第47話

 目覚めたドレッドは、ご挨拶とばかりに、俺に対して暴言を吐いてきたが、俺は特に気にしなかった。


 助けたのだって、俺が勝手にした事だ。本当にドレッドに感謝してほしくてやった訳じゃない。


 が、どうやらそれはカレンの怒りの導火線に火を点けてしまったらしい。


「あなたね! 助けてもらったのに、そんな言い方ないでしょ!」


「俺様が頼んだ訳じゃねー!」


 その態度はエミリアの気分も害してしまったようで、彼女はむっとしながら治療の手を止めて立ち上がってしまった。


「俺様は……俺はあのまま殺されても構わなかったんだ……ッ」


「意識は有ったのか」


「気絶できりゃ、どんなに楽だったろうな、くそっ」


 ああ、ドレッドの肉体に与えたダメージはそのまま本人も感じ取れていたのかな。それはかなりの苦痛だったろう。拷問と変わらない。別に悪い事をしたとは思わないが。


「まあ、あんたの好きにしろ。他人に迷惑を掛けなければ、俺は何も言わない。死にたければ勝手に自殺でも何でもすればいい」


 俺の言葉を聞いて、ドレッドは憎らしげに俺を睨みつけてくる。


「俺があんたを助けたのは俺のポリシーの問題で、俺の勝手だ。あんたの身に何が起こったのか、その口から語らせるという目的も無くはなかったが、あんたがどうしても語りたくないと言うならそれでもいい。拷問してまで吐かせる程の事でもない」


 実は、あの魔族が俺をキレさせた理由は、ドレッドの肉体に対する配慮の無さもあったのは間違いないが、ドレッドが他人に知られたくないであろう過去を暴露した事も、正直に言えばかなり俺の気分を害してくれた。


 魔族に憑依された経緯なんて、どう考えても本人にとって愉快な思い出ではないだろう。この上それを本人の口から無理やり語らせるのは俺の趣味じゃない。


「後悔するぜ、その言葉」


 ドレッドの口調は極めて淡々としていた。俺を嘲るような色も、優越感に浸る色も感じられなかった。


 ぴくりと眉を跳ね上げる俺に、ドレッドは地面に体を横たえたまま、ゆっくりと目を瞑る。


「俺に魔族を憑依させたのは知らねー野郎だったが、そいつの側にはキュレッタとシャジャルが居た」


「何ですって!?」


 カレンが驚愕の声を上げた。


 その大声に反応して、目を開けたドレッドが訝しげにカレンを見上げる。


「何でカレンが驚いて、チート野郎は……っておい、まさか……!?」


 どうやら気付かれたようだな。


「俺も確かに転生者だが、デストラント・サーガなんて知らん。原作知識持ちはこっちだ」


 と、俺は軽く握った左手の親指で、冷や汗しながら顔を強張らせているカレンを指し示した。


「なん……だと……?」


 驚愕に目を見張るドレッドだったが、次第にその表情が嘲るような笑みに彩られていく。


「くっ、ははっ……俺はとんだピエロだったって訳かよ」


「そんな事より、キュレッタとシャジャルが魔族の関係者と一緒に居たって本当なの!?」


「そうだよ。その二人に襲われて、動揺してる間に拘束されて、魔族を憑依させられてた。二人に指示してた野郎は知らない顔だった。魔族っぽくはなかったが……」


「高位の魔族は気配を隠せるはずよね」


「本当に原作知識持ちはお前の方なんだな……」


 横たわったまま、大きな溜息を吐くドレッド。


「まあ、どうでもいいがな。その二人を知らないてめーに分かり易く言ってやれば、エミリアやカレンと同じ、原作ヒロインだよ」


 ああ、なるほどな。


「しかも、キュレッタとシャジャルの二人は、その野郎に完全に忠誠を誓ってる感じだった。二人の居所がハッキリしなくて俺は諦めたが、ま、あの二人は原作以前の境遇さえ何とかしてやりゃ、落とすのは簡単なはずだからな」


「そいつも原作知識持ちの可能性は高いって事ね?」


「それ以外に考えられるってのか?」


 馬鹿にした目で見られて、カレンはむっとした様子を見せるが、ドレッドは気にせずに続ける。


「俺に憑依した魔族が、本来ならてめーに憑依するはずだった魔族なのかは、正直確かな事は言えねぇが、多分そうだろう。ま、その野郎が本当に転生者かも定かじゃねーが、キュレッタとシャジャルの二人が既に原作を外れている以上、もうこの先の展開は完全に読めねーな」


 ドレッドはへっと皮肉げに鼻を鳴らす。


「もっとも、どうやらとっくに原作を外れていたらしいがな」


 更に眼差しも皮肉げに、カレンと俺を交互に見ながら言った。


「いきなり原作展開を潰しにきたあなたが言わないで欲しいわね」


「あの、さっきから何度も出てくるゲンサクって何ですか?」


 エミリアが小首を傾げながら聞いてくると、カレンとドレッドの二人は揃って押し黙ってしまった。


「ちょっと一般的じゃない世界の隠語で予言という意味の言葉だ」


「あ、なるほど」


 別に嘘をついたつもりもないんだがな。だからカレンとドレッド、「よくもそんな流れるように嘘をつけるな」という目で見ないでくれ。俺は演技が下手だって、ドレッドはともかく、カレンは知っているはずだろうが。自慢じゃないが、嘘も下手だぞ、俺は。


「まあ、そこら辺についてはまた後日、詳しく聞かせてもらおう。ドレッド、立てるか?」


「ぐ、ぐぐっ……」


 俺の言葉に反応して、全身に力を込めて上半身を起き上がらせようとするドレッドだったが、どうやらまだ無理そうだな。


 俺がエミリアを見ると、彼女はつーんっと顔をそらしてしまった。どうやら相当、ご立腹のようだな。


 仕方なく俺自身がドレッドに改めて回復魔法を掛けてやる。


「う、うーん……はっ!? ドレッド君!?」


 すると、少し離れた所で、ちょうどアークが意識を取り戻したらしく、ぼーっとした様子で辺りを見渡し、俺達の姿を目にとめた途端に、慌てて走り寄ってくる様子がうかがえる。


「魔族は!? ドレッド君は無事なのか!?」


「大丈夫だよ、アーク君。全部ロックさんが解決してくれたから」


「え? 本当に?」


「アーク君じゃ絶対無理だったと思うけど、ロックさんはやってくれたよ。これに懲りたら、感情的に突っ走るばかりじゃなく、ちゃんと状況を把握してから動くようになろうね?」


 少し怒った顔で言うエミリアに、アークは怯んだ様子で一歩引きながら答える。


「え? いや、でも、だから、ドレッド君を助けなきゃって……」


「どうやって助けるつもりだったの? きっとアーク君じゃ、魔族に勝てたとしても、最後はドレッド君ごと殺すしかなかったと思うよ」


 俺の側でカレンが「原作でも、戦いの最中にエミリアを傷付けられて、怒りのままに殺すしね」と小さく呟いた。


「アーク君ってさ、割と自分が特別だって思ってるよね? っていうか、自分以外の人間を信用してないよね?」


「そ、そんな事はないっ……と思いますです……」


 エミリアの迫力に圧されて、段々と声が小さくなっていくアークだった。


「なら何で、自分よりも強いって分かってるロックさんの言う通りにしなかったのかな?」


「う、うぅ……」


 自分が悪いという気持ちはあるようで、すっかり縮こまってしまうアーク。


「今はその辺にしてやれ、エミリア。ドレッド、そろそろ立てるか?」


「ああ……」


 俺が手を取って立たせてやると、ドレッドは小声で応じながら立ち上がった。


「礼は言わねーぞ……」


「別に要らんと言ったはずだが?」


 俺は応えながら、ドレッドの横を通り過ぎる振りをして、その肩に手を掛けながら小声で話し掛ける。


「あんたがどういう選択をするのかなんて、俺の知った事じゃない。だが覚えておけ。俺が今までに始末した元ランク持ちの賞金首は優に二桁に達する。あんたもその中の一人になりたくなければ、精々お行儀よく生きる事だな。魔族の力を上乗せされていたあんたを生かしたまま勝利するというウルトラCをやってのける俺に勝てると、本当に思うのなら、好きにすればいい」


「ぐっ……」


 ドレッドは冷や汗しながら息を呑んだ。


「ちっ……分かったよ」


 更に舌打ちを鳴らしたドレッドだったが、今は否定の言葉がその口から飛び出さなかっただけで良しとするか。


 原作を知っているからこそ、本来なら自分はとっくに死んでいたはずだとより理解できるはずだし、その上、本当に臨死体験までしているのだ。それを、やっぱり自分が主人公だから助かったんだ、とまで都合よく考えられるなら、もう勝手に死んでくれ。


 今回助けたのは、本人の意思だとはどうやっても考えられなかったからだ。


「だからあなたねぇ!」


「よせ、カレン。俺の自己満足でやった事で、礼を言われる筋合いも無い」


「でも……」


 むぅっと唇を尖らせるカレンの頭を撫でてやると、彼女の強張っていた顔の力もすぐに抜ける。


「何だよ。もう飼いならされてやがるのか」


「べべべ別にそんな訳じゃ」


「ナデポされておいて、よく言えるぜ」


 へっと鼻で笑うドレッドに、カレンが食って掛かる光景を、俺は微笑ましげに眺める。


 ドレッドからは、以前は感じた毒気が大分抜けている。今はそれで良いだろう。


 ……ところで、だからナデポって何だ?

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