第43話 SIDEカレン
「そう、我はこの男の体に憑依する事で操っているだけの、ただの間借り人よ」
ドレッドをコピーしているとかではなく、本体はあくまでもドレッド本人なのね。中身の魔族の言葉をそのまま信じるならではあるけれども……原作ではそんな表現は無く、乗り移られたリンドロック・メイスターが、そのまま本人としてアークに殺されたんだけど、真実は別にあったのか。
あるいは、原作のロックに乗り移った魔族とは別という可能性もあるけど……いずれにしろ、つまり、こいつを殺すという事は、そのままドレッド本人まで死に至らしめるという事でもある。
「哀れな男よ。他人を羨む事しか知らず、羨む対象の人間を心の中で見下す事でようやく自己を確立していた結果、その性根が多くの人間に知られて蔑まれ、家に閉じこもるようになり、虚構の世界に浸る事ばかりを考えるようになった末に、両親にも見捨てられ、勝手に人生に絶望して自死した」
それはドレッドの前世の話か。
「そして得た新たな人生では、己が熱望した世界を得て、前世で生きた以上の長き年月を思うがままに振る舞い続けられた結果、己の思うままにならぬ事は、いかに僅かであっても受け付けられぬ傲慢極まりない男になり果ててしまい、そこに現れたのがおぬしだ」
にたぁっとロックを見ながら笑みを深めるドレッドの姿を借りた誰か。
「到底認められぬであろう? 己を特別な存在だと信じ続けた前世の十年余りに及ぶ人生、そして、それをまさに肯定すべき15年以上の今の人生の全てを、まさか今更に否定するおぬしの存在は。おかげで我の依り代として立派に役に立ってくれたわ」
ロックはドレッドが喋っている間、一切身動きしないで、静かにその話を聞いている。
対してあたしの方は、主人公体質のアークが動こうとするのを止めるのに必死だった。
今はまだ、単純な身体強化の出力が辛うじてあたしの方が上だし、下手に力ずくであたしを振り切ると、あたしが怪我をすると理解しているのか、アークも暴れ回ったりはしないけど、ぎりっと歯を噛み締めているのが、彼の真後ろから拘束しているあたしの耳にも届いてくる。
「ドレッド君を助けなきゃ……ッ」
「無理よ。どうやって魔族を引き剥がすの?」
原作のあなただって、躊躇しながらも、最後は怒りのままにロックを殺したのよ、と言いたいけど、そんな事を今言っても混乱させるだけだろう。
それに、常に憎まれる敵役だったリンドロック・メイスターとは違い、ドレッドはアークにとってクラスメイトな上に寮では同室で、二人の間には特に喧嘩があった様子も無い。お人好しで、誰でもすぐに友達認定をしてしまうようなアークにとって、殺す事への抵抗感は原作の比じゃないだろうとあたしも理解できる。
でもね……
「このままあいつを放っておけば、被害はとてつもない事になるわ。もう殺すしかないのよ。あたし達では、実力的にも、そして精神的にもそれは難しいの。お願いだからロックを恨んだりしないで――ッ」
そうやって絞り出すようにしてアークに告げた最後の一言は、しかし彼にとっては怒りの起爆剤にしかならなかったようで、
「そんなのダメだぁっ!」
と、爆発的に強くなった身体強化によって、あたしはアークに振り切られてしまい、彼はそのまま魔族に乗っ取られたドレッドへと駆けて行った。
「アーク!?」
「アーク君!?」
あたしとエミリアの声が重なった。
静かに佇んだままのロックは特にアークを止める様子も無く、ちらっとアークに視線をやりはしたけど、なぜか今度は止める様子は見せず、好きにさせるつもりのようだった。
――いえ、違うわ!
あたしには分からないけど、ロックは何か少し構えのような形を取ったし、魔力の波動が爆発的に高まってる!?
