第44話 SIDEカレン
「ふん……」
呆然と空を見上げながら倒れている魔族ドレッドを、ロックは少し離れた場所から冷静に眺めながら鼻を鳴らした。
「なるほどな。大体理解した。諦めろ、お前に俺を倒す事は出来ない」
「なん……だと……!?」
切れた声音で立ち上がる魔族ドレッドだけど、本体の本人とは違い、そこまで直情的じゃないらしく、慎重にロックを探るように見ながら構えている。
「どういう理屈や原理なのかは知らんが、お前の力はあくまでも乗っ取った本体の力に依存するようだ。これは完全な憶測だが、そこにお前自身の魔法力が上乗せされる事で強化されるようだな。しかし元がお粗末では話にならないんだよ」
おそらく、原作のリンドロック・メイスターよりもドレッドの方が圧倒的に強いのは間違いないと思う。だって、入学式の時に目の当たりにしたドレッドの実力は、正直あたしだってまともにやり合ったら勝てるか分からないと思わされたもの。
原作のリンドロック・メイスターの実力は所詮、数十日訓練を重ねた程度のアークに負けてしまう程度。少なくとも熟練度だけは原作最新のカレン・ファルネシアに匹敵するはずのあたしが負けるかもと思ってしまうドレッドでは比較にならない。もちろん、ドレッドが上という意味で。
そこに魔族自身の力が上乗せされている今の魔族ドレッドの力は尋常じゃない。ハッキリ言って、原作で登場済みの敵の誰よりも強い可能性すらあり得ると思う。
実際、ロックよりも身体強化の出力量は完全に勝っている。
なのに……どうして?
と誰でも思うわよね。あたしだってそう思う。
「貴様は未だに、我に対して殆どダメージも与えられないくせに、なぜそう言い切れる……?」
「わざわざ解説してやった方が親切なのかね。どうせお前が死ぬという事実に変わりはないのだが?」
解説してほしい!
というあたしの、そしてアークの治療をしながらこくこくと頷いているエミリアの心の声に、魔族ドレッドも同調してくれたようだった。
「ふふふ……面白い。せっかくだ、聞いてやろうではないか」
「面倒くさいな。黙って死ね」
「聞かせろと言うておろう!」
そこは解説するシーンでしょ! とあたしの心の声は大きく絶叫していたら、魔族ドレッドが代弁してくれた。
ロック……あなたってそういうとこあるわよね。意味深に他人へ興味持たせておきながら知らん顔っていうか、投げっぱなしっていうか。
ロックは両手を広げながら軽く持ち上げる事で、仕方ないと行動で示しながら口を開く。
「暴論なまでに極端に言ってしまえば、子供の体に世界最強の人間の意識が宿ったからといって、大人の実力者に勝てるか? カレンにもっと分かり易く言うなら、意識だけ世界チャンプの子供と学生チャンプが対戦するようなものだ。当然、勝つのは後者だが」
それは確かに勝負にならないでしょうけど……そのロジックには決定的な穴があるでしょ。あたしにだって分かるわよ。
「馬鹿な。身体年齢は同い年で、更には身体能力を補助する魔法力で圧倒している我が、そんな理屈で圧倒されるなどありえん」
そうよね、とあたしは内心、魔族ドレッドに思いっきり同意する。
「魔族ってのがどんな存在なのかはよく分からんが、少なくともお前は、おそらく人間の体に寄生してしか力を発揮できない存在なんだろうな」
「貴様……我に対して決して言ってはならぬ事を……ッ」
「そのくせお前、人間の体には詳しくないだろ。今までにも宿ってきた肉体はあるのかも知らんが、どうせ何も考えずに使い潰してきたんだろう?」
その在り様を魔族本人が気にしているのか、図星を突かれてぎりっと歯を噛み締める魔族ドレッドを、ロックは平然と嘲笑った。
「人間の肉体というのは繊細なものだ。正しい鍛え方をされていなければ真の力は発揮しきれない。生憎、ドレッドと俺じゃ鍛え方が違うんだよ。どんなに卓越した技を持つ人物の意識が宿っていようが、ほんの些細な動作一つにしても、肉体的な歪みによって最大の効力は発揮されないし、無理が出てしまう。身体強化任せで肉体の鍛錬を怠っているマジックウォーリアーなんぞ、俺から言わせればただのカモでしかない」
本当に言う事がいちいち強者感に溢れすぎているわよね、ロックって。
「拳を打ち出す事一つに幾つの骨格と筋肉が連動しているか、お前は意識した事があるか? その連動一つ一つがもたらす歪みは小さな物でも、その拳が俺に届くまでの間には大きな歪みとなり、そして、身体強化のレベルが上がれば上がる程に、その歪みが生み出すスピードの差は比例して大きくなり、実戦において致命的になっていく」
ロックは参考までにとパンチとキックをそれぞれ一発ずつ、その場で空中に向けて打ち出した。
は、はやっ。え? 殆ど見えなかったんだけど。何かその場を腕や足が通り過ぎたって事だけは辛うじて理解できたけど……あいつが本気出すとあんなに速いの!?
