第40話 SIDEアーク
ロックとの決闘の立会人は、マクレガー先生が数日前から出張に行ってしまったので、最初は僕らの担任教師に話が行ったらしいが、本人が拒否したので、結果的に全く知らない教師が務めてくれる事になったらしい。
僕、あの人から嫌われてるみたいだしね。僕がロックに勝てる訳がないって頭から考えてるみたいで、昨日も嫌味を言われたし、僕がロックに負けるところなんて見たくもないんだろう。
分かってるよ。僕も少しは強くなったと思うけど、ロックに勝てる訳がないって事くらい。
でも、だからって……あんな酷い男の思うがままにさせていたら、絶対ダメだろう。
死んでも勝つんだ。そして、エミリアさんはもちろん、カレンさんも助けなきゃ。
でも、少し不思議に思う事もある。
最近知ったんだけど、カレンさんって、ロックとクラスメイトらしいんだよね。僕のクラスメイトの女子が噂してたのがたまたま耳に入ったんだ。
なのに、カレンさんがロックからいつも酷い事をされているような噂はさっぱり無いんだ。
これってどういう事なんだろう?
何かが変だ。おかしいと思う。けど、じゃあ具体的に何がおかしいのかって言われると……僕には分からない。
ただ、目に見える範囲でロックが僕に示してきたのは、女性に酷い事をするところだけなのは確かだし……。
「アーク君……」
そんな風に考え込んでいたら、エミリアさんが心配そうに話し掛けてきて、僕の思考は中断された。
「無理しないでね」
「大丈夫。僕は絶対に負けないから」
そうだ。とにかく今肝心なのは、エミリアさんを守る事なんだ。
「ごめんね」
申し訳なさそうに謝ってくるエミリアさん。
「いいんだ。女性は守るものだって、お爺ちゃんに教えられたからね」
「……頑張って」
僕が強がって、むんっと力こぶを作る仕草をした丁度その時、コロシアムにロックが現れたのが目に入り、エミリアさんは何だか妙に複雑な感じの笑みを浮かべながら僕に声援を送ってくれると、観客席の方へ歩いて行った。
よく見ると、そちらには既にカレンさんが居た。
二人って仲良いのかな? そんな話は全然聞かないけど……。
と不思議に思っている間も無く、ロックが舞台の上に立った。
いよいよ始まる。僕が絶対に負けてはならない絶望的な戦いが。
そう緊張感で冷や汗しながらロックを睨みつけていると、審判の男性教師が僕らの間に立った。
「立会人を務めるフィネス・ロガードだ。決闘では、まず正々堂々と戦う事を、両者ともに神に対して宣誓してもらう。そこに貴族や平民だからと言って例外は無いし、その誓いを破る事があれば問答無用で敗北とされる。また、敗北以上の非常に不名誉な事として生涯の汚点になるのを覚えておけ。両者、よろしいか?」
「誓います」
「ち、誓います!」
ロックが左手を上げてそう言ったのを僕も慌てて真似をした。
それを見届けたロガード先生は、一つ頷くと、舞台の端っこまで歩いて行った。
そして、左手を高らかと天に向けてかざし、
「始め!」
と大声で決闘の開始を宣言した。
同時に僕は全力で駆け出す。
「うぉおおおおおおおおおっ!」
数日前、マクレガー先生との最後の訓練の時に言われた事だ。僕があいつに勝つためには、とにかく余計な事は考えずに全力でぶつかって行けと。
その言葉に従って、僕は最初から全力全開で身体強化を使い、走りながら、更にけん制の魔法を放つ。
「フレア・ランス!」
今の僕に使える最強の魔法だ。
けど、炎の槍はロックに当たったけど、やっぱり大したダメージにはなっていない。
けどそれは最初から分かっていた事だ。マクレガー先生が言うには、僕の魔法じゃロックの防御力を貫く事はできないだろうと言っていた。
僕の狙いはあくまでも目くらまし。
爆発の余波でロックの視界が曖昧になっている間に、あいつを倒しきる!