「目を覚ませドレッドく――――――ん!」
「愚かな」
愚直に殴り掛かるアークを、魔族ドレッドは鼻で笑いながら迎え撃つ。
ロックの言葉を信じるなら、以前よりも圧倒的に上がった身体強化の出力と格闘能力により、ロックと互角以上に渡り合ってしまう魔族ドレッドに、今のアークが敵う訳がなく、大きく吹き飛ばされてコロシアムの壁に叩きつけられてしまった。
そのまま気絶してしまったらしく、ずるっと壁に寄り掛かったまま、俯いて身動きしなくなってしまった。
「貴様の処理は後だ。まずはこの男を倒してからでないと、いつ首をかき切られるか分からぬからな」
そうだろう? と言いたげにロックを見る魔族ドレッド。
同時にロックの纏っていた魔力の波動も四散した。
「エミリア、アークを治療してやってくれ。俺はこいつの相手に専念する。カレンは念のために二人の護衛を」
あたし達は異口同音に了解の意を伝えてアークのところへ走って行く。
その間にも、ロックと魔族ドレッドの探り合いが始まっている。
「アークを殺そうとしたら、その隙に殺してやるつもりだったんだがな、馬鹿ではないらしい。それにどうやら、ドレッド本人の体であるのは間違いないようだな。だが、それで躊躇するような期待を俺にするなよ――お前は殺す」
「出来るのかな? 貴様よりも遥かに強くなったこの我を」
「来い。魔力出力量の差が戦力の決定的な差ではないとお前に教えてやる。代価はお前の命だ」
こんな時だけどさ……あなたやっぱり、狙ってやってるんじゃないわよね、ロック……?
「面白い! 是非とも教えてもらおうではないか!」
魔族ドレッドがとてつもない加速で一気にロックまで詰め寄る。
あたしの能力では目で追うのがやっとなスピードでの攻防を繰り広げる二人。
でも、ロックは凄かった。
あたしにもハッキリと分かるくらいに二人の身体強化の出力には差があるはず。
なのにロックは、初めてドレッドがあたし達の前に姿を現した時のように、指一本掠らせもせずとはいかなかったみたいだけど、それでも体には少しも触れさせず、殆どは避けてしまうし、完全に避け切れていない攻撃も手で捌き切ってしまっているのだ。
そして、魔族ドレッドが攻防の流れの中で、深く腰を落として正拳突きを繰り出した。
ロックはその瞬間、己の体をわずかに半身にそらし、魔族ドレッドが正拳突きを繰り出した右手首を自分の右手で掴みながら、魔族ドレッドの正拳突きの外側を回り込むように避けて、更に左足を一歩踏み込みながら掴んだ手を引き寄せ、魔族ドレッドの喉元に己の左腕を添える。
そして、魔族ドレッドは、己の足がロックによって跳ね上げられると同時に、後頭部から強烈に地面に投げ飛ばされていた。
ああいう近接戦闘の技をロックから習っているわけじゃないけど、まるで格闘ゲームみたいに流れるような一連の攻防に、ロックの腕前の本当の凄さというか、凄味を感じる。
あたしも少しは成長してると思うし、だからこそ遠くから全体を見渡していられる今なら何が起こったか分かるけど、あんなの超近接状態でやられたら、たとえ身体強化の出力が同等だったとしても、あたしじゃきっと避けられない。普段の訓練でロックがどれだけ手加減してくれているのかよく分かる。
ロックの全ての動きが流麗で、まるで舞を踊っているかのように感じるほどだ。
投げ飛ばされた魔族ドレッドは呆然とした顔で仰向けのまま空を眺めている。きっと、何で魔法力で圧倒している自分の方が倒れているのか不思議なんだろうな、とあたしは思う。
でも、ロックはこの隙に更なる追撃を掛けようとするのではなく、倒れた魔族ドレッドを油断なく、しかし静かに見つめるだけだった。
この時あたしは不思議に思う事があった。
今の投げ技は見た目にもかなり強烈で、しかも完全に後頭部からいっていた以上、ダメージは相当なはずだし、もちろんあたしは詳しい訳じゃないけど、普通なら気絶しているんじゃないかと思う。
けど、最初にロックが当てた肘打ちや裏拳には、魔族ドレッドはかなり痛がっていた様子だったのに、今は、自分が圧倒されているという現実に対してうろたえていても、あまりダメージは無いようなのだ。
あたしの見立てが正しいとして、それは一体どういう意味だろう……?
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