第46話
右足を除き、手足の関節を外されて、今や死に体と化した魔族ドレッド。
地面を背に、必死の形相でじりじりと後ずさる様は憐れみすら覚える。
もっとも、それで手を緩める俺ではないが。
「そうそう、お前にはもう一つ礼を言っておこう」
「な、なに……?」
「お前を殺すのにアークが邪魔そうだったからな、上手い具合に気絶させてくれてありがとう。もっとも、あそこでアークを殺そうとしていたら、既にお前はこの世に居なかったが」
「くっ……」
全てが俺の計算通りだった。お前は所詮、俺の手のひらの上で踊っていたに過ぎないのだ。
……と言われたのだと思ったのだろうな、その屈辱的な顔は。
確かにアークが邪魔だったのも事実だが、そこまで好きなように他人を操れるほど、俺は策士じゃないよ。
ある程度は賭けだった。ただ、主人公らしい覚醒の仕方なのか、怒りによって魔法力が上がっていたアークなら、死にはしないだろうと期待はした。残念ながらそのレベルは、原作で魔族に憑依された俺なら倒せるレベルだったんじゃないかなと予想されるが、憑依されて力を増していたドレッドには全く通用しなかったようだが。
その上で、あの魔族の戦闘経験値なら、俺が膨大な魔力でけん制すれば手を抜くだろうと予想したが、上手い具合に気絶させてくれて本当に助かったよ。最悪は俺がやるしかなかったからな。
さて、アークが意識を取り戻す前に、とっとと片づけてしまおう。
俺はそう考えて、大量の魔力を込めた手で魔族ドレッドの顔を鷲掴みにし、片手で宙につり上げる。
どうやってドレッドに憑依しているのか、そしてどういう条件でそれが解除されるのか分からないが、こうしてしまえば多分逃げられないだろう。
「ぐがぁっ」
「本当ならお前には色々と聞きたい事があるんだが、肉体を持たないと予想されるお前を継続的に拘束する確実な
「ぎゃぁあああああああああああっ」
俺は全力で雷属性の魔法をドレッドの体に流し込んだ。
魔族ドレッドの全身が痙攣し、絶叫がコロシアム中に響き渡る。
関節の生きている右腕や右足で、少しでも俺を攻撃しようと、じたばたと動かすドレッドだが、まともに力の入らないそれでは、俺に対して蚊ほどのダメージを与える事すらできず、見苦しいだけだった。
「まだ抵抗できるのか。ではもう一度だ」
「ぎゃぁあああああああああああっ」
雷撃が止むと、魔族ドレッドは全身からぷすぷすと煙を上げながら、顔は忌々しげに俺を睨んでいる。
「この悪魔め……」
「言ったろう? お前は殺す。俺が一度そう口にした以上、お前の死は絶対の現実で、決して覆る事はない」
「我は所詮、他者の体を間借りしないと
「言いたい事は以上か? ならば速やかに死ね」
「ぐがぁああああああああああっ!」
その絶叫を最後に、ドレッドの肉体から魔族の禍々しい気配は完全に消え去った。
俺がドレッドの顔から手を放すと、その体には一切の力なく、とさっと音を立てて地面に倒れた。
即座に俺はドレッドの体の横に膝をつく。
「心肺は停止しているが……瞳孔は開き切っていないな。ギリギリ間に合うか」
心臓マッサージを試みてみるが、ダメだな。もっと直接いかないと無理か。
そう考え、右手で手刀を作り、魔力で強化したそれをドレッドの胸に突き刺した。
「あ、あなた何をしているの!?」
終わったのを見て近づいてきたらしいカレンが、恐れおののいた声で言うのが聞こえる。
「一刻を争うんだ。黙って見ていろ」
俺はドレッドの胸につき入れた手を動かし、直接心臓をマッサージして強制的に動かす。
同時に魔法でドレッドの口に酸素を送り込む。男にマウストゥマウスなんて、避けられるなら避けたいだろ。幸い俺には方法があった。
しばらくし、ドレッドの体が僅かながらに生命活動を再開したのを確認した俺は、血で真っ赤に染まった右腕をドレッドの体に添えて、本格的に回復魔法を行使……しようとして、カレンと一緒に側まで来ていたエミリアが目に入る。
「代わりにやってもらってもいいか? 胸の傷はもう塞いでおいたから、あとは普通に回復力を促進させてやるだけでいい」
「あ、はい」
俺が立ち上がりながら水魔法で血を洗い流しつつ腕を振って水滴を振るい落とすと、エミリアは呆然とした様子で、言われるままにドレッドの側にしゃがみ込んで、回復魔法を行使し出した。
「え? もしかして、ドレッドは生きているの!?」
「ああ。流石に脈の有無までは分からなかったが、呼吸しているのは最初から分かっていた。魔族が体を動かしている影響という可能性も考えられたが、出血の仕方が生命活動が正常な人間のそれだったからな。まず生きているだろうとは思っていた。どうやったらドレッドを生かしたまま、魔族だけを処分できるか判断するのに少々手間取ったが」
魔族の殺し方に見当がついた、と俺は言ったが、正しくは、ドレッドを殺さずに魔族だけを殺す方法に見当がついた、だ。
もっとも、魔族を殺した際の余波で、ドレッドも一度は完全に生命活動を停止させていたがな、予想の範囲内だ。俺の手持ちの札と頭じゃ、それ以上に穏便だったり確実だったりする方法は残念ながら見い出せなかった。
冷酷と思われるだろうし、あえて否定しようとも思わないが、ドレッドの身の安全よりは魔族の処分の方が優先だったからな。
「そんな事まで考えて戦ってたの……!?」
「まあな。体の外側からエレメント系で攻撃するなら、ドレッド本体へのダメージは最小で済むんじゃないかと予想したが、正直、完全に希望的観測だったし、最悪死んでも仕方ないと割り切ってはいたが、助けられるなら助けたかったからな」
雷撃も、出来るだけドレッドの体内に深く潜り込まないように意識して放った。普通に攻撃していたら、エレメント系でも蘇生不可能なレベルで殺してしまっていただろう。
エレメント系最強と言われる光属性なんてもってのほかだ。魔族ごとドレッドを粉微塵に吹き飛ばすしかなかっただろう。偶然俺が、今回の戦いでは最も都合が良さそうな雷属性を高レベルで使えて幸いだったな。
「詳しく説明していられる暇が無かったし、どうやっても途中でアークが邪魔してきそうだったから、そこの対処をどうしたものかと悩んだが、上手い具合に魔族が気絶させてくれたんで助かった」
俺はカレンと話しつつ、ドレッドの周囲を回りながら、奴の手足を蹴っ飛ばして、無理やり外れていた関節をはめ直す。
「ら、乱暴ね……」
ドン引きした様子のカレン。
エミリアも回復魔法を使いながら、引き攣った笑いを浮かべている。
「何で俺がこいつにいちいち気を遣わなきゃならないんだ。命があっただけ感謝してもらいたいもんだな」
「……そうね。原作では殺すしかなかったのに、あなたって本当に凄いわ!」
満面の笑顔で俺を褒めてくるカレンに、俺も唇を緩め、右手を己の左肩に当てて揉みながら首を倒して、軽く息を吐く。
「しかし疲れた。殺すだけでいいなら、もっと幾らでも楽な方法が有ったんだがな。ドレッド本人には余計なダメージを与えずに魔族だけを殺すのは、流石に骨が折れたよ」
やっぱり、とカレンが小さく呟く声が聞こえてきた。
「でも、何でそこまでして助けてあげようとしたのかしら? 邪魔しかしなさそうなドレッドなんて、むしろあなたは、機会があれば殺すつもりだと思ってたのに……」
「こいつが何か罪を犯したのか?」
「え? し、知らないけど……」
「俺が死んでも構わないほどの攻撃はしてきたが、所詮はそれだけで傷害、重く見積もっても殺人未遂でしかない。いつかやるかもしれないから、なんて理由で殺してしまうほど、俺はリスクマネージメント主義者じゃないよ。あるいは、ドレッド自身は俺を殺したいほど憎んでいたのかもしれないが、殺してやりたいと考えるだけで罪になるようなディストピアで育った覚えなど、俺には無い」
あれだけ攻撃的な感情を向けて来たドレッドを、自衛のために、殺せる内に殺してしまおうと考える事が、この世界において大きな罪になるとは、俺も考えない。そうしたい奴はそうすればいい。
だが、それは俺のポリシーに反する。ただそれだけだ。
……まあ、上手く立ち回らないと、法的にはこの世界でも罪に当たってしまうがな。
「俺が納得した上での依頼として引き受けたなら問答無用で消すが、今回は依頼人も居なかった以上、俺には殺す理由が無かった」
もっとも、何が何でも生かす理由が有った訳でも別にないがな。しかし二者択一で、どちらでも構わないなら、多少の手間で済むなら、普通助けるだろ。
「もしかしてあなたって、依頼がなければ殺さないの?」
「逆に聞くが、俺が自分の気分次第で他人を殺すような人間だとでも思っていたのか?」
「だってあなた、目的のためなら手段を選ばない系の怖い発言がめちゃくちゃ多いし……」
「心外だな。魔族は流石に話も別だったが、俺はそれだけはしないと決めている。俺が依頼以外で殺すとしたら、明確な罪人だけだ。その点においても、ドレッドの肉体を使い潰して構わないという考えが動きの端々から明白だったあの魔族は完全にラインを踏み越えていた」
魔族の世界じゃそれが罪にならなかったり、あるいは褒められるべき事ですらあったりするとかほざくなら、ならば魔族の世界で生きていればいい話だ。わざわざ人の世界に現れたのだから、人の理屈で殺されても文句は言えまい。
「放置もしておけないし、ドレッドごと殺すしかないならそうしていただろうが、今回は助かってよかったな」
俺は最後、カレン以外の人間に話しかけていた。
その相手は……
「なあ、ドレッド」
「ふざ……けるな」
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