修行編
第49話
平日の放課後。
今後は俺もアークの訓練に参加するとシャロンに伝えると、案の定、「本当に何を考えているんだ、貴様は」と呆れた顔をされてしまったが、俺の参加自体は歓迎してくれるとの事で、初日の今日は、本来ならシャロンが担当する日なのだが、一緒に俺やカレンも参加させてもらっている。
決闘で見せられたアークの戦闘スタイルはシャロンのそれだろうから、俺とは明らかに戦闘スタイルが違うし、変に俺流に教えるとアークが混乱してしまい、逆に成長を阻害してしまうだろうからな。今後の教え方を相談する意味でも、一度しっかりとシャロンが指導する場面を見たかった。
そして目にしたシャロンの指導スタイルは、俺がカレンに教える時と負けず劣らずのスパルタ指導だった。
もっとも、戦闘センスの塊であるアーク以外には通用しないだろうな。シャロンもそれは理解しているだろう。
だが、決闘の時から気付いてはいたが、その弊害も生じているようだった。
後方腕組みでシャロンに叩きのめされるアークを見ていた俺は、エミリアに治療されて元気を取り戻したアークが、
「どうだった?」
と笑顔で近づいてきたので、答えようと口を開こうとしたのだが、その前にエミリアがしかめっ面でアークに物申す。
「アーク君?」
「あ、ごめん。どうでした、ロックさん?」
「別に無理しなくていいんだが」
「ロックさん、アーク君を甘やかさないで下さい」
「分かった分かった」
苦笑する俺の横では、「もうすっかりお姉さんポジションね」とカレンが小声で呟いている。
「どうと言われてもな。訓練期間を考えれば驚異的に進歩している」
俺の言葉に素直な喜びを表すアークだが、そろそろ俺の会話の仕方に慣れてきたカレンには、違う意味で受け止められたらしい。
「つまり、考えなければ?」
「話にならんな」
「ええ!?」
ガーンと大きく身をのけぞらせるアーク。馬鹿にされたと怒らない辺りは人格を表しているな。
「ど、どの辺がダメなんだ? ですか……?」
ショックのあまり素が出そうになり、慌てて敬語にするアークだった。
「色々あり過ぎて一概に言えないが、まずぱっと目につく中で今すぐ手を付けられそうな内容となると、全ての動作に力が入り過ぎだな。細かい動作についてもマクレガー先生には未だ遠く及ばないが、それは仕方ないにしても、気になるのは、マクレガー先生の表面的な動きを真似しているだけで、全ての動作に余計な力が入り過ぎている事だ」
「そこら辺はもう少し基本動作が身についてから教えるつもりだったんだがな」
「俺はそこら辺を重点的に教えましょうか。俺の動きを覚えさせても、あまり役に立ちそうにありませんし」
「え? どうしてですか?」
アークが素直に疑問の声を吐き出した。
「マクレガー先生の動きはシンプルに、直線的に効率よく相手に対して己の力を伝えるタイプだ。対して俺の動きは、基本的に相手の攻撃を無効化し、カウンターや投げ技で対処するために、徹底的に防御寄りの思想をしている。構えの段階で重心の取り方からして違うし、その両者を同時に覚えようとしても、中途半端になるだけだ」
俺の基本的な戦闘思考は、敵の戦力を分析し、無効化する事を前提にしている。それはエレメンタリスト相手だろうが、マジックウォーリアー相手だろうが、はたまたアークナイト相手だろうが同じだ。
「だから、アークはむしろ、俺の動きは下手に覚えようとしない方がいい。直情的なあんたにも合ってないだろうし、かえって弱くなるぞ」
「ふーん……」
よく分かっていないな、これは。
しかし、下手に俺がアークと模擬戦をすると、こいつの場合、勝手に俺の動きを取り込もうとしそうだよな。よっぽど上手く俺とシャロンの動きを融合させないと、本当に弱くなるんだが、理解してないだろうな。
「モチベーションにも関わるだろうし、模擬戦はしてやるが、それよりも基本から教えた方が良さそうだな」
俺はそう言い置いて踵を返し、校舎の方へと足を向ける。
カレンもついて来ようとしたが、すぐに戻るから待っていろと言って残し、俺は目的の物を回収してから校庭に戻った。
俺が戻るのを待っていた一同は、シャロンを除いて、俺が持ってきた物を見て、頭の上にクエスチョンマークをこさえている。
俺が持ってきた物は何の変哲もない紙だ。十枚ほど持ってきたそれの中から一枚抜き出すと、それをカレンに持たせ、残りはエミリアに預ける。
カレンには、それを体から放した位置で手に持たせる。微風に煽られてひらひらと揺れるそれに、俺は無造作にパンチを繰り出した。
ぱしっという乾いた音と共に紙の中心が撃ち抜かれ、俺が腕を引き抜くと、紙のど真ん中だけが綺麗に破けた状態になっている。
「アーク、できるか? もちろん、身体強化は使わずにだ」
「簡単じゃん……です」
エミリアのきっとした眼差しを気配で感じ取ったらしく、冷や汗まじりに言い直したアークが、再びカレンが手に持った紙にパンチを繰り出したのだが、紙が破れる事はなく、アークの拳全体に纏わりつくようにして紙はカレンの手から離れてしまっている。
「あれ?」
何で同じにならないのだろうと不思議なんだろうな。
「もう一度いいですか?」
「ええ、いいわよ」
カレンが再び紙を手の持つが、先程の焼き直しになるだけで、紙が破れる事は無かった。
「あ、あれ? おかしいな」
その後何度繰り返しても同じ結果にしかならず、むきになっていたアークの顔には焦燥感が浮かんでいる。
「まあ、そんなものだろう」
シャロンがそう言って、アークの肩に手を掛けて止めた。
「余計な力が入り過ぎだ」
「……先生はロック……ロックさんと同じ事が出来るんですか?」
「ふむ」
シャロンは答えとばかりに、エミリアが持つ紙の一枚を抜き出し、空中に放り投げたそれに、一見無造作にも思えるような気軽さでパンチを繰り出した。
無論、その状態で紙を破ろうとしたら、俺がやったのよりも更に高度な技術が要されるが、シャロンはやってのけた。まあ、俺にも出来るがな。
中心部が綺麗に撃ち抜かれ、ひらひらと舞い落ちる紙切れを手の取ったアークが呆然としている。
「筋力の問題ではない。というか、筋力なら男で山育ちの貴様の方が私より元来から上だ」
「アーク、あんたは他者の動きをトレースする事にかけては常人離れしているが、単純な動きに表れない、こうした細かい部分にまでは、その能力は及ばないらしいな。俺はそこら辺を重点的に教えてやる」
シャロンの指導の邪魔はしないように、その補助的な役割を務めるのが、一番アークのためになるだろう。
「取り敢えず、出来るようになったら次の課題を与えてやるから、まずはそこからだな」
「教えてくれるんじゃないのか!?」
「あんたは少し、頭を使うようにした方がいい。まずは自分で考えてみろ」
というか、余計な力が入り過ぎだと何度も言っただろう。それで出来てくれなければ、俺にはそれ以上に上手く教える手腕が無い。
しかし、エミリアが大きく、うんうんと頷いて同意を示しているので、アークも反論しにくいらしいな。
アークは更に救いを求めるようにカレンを見るが、彼女は困ったような笑みで「頑張って」と言うだけで、あとはシャロンも当然助け船を出す気は無いようで、アークはがっくりと肩を落としながら、エミリアが「もう一度やってみる?」と紙を掲げるのを見て、再び意気込んでその前に立つ。
それからはエミリアの協力を得て何度も挑戦するアークだったが、俺が持ってきた紙の束が全て使い物にならなくなっても、残念ながら達成できなかった。
「くっそーっ」
「まあ、そんなもんだろ。この鍛錬なら紙を天井から吊り下げれば一人でもできる。毎晩やってみろ。今日のところは俺がもう一戦やってやる」
「本当ですか!?」
目の色の輝きが違う。やはり地道な鍛錬よりも、実戦訓練の方が好きらしい。
「色んなタイプと戦った方がいいのも事実だからな。その鍛錬なら、紙を自室で天井から吊り下げれば出来るから、自在に出来るようになるまで自主訓練の時にやってみろ」
「はい! 分かりました!」
元気のいい返事で結構な事だ。
ちなみに、模擬戦の結果は、俺がアークに指一本触れさせずにボコボコにしたとだけ言っておこう。
「ま、マクレガー先生よりキツイ……」
俺にはそういう教え方しか出来ないんだよ。お願いだから折れないでくれよ。
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