第45話 SIDEカレン

 自分から要求したくせに、ロックのご高説を聞くに連れて、ギリギリと噛み締められる歯の力が段々と強くなっていっていた魔族ドレッド。


「ならば当ててやるまでよ!」


 魔族ドレッドが遂に切れた様子でロックに襲い掛かった。


「単純な奴め」


 そして、ロックは魔族ドレッドの攻撃を前にふっと鼻で笑った。


「馬鹿め、余裕ぶりおって!」


 その行為を今度は魔族ドレッドが嘲笑った。


「我はこの肉体がどうなろうと知った事ではない。投げ技が得意なようだが、壊れる覚悟で無理やりにでも組み付いてしまえば……な、なにぃっ!?」


 両手でロックに掴みかかろうとした魔族ドレッドが、驚愕に慄いた。


 よく分からなかったけど、あたしからは、魔族ドレッドの右手の手首から先の手全体がぶらんぶらんと垂れ下がっているように見えたんだけど。


 魔族ドレッドは、自分が思ったように攻撃が出来ず、一瞬完全に動きが止まった。


 その隙に、ロックは魔族ドレッドの左手を取り、投げ飛ばしてしまう。


「馬鹿が! そんな攻撃、我には効かん!」


「だろうな。なぜ俺がわざわざ解説してやる気になったと思っている? まさか俺がそんな親切だとでも本当に思っていたのか? お前の捨て身の行動を引き出して、俺の予想を裏付けしたかったにすぎん。おかげで確信できた。お前には魔力の籠った攻撃でないと、ドレッド本人の肉体がどれだけのダメージを負おうとも、お前自身には一切のダメージは入らない。そういう性質の存在なんだろう?」


 そうか。魔族ドレッドが、身体強化の魔力が籠っていたロックの肘打ちや裏拳には痛がっていたのに、投げ飛ばされて地面に打ち付けられた事でのダメージは無さそうだったのは、投げ技だと主にダメージを与えるのは魔力の籠っていない地面だから、人間相手ならともかく、魔力じゃないとダメージを与えられない魔族本体にはあまり意味が無かったのね。


 ……原作仕事しろ。そんな設定があるなら、とっとと書いておきなさいよ。


 投げ技や関節技を使うキャラなんて居なかったから、説明の必要なんて無かったのかも知れないけどさぁ。てかよくよく考えると、ファンタジー物で大真面目に投げ技や関節技を使うキャラって、何気に全然思い浮かばないわね。


 きっとロックに聞けば「なんでこんな効果的な技術を腐らせておく必要があるんだ?」とか言うんだろうなぁ……。


 でも、何で効果が無いと理解していながら、あえて投げ技を使ったんだろう?


 というあたしの疑問の声も即座に解消される事となる。


「だから投げ飛ばされる覚悟で、捨て身の一撃を入れようとした。どうせお前自身には大したダメージにはならないからだ。だが、逆に言えば、お前自身は無事でも、お前が操るドレッドの肉体は違うんだろう?」


「な、なに……!? これはどういう事だ!?」


 向こう側では、魔族ドレッドが即座に立ち上がろうとして、全くそれが叶わずに大きく動揺している姿が垣間見えた。


「さっき投げた時に、ついでに右手首の関節を外しておいた。そして、今の投げで、左腕の肩、肘、手首と、更に左足首の関節も外した」


 どんだけ器用に投げたのよあいつ!? 何て言うか……つくづく底知れないわね。引き出しが多すぎでしょ。


 あたしの隣りでは、小柄なエミリアがあたしを見上げながら、「ほら言ったでしょ?」とばかりに少しドヤ顔をしている。


 エミリアはとっくに、魔族ドレッドの右手の関節が外されている事に気付いていたのね。


「回復魔法って、術者の意思通りに治療できる訳じゃなくって、あくまでも人間本来が持つ回復力を促進してあげる事しかできないんですよ」


 そもそも、何となく「ここが悪そうだな、正常な状態に治れ~」なんて都合のいい魔法じゃない、とエミリア。


「その際に消耗される体力とかは術者の魔力で補ってあげられるんで、魔力量と熟練度――いわゆる魔法力が高ければ、重傷の人や、体力の無いお年寄りの病人の治療もできますけど、複雑骨折とか、適当に回復魔法だけかけると変な形に骨がくっついちゃいますし、放って置いたら一生治らない脱臼なんて、回復魔法だけじゃ絶対に治療できないんですよね」


 だから、回復魔法使いは本来、ある程度は詳細な人体に対する知識を持っている事が好まれる、とエミリアは言う。実戦レベルで回復魔法を使える平民なんて滅多に居ないから、一般にはあまり知られていない事実らしい。


 魔法学院に入学して以来、自分はそこを重点的に学ばせてもらっているとも、更にエミリアは言った。


「そのせいで私、骨格関係って凄く神経質になっちゃうんですよ。っていうか、私だけじゃなくって、回復魔法使いにとっては職業病みたいなものらしいですけど。魔族ってよく知らないですから、ドレッド君の肉体に宿ってる状態でどうなのか確実な事は言えませんでしたけど、人間の肉体をもって動いている以上、自力で治せないなら、多分もうまともに戦えないんじゃないかなー、って思いました」


 向こう側では、エミリアの証言を裏付けるような事が、ロックの口からも語られている。


「ドレッドの肉体自体がどれだけの物理的なダメージを負っても、お前自身にはダメージどころか痛みすら無いらしいな。俺のように我慢しているだけという可能性も僅かに残っていたが、お前の短絡的な行動のおかげで確信できたよ」