「特にそのドレッドの肉体は、本人にそんな意識は無かったんだろうが、正拳突きに特化されすぎて肉体全体が鍛えられてしまっている。その歪み方は、むしろ常人の比じゃない。ドレッドの記憶を読み取れる以上、その肉体が正拳突きを得意とするとお前自身も知っているはずだと予想はしたが、そうでなくても、いずれは『その形』がその肉体にとって自然と力を発揮しきれる動作だと、お前も辿り着いていたはずだ。それ以外の動作だと、殆ど力を発揮しきれない肉体なのだからな」
だから、攻防全体の流れをそういう風に誘導したと言うロック。そんな事まで考えて戦ってたのね……。
場当たり的に魔法を使う事しか出来ないでいる現状のあたしとは、こういう点でも本当に次元が違うのだと思い知らされる。
それはきっと、あの魔族本人にとってもそうなのでしょうね。
「それらの前提がある上で、俺の身体強化の出力量を仮に100とした場合、今のお前のそれは130程といったところか。だが、スピードだけで測定した場合、100のほぼ全てを発揮しきれる俺に対して、歪な鍛え方をされている肉体を扱うお前が発揮しきれるのも精々が同じ100程度。打撃戦の技量はほぼ互角のようだが、己の肉体の全てを知り抜いて扱っている俺と、原理もよく分からずに他人の体を操縦しているだけのお前とでは、最後の一線で大きな差が生じているようだ。当たりさえすれば、最初に俺の手を砕いたようにパワーで押しきれるのだろうがな、あえて言おう――」
あ、これはもしかして。
「いかな馬鹿力であろうと、当たらなければどうという事はない」
ドドンっ、と背景に表示されそうなくらい、自信満々の姿でロックは言い切った。
やっぱりね、言うと思った。
ロック、あなた格好つけすぎ。
でも許しちゃう。だって本当に格好いいんだもん。似合う男がやるなら許される、それが世界の真理よね。
「か、カッコいい……」
アークの治療を終えて、いつの間にかあたしの隣りに居たエミリアも、陶然と言っている。
「あ、別にそういう意味じゃないですよ? 演劇の俳優のファン的な感じでしかありませんから」
平民のあたしは実際に観た事がある訳じゃないですけど、と付け加えるエミリア。
その点が少しも気にならないって言ったら嘘だけど、今のあたしはそれよりも気になる事があった。
「あなた、結構余裕そうね」
「私達が邪魔さえしなければ、ロックさんが負ける光景が想像できませんから」
「確かに、同感ね」
「それに気付きませんか? 多分、もう殆ど決着ついちゃってますよ?」
「え? ど、どういうこと?」
「私が回復属性持ちだから気付けたのかな? あれって回復魔法じゃ治せないんですよね。以前に村の知人から治療を依頼されて、ダメだったんです。その時はあたしの熟練度が低いせいかと思ったんですけど、あれってそもそも回復魔法の効果範囲外らしくって……」
エミリアの言葉の意味をあたしが理解できたのは、それから数秒後、再びロックと魔族ドレッドが激突した瞬間だった。
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