんな感じだな」
「なら筋トレはどういう事をやるんですか?」
「自分もやってみたいという顔だな」
俺が笑いながら答えると、アークは満面の笑みで何度も首を縦に振った。
「俺のトレーニングを素人がいきなりやるのは無理なんだが……山育ちのアークの場合、必要な筋肉は大体ついているからな、試しにやってみるか?」
「はい!」
元気の良い返事で結構な事だ。
まずは真っ直ぐに立ち、片足だけ浮かせる。浮かせた左足を、地面についたままの右足の後ろに通すようにして、交差させたままでゆっくりとしゃがみ、左足を地面すれすれで前に突き出すように持って行く。
「うわっ」
その段階で、真似していたアークが、小さな悲鳴を上げながら後ろに尻もちをついてしまった。
その横で、俺はゆっくりと立ち上がり、右足一本で最初のように真っ直ぐに立つ。
「武術に必要な下半身の筋力や体幹や柔軟性が足りないと、アークのようになる。それらを養うためのトレーニングだな」
アークはむきになって、その後も何度か挑戦するが、全て尻もちをつく結果に終わり、しょぼんと落ち込んだ様子を見せる。
「そんなにきついの?」
カレンが不思議そうに言いながらやろうとしたが、膝を半分も折り曲げた時点でひっくり返った。
「パンツ見えてるぞ」
「――――ッ!!」
ばっと起き上がってスカートを押さえながら、俺を睨みつけてくるカレンだったが、アークよりも筋力に乏しい自分が本当に出来ると思っていたのか?
「ってかきっつ。マジできついって言うか、全然出来る気しないんだけど、あなたってそれ、毎日何回やるってるの?」
「今は左右共に百回ずつだな」
もちろん、年齢と共に回数が増えてきた結果だ。
「次元が違い過ぎる……しかも、それだけじゃないんでしょ?」
「まあな。この手のトレーニングを大体三時間くらい、同時にエレメント系の熟練度上げもしながら、毎晩欠かさずやっている」
「筋力トレーニングって、傷ついた筋肉が回復する時に、傷つく前より強くなるから、回復する間も無く毎日やるのって逆効果みたいなの聞いた事あるけど、毎晩なの?」
「超回復の事か? 俺には高レベルの回復属性があるからな。回復魔法は人間本来が持つ回復力を促進させる魔法だが、つまりその際には超回復も行われる」
「うわぁ。身体強化持ちに回復属性って、そうなってくるとチートくさいわね」
「魔法力で補えはするが、パワーにしろスピードにしろ、最大の力が発揮できるように正しく鍛えられていないと、身体強化の威力も半減するからな。魔法力の向上も一定レベル以上はそう簡単ではないし、ちゃんと肉体を鍛えた方が早い。マクレガー先生も、筋力自体は俺どころかアークにも劣るだろうが、体の中身は相当計算し尽くされた鍛え方をされているのが動きから明らかだな」
「エミリアさん!」
俺達の会話を聞いていたアークが、エミリアの両手を取った。
他人の感情に鋭いエミリアじゃなくても、アークが言いたい事なんて誰でも察せるだろう。
「ダメだよ。私が男子寮に行くわけにもいかないし、女子寮にアーク君を入れるのだって無理」
「うぅ……」
諦めきれないようで、涙目でエミリアを見つめるアークだが、流石にそれは倫理的に問題があるだろう。
「俺と一緒にやる分には構わないぞ?」
「本当ですか!?」
「ああ。貴族寮に平民を入れちゃならないという規則なんて無いからな」
「お願いします!」
やったー、と両手を上げながら喜びを露にするアーク。頭一つ分くらい小柄なその頭を撫でてやると、アークはへへっとはにかむ。今生では実の弟が一人に腹違いの弟が更に二人居たが、あいつらにもこのくらいの可愛げがあったらなと思わずにはいられない。
「まるで兄弟みたいね」
「ですね」
カレンとエミリアが微笑まし気に小声でやり取りしていた。
後日、俺と一緒にトレーニングを体験したアークは、カレンとエミリアの前で、煤けた様子で言って、二人をドン引きさせていた――
「ロックさんって本当に化け物だね……僕、なんて相手に喧嘩売っちゃったんだろう……」
――と。
その言葉を聞いた二人が引いていた本当の理由は、訓練マニアとも言えるアークがここまでになる程のトレーニングを日常的にこなしている俺に対してだったようだが。
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前話の紙のトレーニングの目的を感想コメントでドンピシャで言い当てられてしまいましたね。別にオリジナリティのあるトレーニングという訳でもないですが、ロックの強さの秘密は、魔力や頭脳だけじゃなく、こうしてリアルに武術家として鍛えられているおかげという事ですね。しかも回復魔法のおかげで、既に肉体ベースで地球人とは次元が違う。
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