 ありがとう、とわざわざお礼まで言葉にするロックに、魔族ドレッドは「ぐぅ」と悔しげに呻いている。


「だからこそ骨が外されている事に気付けなかったようだし、その感じだと、どうや骨を外されたのは初体験かな?」


 どんなに力を入れようとも、既に右足以外はまともに稼働しない状態にされてしまった魔族ドレッドは、ゆっくりと歩み寄って来るロックに、今度こそ心の底から恐怖した様子で、残る右足や、まともに動かないそれ以外の四肢を全力で駆使して、少しでもロックから遠ざかろうとしている。


「更に推測を述べさせてもらうなら、お前はドレッドの肉体にお前自身を纏わせているような状態で、本来なら、ドレッドの肉体の状態に関係なく、それこそ生きていようが死んでいようが、肉体的に稼働する間は動かせるんじゃないか? 一度、魔法でお前の呼吸を止めようとしたんだが、何かしらの魔力での攻撃を受けた事には気付いても、その中身には全く気付いていなかっただろう? 横隔膜と鼻への打撃でそれを更に確認した」


 いつの間にかそんな検証もしていたのね。本当に卒が無いって言うか……いえ、全ての行動に無駄が無い、あるいは意味が有る、そう言った方が正しいか。


「だが逆に、肉体的にしまっていれば、いくら肉体的負担は考慮せずに動かせてしまえるお前でも、操る事は物理的に不可能だろうと予想したが、当たっていたようで何よりだ。さて、脱臼とはコツさえ掴んでいれば、一般人でもいとも簡単に治せるんだがね、人間の肉体など使い捨ての道具としか考えてこなかったお前に、果たしてそれが理解できるかな?」


「ぐぅっ……」


 魔族ドレッドは、まだダメージ自体は差ほど負っていないはずなのに、苦しげに唸り声をあげている。


 でもロック……そうやって少しずつ追い詰めていくあなたって、何だかとっても悪役染みているわよ。その点では、原作のあなたが三下のやられ役なら、今のあなたはまさにラスボスクラスの大物の貫禄だわ……。


「これじゃどっちが悪者か分かりませんね」


 正直者なエミリアが、苦笑しながら言った。


「でも、こうなったらもう、いよいよ……」


 あたしにはその先を明確に言葉にする事ができなかった。


「分かっていた事です。仕方ないですよ」


「意外と冷めてるのね、あなた」


「あまり好きじゃない人でしたし……っていうか、ハッキリ言って嫌いでしたし」


 案外、自分に素直なのね、エミリアって。


「でも少し不思議です。実際のところ、あまりお付き合いがある訳じゃないですけど、ロックさんって無駄な事を嫌うタイプ、それも極端にそういうタイプかなって思ってたんですけど」


「間違ってないと思うわよ?」


「それにしては、時間を掛けてあんな風にいたぶるようなマネをするのって、理屈に合ってなくないですか? そういうのが好きなタイプにも思えませんし、ロックさんは本当なら、もっと簡単にドレッド君ごとあの魔族を倒せていたんじゃないかと思うんです。だって、実習の時に見た魔法も全然使ってませんよね?」


 それは元々、人間相手に使える物じゃないっていうのもあるんだけど……


「それは確かに……」


 ドレッドと魔族の状態や関係を把握するために幾つかの放出系魔法……多分、ロック独自の水属性を使ったらしいけど、それ以外に魔法を使った形跡は無い。


 あたしは知っている。ロックは格闘戦をしながらでも、ほぼ自在に放出系の魔法も同時に扱える事を。お手本として実際に見せてもらった事もある。


 ロック曰く、基本的に水属性の化学式変換魔法は対エレメンタリスト用で、効果範囲外に一瞬で逃げられてしまう一定以上のレベルのマジックウォーリアー相手にはあまり使えないらしい。特にロックの魔法の実態を知っている相手なら尚更に。そうでなくても、実戦慣れしていて、魔力の波動が感じられたら反射的に避ける行動に出てしまうような使い手にはほぼ無意味だとか。


 だから、そういう相手を殺さずに無力化したければ、近接戦で雷属性を直接叩き込む、と以前に教えてもらった。ちなみに殺すなら、そのまま拳を撃ち抜いてしまうらしいけど。


 既に存在している物質を変化させる事で遠距離攻撃が可能な水属性や地属性と違い、自ら生み出さなければならない他の属性は、放出すると魔法の軌跡が生じて避けやすい上に、敵以外にも余計に被害を生むので、あまり好きじゃない、ともロックからは聞いている。その点では風属性は有用だけど、攻撃力としてはその分軽すぎて、ロック的には好きじゃない部類だし、基礎熟練度も低かったのもあって、ほぼ使えないって事らしい……って、今は余談か。


 魔族が魔力を伴った攻撃でないと倒せないなら、それこそ近接戦の最中に雷属性を叩き込めばよかったはずだし、あのロックなら、最も得意とする水属性で、あの魔族を倒しきれる魔法だって、本当は持っているんじゃないだろうか?


 アークが無謀に突撃した時に使おうとした魔法って、それだったんじゃないかしら?


 なのに、何であんなに面倒な事をするんだろう?


 とあたしが疑問に思っている中、戦いは最終局面を迎えていた。


「そして、お前のおかげで、お前自身の殺し方にも見当がついた」


 いよいよなのね……。


 でも、その言葉には違和感がある事くらい、あたしにも分かるわ。一体今度はどういう意味なの?





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色々と予想して頂いたみたいですけど、特に捻りも無い単純な理由で申し訳ないです(;^_^A

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