第38話
アークとの決闘を申請したが、その公表は控えてもらった。
演技が下手な事くらい自覚している。そんな俺が茶番で敗北を演じて、恥をかくのは俺だけじゃなくアークもだろう。自分だけならともかく、アークにそんな恥をかかせる訳にもいかないだろうからな。アークに不審に思われないよう、出来るだけセリフ自体も少なくするようにしていこう。
しかし、立会人をお願いする事になる教師に知られる事までは避けられなかった。
決闘の申請を行ったその日の放課後、さっそくシャロンから呼び出しを食らった。
今の俺とアークがまともに戦えば、間違いなく俺が一方的に勝てる。そんな事はシャロンにとって、とっくにご承知の事実だからな。疑惑全開に俺を見てくるシャロンを目の前にして、こうなるとあらかじめ予想していた俺は特に何も思う事もない。
「貴様はいったい何を考えているんだ?」
「現状のアークの仕上がり具合を確認したいだけですよ」
シャロンは何も言わず、軽く顔を俯けさせながら、はぁと深い溜息を吐く。
「貴様が……いや、貴様らが何を考えているのか知らんが、アーク生徒を壊したりしたら承知せんぞ」
「ずいぶんとお気に召して頂けたようですね」
「素直だし、幾ら叩きのめされても挫けずに立ち上がろうとするあの気概は非常に好ましいな」
ふっと笑みながら紡がれた一言に、俺は満足する。やはりそうでなくてはな。
「生憎と私は近々、しばらく遠出しなくてはならなくてな。決闘の立会人は勤めてやれないが、精々揉んでやれ」
「先に言っておきますが、俺は負けるつもりです」
今の内に言っておかないと、逆に面倒な事になりそうだからな。
案の定、不審そうな顔をするシャロンが居るので、俺はそれらしい理由をでっち上げる。
「今回はアークに自信を付けさせるのが目的ですから」
「分からんな。貴様がそこまでする理由が本当に分からん。確かにアーク生徒の才能はぴか一だ。このまま私の指導を受け続けていれば、卒業する頃には学院最強の使い手になっていてもおかしくはない――ただしそれは、あくまでも貴様を除けばの話だ」
「いずれお話する事もあるかもしれませんが、今は何も聞かずにいて下さい」
「……まあいい。成長したいと願う生徒の望みを叶えるのは教師の務めだ。アーク生徒が望む限りは、私がそうする事に違いはないからな」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げて礼を述べると、もう聞きたい事は聞けたから行けと言われたので、俺はシャロンの研究室を後にし、先に校門まで行かせていたカレンと合流した。
その日の夜。
訓練が終わってカレンと別れた俺が貴族男子寮に戻る途中で待ち伏せを受けた。
相手は久しく接触の無かったドレッドだ。
「よう、チート野郎」
「あんたか。何の用だ?」
「アークと決闘するんだってな」
「どこまで知れ渡っているんだ?」
出来るだけ知る人間自体を少なく済ませたかったんだがな。
「俺とアークは同室だからな。あと知ってるのは同室のアッシュくらいだろうよ」
そうだったのか、アークが転生者の二人とピンポイントで同室とは知らなかった。どういう運命の悪戯なんだか。
「てめー、決闘にかこつけてアークを殺すつもりだろ? だから原作とは違って、アークの無様な姿を大勢に見せつけるために決闘の話を広めるつもりはない。違うか?」
俺の真似のつもりか? そんなニヤニヤしながら言われてもな。
「そんなつもりはない。アークには原作通りに成長してもらうつもりだ」
「嘘だ!」
憤怒という言葉がこれ程に似合う表情もないだろうな。
だが良い機会だ。俺もずっと、こいつには聞きたい事があった。
「逆に聞くが、アークの力が無くても原作のシナリオをクリア出来る自信があんたには有るのか?」
これだ。この点だけがずっと疑問だった。
カレンは頑なにアークの力が必要だと信じているが、原作初手と言われる俺がエミリアをナンパしているシーンで、いきなり原作展開を潰しに来たドレッドがそう考えているはずがない。
原作の強敵に備えて訓練はしていたというカレンの実力を正確に知りたくて、適当に理由を付けて模擬戦まで持ち込んではみたが、正直に言わせてもらえば話にならなかった。どの道、カレン自身が元々、自分の実力だけで原作シナリオをクリアし切れるとは考えていなかったようだし、カレンを基準にしても、魔族の力がどんなものなのか、あまり想像がつかない。
そのカレンと同程度か、もしくは劣るであろうドレッドの実力で原作のシナリオをクリア出来るとだけは到底思えない。悪いが、アークが一年も順調に成長すれば、今のドレッドなら倒せるようになるだろう。楽に、とは言わないが、あの戦闘センスの塊なら、多少の出力差なんてものともせずに、根性で切り抜けてしまうだろうと俺は予想する。