「はぁっ!」
僕の渾身の力を込めたパンチ。
しかしそれは、ロックの手が僕の腕を横から軽く押すようにしただけで、大きく横にそらされてしまった。
「くっ……まだまだ!」
怯んでいる暇は無い。ロックが反撃してくる前に、僕は次々と攻撃を繰り出す。
しかしその全てを、ロックは冷静に捌き切ってしまった。僕はロックの体に、まともに触れる事さえできやしない。
あまりの実力差に絶望感さえ押し寄せてくるけど、諦めるわけにはいかないんだ。
僕は攻撃を続けながら、更に炎の魔法を拳から撃ち出す。これは僕の戦闘スタイルに合わせてマクレガー先生が考えてくれたオリジナル魔法。近接戦の最中に、突然思いもよらない間合いで炎の魔法が飛んで来るため、相手は避ける事が非常に困難になる。
もっとも、これで倒そうと思ったわけじゃない。やはり、僕のエレメント系の魔法ではロックの防御力は貫けないからだ。これもあくまでも目くらまし。
だけどやっぱり……ロックには通用しなかった。
「身体強化と身体硬化を併用しながら、要所で更にエレメント魔法も同時に扱って、殆ど無理が出ていない。戦闘技術もかなり様になっている。大したものだ。これが本格的に訓練を始めて数十日とはな……」
「え……?」
ロックの口から僕を褒めるような発言が飛び出し、僕は一瞬、呆気にとられてしまった。
その隙に、
「少し、こちらからも攻撃するぞ」
ロックの拳が僕に向けて伸びて来た。
日頃、マクレガー先生に殴られ続けているおかげで、反射的に僕はその攻撃を避けていた。
「ほう」
ずっと一つも動かなかったロックの表情が、にっと笑みを作り上げる。
「防御もしっかりと身についているらしいな。続けて行くぞ」
それからは一方的な戦いだった。
パンチやキック、時には投げ技。その全てを時には避け、時には辛うじて己の腕で防御し、投げられそうになったら掴まれた腕を外す。
まるでマクレガー先生との訓練を思わせるくらいに防戦一方の時間。
だけど……まるでマクレガー先生が僕に訓練をつけてくれているみたいに感じるひと時でもあった。
何だろう。まるで本当にマクレガー先生と訓練している時みたいで、自分が今この時にも強くなっている実感がある。なんか楽しくなってきたぞ。
全力でぶつかっても決して倒せないからこそ、精一杯の力を振り絞って立ち向かう。マクレガー先生との訓練は本当に楽しい。辛い事も苦しい事も、痛い事も多いけど、僕にはいつでも、それが本当に楽しいんだ。
何でロックとの決闘で僕はこんな気持ちになっているんだろう?
分からない。でも、本気で戦ったからこそ分かる事がある。
――この人、ロック・メリスターは、悪い奴な気がしなくなってきた。
「……そうか。あんたはそういう奴なんだな」
ロックが優しげに微笑んだと同時に攻撃が止み、更に彼は審判の先生に向けて言う。
「先生、もういいです。俺の負けです」
「え!?」
あまりにも予想外な言葉に僕が驚いている間に、先生とロックの間で話は進んでいる。
「よいのかね? 明らかにキミの方が優勢だったように思えるが」
「元々、ちょっとした誤解から始まった決闘でしてね。面白そうだからそのまま進めてしまったんですが、もう満足しましたから」
「決闘の代償はきちんと支払われなければならないが、それでもかね?」
「そこはこれから彼を説得します。許して貰えなければ諦めますよ」
「了解した。では、この決闘の勝者はアークとする!」
何が何だかさっぱり分からない内に、僕の勝利が宣言されていた。
「ちょ、ちょっと待って下さい! どういう事ですか!?」
どう考えてもおかしな展開に、慌てて先生に近寄って行く僕だったけど、
「メリスター君が負けを認めた以上、決闘はそこで終わりだ。キミが納得しようがしまいが関係ない。納得いかないなら、改めてキミ自身がメリスター君に決闘を申し込みたまえ。もっとも、それを再度行うには、改めて決闘の申請も必要だがね」
最後に、今回の自分の仕事はこれで終わりだと言って、舞台を去って行く先生の背を、僕は呆然と見送るしかなかった。
そして……
「すまなかった」
ロックがそう言って頭を下げた事で、僕の頭はいよいよ混乱の極致に達してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます