第39話
翌日の休日、ついに俺とアークの決闘の日を迎え、一人でコロシアムに向かう俺を、途中で待ち伏せていたカレンに会った。
「どうした? アークに俺と組んでいる事を知られないために、別々にコロシアムに行くはずだったろ」
「先にお礼を言いたくって」
曖昧な笑みを浮かべながら俺を見ていたカレンは、ぺこりと頭を下げる。
「あたしの我がままを聞いてくれて、ありがとうございます」
「別に大した我がままでもないだろう。一応、世界滅亡を回避するためにやった事だ。正直に言わせてもらえば、やり方に疑問を抱く点もあったが、あんたなりに、少しでも犠牲を抑えようと考えた末の事だろう」
アークを放置した結果、明らかに実力の違う俺に対して挑んで来たように、あの正義感の突っ走るままに原作の強敵に挑んだ挙句、実力不足からあっさりと殺される……それを許容できる女じゃなかった、というだけだろう。
それさえ「いや、それも本人の選択した結果でしょ」と許容してしまえば、誰に対してもこうして罪悪感を抱いたりする事もない、楽な人生を歩めていたはずだ。
「でも、あなたの人生は犠牲にしてしまったわ」
「所詮はオマケで得た二度目の人生だ。少しくらいの寄り道をしたとしても、大した問題じゃない。それに……」
俺は一歩カレンに近づくと、言葉を途中で溜めた俺を不思議そうに見上げてくる彼女の頬に手を添える。
「あんたに出会えた事は、俺は悪くなかったと思っている」
ぼんっと顔を爆発させるカレン。
「う……あ……」
「あんたが原作展開に持って行こうと考えて、俺を探してくれなければ、俺はあんたに出会えなかった。だから、そこに関しては、俺は全てを許容するつもりだ」
いつもなら、カレンがこうなったら攻め手を緩める俺だが、今日はそうするつもりは無かった。
「それにな、良い女は男に我がまま言って、困らせるくらいでいい。それを許容できる程度には、俺は自分に自信を持っている。たとえそれが魔王を倒せという無茶な頼みだったとしても、それがあんたの依頼なら、俺は全力でそれを叶えてみせるさ」
俺が微笑みかけると、カレンはぎゅっと自分の胸元を握りしめて、俺を切なげに見つめる。
「あたしには、あなたにそんな風に想ってもらう資格なんてないわ……」
カレンは俺の手に己の手を添えて、そっとどけさせる。
「原作を知ってるからって、神様気取りで上手く行かせるんだなんて浅はかな考えで、アークを傷つける本当の意味を理解もせずに許容して、そしてあなたにそれを強要した。それに、自分はハーレムのお人形になりたくないなんて言ってるくせに、エミリアにはアークに近づくように仕向けたのだって……こんなあたしが……」
ぽろぽろと涙を零すカレン。
まあ、俺も多少はそう思う事もあったが、俺も、責任を取るのが面倒くさいからと許容して、カレン任せにしていた部分があるからな。俺がカレンを責められたもんでもないだろ。
「俺は最初から依頼された仕事をしただけだ。あそこで気分を悪くした俺こそ、仕事人として未熟を突かれても仕方ないし、好きになれない男の、しかも数ある女の一人になれだなんて、現代の日本人として普通の感性してりゃ、到底受け入れられるもんじゃないだろ」
仮に俺が、複数の男を侍らせる女のハーレム要員の一人として生涯尽くせ、でなければ世界は滅びるなんて言われたら、そんな世界滅びてしまえと堂々と宣言するぞ……これじゃドレッドの事を言えないかな。だが、一人の人間の人生を犠牲にして生きながらえるくらいなら、俺はやはり自分が死んだ方がマシだ。
でなければ、俺の人生の全てを種馬として強制してきた前世の生家の連中と何ら変わらない、少なくとも俺の中ではな。
「それに、俺はあんたに、この世界の現実を見ろとは何度も言ったが、染まれと言った覚えは一度も無い。現代の日本人としての善良な感性を持ちながら、同時にこの世界の平均的な感性を完全に受け入れ切るなんて、まともな人間には不可能だ」
俺だって、現実を見ているだけで、この世界の住人にとっての常識を受け入れている訳じゃ一切ない。
「エミリアに関してだって、別にアークに抱かれろと命令した訳でもない。精々が見合いの斡旋をしたようなもんだろ。だが、そうだな、アークに関しては確かにそうだ」
「そうでしょう……?」
「だからな――」
悲しげに俺を見上げるカレンを、俺は優しく笑みを浮かべて見下ろしながら、彼女の頭にぽんっと手をのせる。