「俺様がクリア出来ない訳がねーだろ?」
「なぜそう確信できる?」
「俺様が勝てない相手が居る訳がねーだろうが」
「……根拠はそれだけか?」
「あん?」
正直、予想していなかった訳ではないんだが、本当にそんな理由だったとはな。
というかだ、そもそも、例えば「レベル50なら勝てる」とか「この魔法が使えれば勝てる」とかいう具体的な指標がある訳でもないのだから、所詮は文字媒体と多少の映像だけでしか知る事ができなかった原作キャラ達の実力が、現実になった今、本当の意味で理解できるとは、俺にはとても思えないのだ。カレンが臆病なまでに敵を恐れているのもそのせいだろう。
だからこそ逆に、ドレッドは敵の力を侮っている。侮れてしまえる。
「話にならないな。あんたの短絡的な行動のせいで世界が滅びたらどうするつもりだ?」
「はん! 俺様が主人公である以上、そんな事にはならねーがな。だが――」
ドレッドはにぃっと口の端を吊り上げる。
「俺様が主人公じゃない世界なら滅んだって構わねーんだよ! いや、滅びるべきだ!」
カレンもこのくらいに開き直れたら楽だったんだろうな。
せっかく拾った二度目の人生なんだから、世界の滅亡なんて知った事かと開き直って、滅亡するまでの間、人生を精一杯に楽しんでいればよかったんだ。そうしていれば、原作と変わってしまった展開を何とかしようと頭を悩ませたり、俺やアーク達に罪悪感を抱いたりする事も無く、楽しく人生を歩めていた事だろうに。
俺は別にそれで構わない。お前が真面目に励んでいれば世界の滅亡に巻き込まれて俺が死ぬ事は無かったのに、なんて恨み言を口にする気は欠片も無い。どうせ人間、いつか死ぬんだ。
「あんたがどう考えて、何を望むのも個人の自由だ。けどな、状況を確認もせずにいきなり襲い掛かって、相手が死ぬかもしれない力で傷付けようとするのは違うだろ。ましてや世界の滅亡すら望むような発言は、いくら自棄になって口を突いて出てしまったからと言って、如何な物かと思うぞ」
「チート野郎が説教してんじゃねーよ!」
ドレッドが絶叫するように応じながら、同時に襲い掛かってきた。
「ごはっ」
だが、今回の俺は、前回のように避け続けるのではなく、避ける動作の中で更に一歩踏み込みながら、ドレッドの腹を拳で打ち抜いた。
ドレッドの身体硬化の熟練度がアークよりも高いので、アークにやったのより俺が力を込めていたのは事実だが、ダメージ自体は変わらないはずだ。
「うげぇっ、げほっ」
だが、ドレッドはあの時のアークとは違い、地面に四肢をついて蹲り、激しく咳き込みながら胃の内容物を吐き出している。
その程度の実力と覚悟と根性で、俺の実力を知ったカレンが今でも恐れる魔族との死闘を生き抜けると本気で考えているなら……という馬鹿にするような発言をドレッドに聞かせると、余計に面倒くさそうだから、この部分は黙っておこう。
「今すぐその考えを改めた方がいい」
俺はドレッドを冷静に見下ろしながら、本当の説教をする。
「この世界は地球よりも人間の生命を脅かす魔物の存在が身近なおかげで、強い男はより女に求められる。あんたの実力なら、望み通り美女を侍らせて裕福に暮らしていく事だって、差ほど難しくはないだろう。それで満足しておけ」
そう言い聞かせて歩き去ろうとする俺の背に、ドレッドの唸るような声が投げ掛けられる。
「ふざ、けるな……俺にだって、てめーみたいなチートがあれば」
「生憎と俺にそんな特別な力は無い。有ったと言えば、全属性に適性があったくらいだよ。それ以外は地道な努力と研鑽のおかげだ」
「嘘だ!」
「残念ながら本当だよ。他の転生者を見るに、どうもあんたらは地道な修練よりも、何か特別な力を得る事の方が大切だと考えているようだが、そういう表現が強調されるアニメや小説じゃ、1キロ速い球を投げるために地道な筋トレをする話なんて地味過ぎて描く価値が無いから、特別な魔球を手に入れる方が絵的に映えるだけだろう。だがな、この世界はあくまでも現実なんだよ」
他の
「意味わかんねー事言ってんじゃねー!」
ドレッドも歯を食いしばりながら痛みを耐え抜いて立ち上がり、再度俺に向かってくるが、今度も繰り広げられた攻防は先ほどの焼き直しだった。二度目とあって、しばらくは身動き取れないだろう。
再び地面に蹲り胃液を吐き散らすドレッドに向けて、俺は、もう何を言っても無駄だろうから、二度と関わるなとだけ静かに言い置いて、その場を立ち去った。
「ふざけるな……ふざけるなぁああああああああっ!」
ドレッドの魂の底から絞り出すような絶叫が聞こえてきたが、これで変わってくれる事を俺は人知れず祈った。
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