第42話
「ドレッド君!?」
同室で最も親しく接していたアークが、現れた人物の名を呼んだ。
確かにその姿はドレッドに違いなかった。
しかし、それは姿がそうなだけで……
「何だ? あの異様な禍々しさは……」
物理的に目視できるわけではないが、俺の目には、ドレッドが己の身に纏う空気、あるいは気配と呼ばれる物が、明らかに今までに目にした事が無いほど凶悪に映っていた。
俺の言葉に反応して、カレンがはっと何かに気付いたような気配を感じ、俺がちらっと視線をやると、
「まさか……魔族が!?」
やはり、あれが魔族に体を乗っ取られた状態という訳か。
原作では俺がアークへの復讐心を強く抱いた結果、魔族に乗っ取られる隙を与えてしまったらしいが、ドレッドの俺に対する復讐心を利用された、といったところか。
俺はそこまで、ドレッドから憎まれていたのか……。
「でも、魔族が現れるのはもっと先の話なのに……っ」
「何かイレギュラーがあったのか……今は考えていられる余裕は無さそうだな」
こちらに向かって歩いてくるドレッドの様子は、理性が完全に無くなってしまっている風でこそないが、どう考えても危険すぎる。
「ドレッド君、どうしたんだ!? なんか変だぞ、お前!」
「迂闊に近づくな!」
アークがドレッドの駆け寄ろうとするのを、俺は咄嗟に肩を掴んで止めた。
その瞬間、
「チート野郎ぉぉおおおおおおおおおおおっ!」
ドレッドの咆哮が響き渡り、同時に凄まじい速度で俺に向かって一直線に飛び掛かってきた。
その身体強化の出力は、少なくとも今までにドレッドが俺に対して見せていたものとは比較にならないレベルで、下手にこの場で迎撃すれば、カレン達まで余波に巻き込みかねないと判断し、咄嗟に俺も前に出て迎え撃つ。
ずどんっ、という重く激しい音が、ドレッドの拳を受け止めた俺の手のひらから発せられる。
ドレッドの口がにぃっと笑みを形作った……指の何本かが歪に折れ曲がった俺の手を見て。
「勝ち誇るには早すぎるだろう」
「がはぁっ!?」
俺の回し蹴りをまともに腹で受けたドレッドが激しく吹き飛ばされ、観客席の下の壁に叩きつけられた。
「二人とも何をしているんだ!?」
「来るな! 下がって、いや、とっとと逃げろ!」
今のドレッドは明らかにアークが相手にできるレベルではない。
「あたしも援護するわ!」
「邪魔だ!」
カレンの声が聞こえてきたが、俺は平然と立ち上がろうとしているドレッドから目をそらさずに怒鳴りつけた。
「連携はまだ全く教えてないだろ。下手に手を出されると計算が狂う。できればそいつらを連れて逃げてくれ」
「わ、分かったわ」
俺が珍しく怒鳴ったからか、カレンは怯んだ様子でそう返答して、そのままあちらではアークとエミリアを連れてコロシアムから逃げ出そうと説得している様子が声からうかがえるものの、エミリアはともかく、アークが納得しないようで、難航しているらしいな。
だが、俺にもこれ以上、カレン達にばかり構っていられる余裕は無い。
カレンに話しながら、折れ曲がった右手の指を左手で強制的に真っ直ぐに直す。その際にボキボキという音が鳴り、背後ではカレンやエミリアがひっと短い悲鳴を発する声が聞こえて来たが無視だ。こうして正常な形に固定してから回復魔法を使わないと、歪んだままくっついてしまうから、緊急時はこうするしかないんだよ。
痛くないのかって? 痛いに決まってるだろ。痛がっていて勝てるなら幾らでも痛がってやるが、そんなもん、隙以外の何になる。
そのまま己の手を回復魔法で癒していたが、その間にドレッドの臨戦態勢も整っていた。
「眠れ」
と、俺は以前にもドレッドに使った強制睡眠の魔法を行使したのだが、今回は一切効果が発揮されなかったようで、ドレッドはニタニタと笑いながら首を捻っている。
「今、何かしたかぁ?」
「…………」
この時点で俺は幾つかの予想を立てた。
その可能性の一つを確かめるべく、ぱちんっと指を弾いてもう一度、今度は別の効果を持つ魔法を使ってみたが、それもやはり効果は無かった。
が、ドレッドはその間も何かを言っているようで、まるで自分の優位を楽しむかのように、緩慢な動きで口をもごもごとさせていたが、こちらに声は届いていない。
これで更に可能性は幾つかに絞られた。
「ひゃっはー!」
「ちっ」
俺は舌打ちまじりに更に前に出て、再び凄まじい速度で駆けて来るドレッドを迎え撃つ。
今度はカレン達から距離があるので、馬鹿正直に受けたりはしないが、身体強化の出力は完全に俺を凌駕している上で……今までの二度の接触で俺が目にしてきたドレッドの格闘技術を明らかに上回る巧みさでの攻防が繰り広げられる事となった。
「二人ともやめるんだ!」
「カレン、アークを止めろ!」
戸惑いながら俺達の方へと駆けよって来るアークの気配を感じ取り、ドレッドから目をそらさず、カレンに警告した。
幸い間に合ったようで、カレンは自分も身体強化を用いてアークを拘束してくれたようだ。
「カレンさん!?」
「ドレッド君が普通じゃないのはアーク君にも分かるでしょ!? ロックさんの邪魔しちゃダメだよ!」
「エミリアさん……で、でも……」
「あれは魔族に乗っ取られて、理性のタガが外れているのよ」
「な、何だって!?」
カレンの苦渋を呑んだような声に、アークの驚愕の声が重なった。
「いや、違うな」
しかし、俺は激しい攻防の最中に、それを冷静に否定した。
「え?」
という異口同音の声が三つ重なったが、そちらは無視しながら、俺はドレッドを睨みつける
「あんた……誰だ?」
「ああん? 俺様はドレッドに決まっているだろう」
「違うな」
俺はドレッドの膝に向けて蹴りを繰り出そうとしながら、その蹴りの軌道を途中でハイキックへと変化させて、ドレッドの頭部を狙うが、奴はそれを一歩後退しながら、鼻先の紙一重で避けてしまった。
「ドレッドにそんなに上等な格闘技術は無かった。魔族の力を得て魔力量と出力量が上がっているだけなら、そういう性質の付加効果と理解できるが、技術まで上がるのは不自然すぎる。あんたは文字通り、ドレッドの体を乗っ取っている誰かだ!」
驚いたのか、一瞬生まれた攻防の隙を突き、拳に握りしめた右手を左手で押し込むように肘打ちをドレッドの胸に押し込み、そのまま右肘を起点にして裏拳をドレッドの鼻面に叩き込む。
が、確かなダメージは与えたようで、ドレッドの姿を借りた何者かは痛みをこらえる様子こそ見せたものの、人間ならばあって当然の反応が無く、奴は瞬時に俺から距離を取って、大きな舌打ちを鳴らす。
「ちっ。こいつの記憶だと、ただ与えられた力で優越感にひたる愚者という感じだったが、存外頭も切れるらしい上に、正攻法で異様に強いではないか」
忌々しそうに吐き捨てる様は、声こそ確かにドレッドの物だったが、口調からして明らかにドレッドの物ではなかった。
その鼻から少量の血が流れ出ている事は少しも苦しそうな雰囲気も無く喋る姿に、俺は幾つも切り捨てて絞り出した可能性の一つに、ある程度の確信を抱いた。
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