「この一件が終わったら、一緒に謝ろう」
「でも……」
「俺にアークを傷付けさせてしまったから、アークが俺に傷付けられてしまったから、その事実を無駄にさせないために、原作展開にそれまで以上にこだわってしまうのに、何とかそれを回避させられないかと、あれ以来ずっと悩んでいたようだがな。けどな、もう原作は忘れろ。所詮、他の転生者が原作に介入しようとした時点で無理だったんだ」
「…………」
「俺も一緒に考えてやる。だからもう、一人で抱え込もうとするな。俺ももう、原作とは無関係でいようと考えるのは諦めた」
カレンが原作を忘れ去って、アーク達はアーク達で勝手にしろと突き放し、俺と旅に出るのは無理そうだなと、俺ももう諦めた、というのが正確なところだがな。
個人的に言わせてもらえば、アークに対して償いをしたいという気持ちは無くもないが、今も俺は原作やその敵に関しては割とどうでもいい。そもそもが人類共通の敵なら、人類全体が力を合わせればいいと思うしな。アークが力不足を理解せずに難敵に挑んで死ぬのも、個人の自由だろうと思うところの方が強い。
理不尽に害されて死ぬとか言われたら話も別だし、「魔族が出たぞ! おお! たまたまこんなところに近衛騎士団が居たぞ!」なんて都合よく行く訳がないのだから、シナリオ上、おそらくカレンに聞くまでもなく、魔族が現れると同時に対応してしまうアークが負けてしまうと、更なる被害が生まれる事も間違いなくあるのだろうと考えると、どうしたものかと思わないでもないが、所詮は未確定の未来だ。
しかし、それを許容できるくらいには冷めてしまっている俺と違い、カレンはそれが許容できないほど善人なのだろう。そのやり方に関しては本人の考えが足らな過ぎたと思うが……分かっていながら、原作とやらに延々と関わるなんて面倒くさいからと放置していた俺も悪かった。
でも、これ以上、罪悪感で押し潰されそうになっているカレンを、俺はもう見ていられない。
「もう、バカ……ナデポなんて今時流行らないんだからね……」
相変わらず、たまに俺が理解できない単語を口にするなと思っていたら、カレンは顔を両手で覆って本格的に泣き出してしまった。
カレンを優しく抱きしめてやると、彼女は拒否する事はなく、声を押し殺しながら、しばらくの間、俺の胸の中で泣き続けた。
「ありがとう」
やがて俺の胸から顔を放したカレンは、そのまま俺の瞳を真っ直ぐに見つめたまま、続けて口を開く。
「決闘は止めにしましょう」
「いや、それはこのままやる」
「どうして? もうあなたがアークを叩きのめす必要は」
「叩きのめすんじゃなく、本気で俺に挑んでくるアークに稽古をつけてやる」
それなら演技の必要も無いからな、自然にアークと戦えるだろう。少し俺の中の意識を変えてやるだけだが、俺にとってはそれだけで全然違う。何よりも、それなら無駄に痛めつける必要は無いのだ。
「その内容如何に問わず、アークが許してくれるなら、今後は俺もアークの訓練に付き合ってやるつもりだが、現状のアークが本気で戦ったらどの程度の戦闘力を発揮するのか、それは見ておきたい」
そうすれば、アークの戦闘力の伸び方から、少しは原作の敵の強さが予想できるかもしれないからな。
「あんたがもっと具体的に敵の強さを理解できていればよかったんだがな」
「本当に分からないのよ。あたしは、原作のあたしよりは強いはずなの。少なくとも熟練度は高いはずなのよ。だけどね、あなたに鍛えてもらうようになる前から、何となく違うんじゃないかって気持ちがずっと拭い切れなかった」
俺に手も足も出ずに負けて、その考えはより深まったとカレンは言う。
「本当はあたしが最強の存在になって、全てを解決したかった。転生してすぐの頃はそう思っていたわ。けど、成長すればするほど、あたしの力じゃきっと無理だって気持ちが強くなっていって……いつしか、原作通りにアークに解決してもらうしかないって気持ちばかりが先行するようになっていたの」
「約束の時間も迫ってる。そこら辺は、またいずれ聞かせてもらおう」
「うん……ありがとう、ロック」
ようやく微かに笑みを浮かべるカレンの頭を最後にひと撫でした俺は、彼女といったん別れると、改めて単身、コロシアムの方へと足を向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます