第48話
魔族が出た、という事実は俺達の間だけで伏せられる事になった。
以前にも言ったが、魔族と言うのは殆ど伝説上の存在で、今の状況で証拠も無しに言っても頭がおかしくなったのかと言われるのが落ちだろう。
ドレッドが言っていた、原作ヒロイン二人を既に手中に収めているらしき男の存在は非常に気になるし、カレン経由でファルネシア侯爵に言って対策してもらう事にはしたが……
「あたしの言葉を信じない訳じゃないけど、事が大きすぎる上に証拠も無しじゃ、国の上層部を動かすまでは無理だって。パパの権限の範囲内で調査はしてくれるけど、それが限界みたい」
「まあそうだろうな。ファルネシア侯爵が動いてくれるだけでもありがたい」
二人で並木道を歩きながら今後の対策を相談するが、残念ながら現状で出来る事はそう多くない。
現状では敵と判断するしかないキュレッタやシャジャルという原作ヒロインと、その二人を一緒に居たという男の行方に関しては、何の手掛かりも無いしな。
「どうせいずれ、向こう側からアクションもあるだろ。それに対処していくしかないな」
「何でそう考えられるの?」
「なぜ、その男はアークを狙った?」
「え? 何でって……」
そんなの原作主人公だから邪魔だったんでしょ、とでも言いたげな顔をするカレンだったが、その言葉が出る前に、自らおかしいと気付いたらしいな。
「……確かに、何でかしら?」
「ドレッドに憑依した魔族は明らかにアークを狙っていた。あんたやエミリアには興味すら無かったようだが、アークに対しては明らかに何かしらの目的を持っていたのは確かだ。俺を優先的に殺そうとしていたのは、あくまでもドレッドの記憶から、アークを殺すために邪魔になると判断したからだったのは間違いない」
あるいは誘拐するために、という可能性もあったが、いずれにしろ、アーク自身が目的だったのは間違いない。
「ドレッドですら、アークを殺そうとまではしていなかったんだぞ?」
アークの存在自体が本当に邪魔なら、ドレッドは原作開始前にアークを暗殺していたはずだ。入学まで城下町で日雇い労働者みたいな事をしていたというアークの暗殺なんて簡単だったろうし、そうでなくても、入学式前に待ち伏せしていれば難しくはなかったはずだ。
それに、ドレッドは入学式の時点では、俺に対しても本当に殺意を抱いている感じは無かった。不良が「ぶっ殺してやる」と口にするのと変わらない。本当に殺してやろうという気は、おそらく全く無かっただろう。原作通りに魔族が俺に憑依する展開のため、というのもあっただろうし、そうなっていたら殺すつもりだったとは思うが。
ドレッドがアークを殺そうとまで考えてはいなかった理由は、本当は人殺しが怖いとかではなく、アークの存在が必ずしも邪魔じゃなかったからだろうと俺は見る。今度本人に確認しておくか。
少しでも邪魔な人間なら殺してしまえと考えるのと、本当に邪魔な人間なら殺す気になるのでは全然違う。前者になれるのは、よっぽど頭がイカレテいないと無理だ。後者だけでも相当ではあるがな、ドレッドは最後の一線で後者にしかなれなかったのだろう。
では、例の男はその前者なのか?
そうだったとして、どうやって交渉を持ったのか知らないが、魔族を用意してまでアークを殺すというのは相当な手間だろう。しかも、アークの身近な人間で魔族を憑依させるためには、ドレッドが最も適しているという情報も事前に得ていた可能性が非常に高い。
その情報を得た手段は幾つか考えられるが、いずれにしても、場当たり的な行動では不可能だろう。
そう推論を述べながら、俺は結論をカレンに伝える。
「おそらくその男には、アークに対して何かしらのアクションをしなければならない、何らかの理由があったはずだ」
「何らかの理由って……?」
「分からんよ。だが、原作と無関係じゃないだろう」
「何か根拠があるのかしら?」
「そもそもだ、魔族がどれだけ存在しているのか知らんし、その活動が原作で語られているのはアークが関わった一件だけで、本当は世界中で事件が起こっていた、という可能性もあるが、それにしても、アークばかりがピンポイントで関わるのは不自然じゃないか?」
「それはそうだろうけど……ご都合主義ってのもあるしさ」
「それよりも、アーク自身に何かしら、カレンが知る限りの原作ではまだ語られていなかった、本人にも自覚すらない秘密があると考えた方が納得し易いだろ」
例えば、魔族に対しての特効的な存在だ、とかな。アークの無謀な突撃を見逃したのはそれを確認する意味もあった。
結論は、特にそういう感じではなかったし、あれは何とかしないといずれ死ぬな、という身も蓋も無い物だったが。おそらく、どれだけ教育しようとも無駄だろう。俺と種類は違うが、アークも自分の信念に従って死ぬなら後悔しないタイプだ。死なないように強くするしかない。カレンが原作通りに進めたがった理由がよく分かる。
「原作ではまだ明かされていないその秘密を、その男は知っている、とかは如何にもあり得そうじゃないか?」
「あたしやドレッドよりも先の展開を知ってるってこと……!?」
「もしくは、この世界に転生してから知ったという可能性もある。その上で、その男にとっては不都合な理由なのかもな。もっとも、俺の推測はあくまでも推測で、特に根拠があるわけでもなく、所詮は可能性の域を出ないが」
「原作知識は完全にあてにならなくなったし、気が重いわね……」
はぁと大きく溜息するカレンだが、俺はそうは思わない。
「かえって良かったんじゃないか? これで原作にこだわる必要が完全に無くなった。この先何が起ころうと、あんたが責任を感じる必要も無くなったんだ」
誰がどこでどう死のうが、カレンになら予想出来た事、ではもうなくなったのだ。
「うん……そうかもね」
俺の言葉に、カレンはすっきりした様子で笑った。
それを見た俺は、カレンの手を取って俺の方を向かせる。
「これで俺と恋愛を楽しむ気持ちの余裕も出来ただろ?」
カレンの顎をくいっと持ち上げさせて、俺と視線を合わせさせると、彼女は真っ赤な顔であうあうあうと口をぱくぱくさせる。
もう少し強引に行ってみるかと俺が考えていると、ドンっと胸を押されてしまった。
「そ、そのねっ、別に嫌とかじゃ全然ないんだけど、もうちょっとあたしの心臓の負担を考えてほしいっていうか……」
「分かった分かった。ほら」
こういうカレンも可愛いよな、やっぱ。慣れてしまうと、こういう反応が見られなくなるのかと思うと、少し勿体ない気もする。
がまあ、今は取り合えず、手を繋ぐところから慣れていってもらおうと考えて、自ら手を差し出してみると、カレンもおずおずと躊躇いがちながら、その手を取った。
「エミリア達をあまり待たせるのも悪いだろ。行こう」
今日は、エミリアに約束していたスイーツ食べ放題の約束を果たしに、城下町まで行く事になっている。
ついでにアークも誘ってあり、二人はもう校門で待っているはずだ。
俺達は並んで手を繋ぎながら、その時間を楽しむように、ゆっくりと並木道を歩いてそちらに向かった。
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