第37話 SIDEエミリア

「おはよう」


 私が教室に入ってみんなに向けて挨拶すると、それぞれの明るい挨拶の声が返ってくる。


 ドレッド君とアッシュ君に絡まれなくなってから、クラスメイトのみんなと仲良くしようと頑張った結果はそれなりに出ている。


 その中でも、放課後の訓練に付き合っているアーク君と一番仲良くなれてるかな。お互いに教室でもよく話をするし、講義の席は特に決まっていないので、何となく一緒に座る事も多い。


 アッシュ君は、最初に私に迫って来たのは何だったのかと言いたくなるくらい、ある日から一切話もしなくなった。今も私とアーク君が座っている席から離れたところに座って、美形なアッシュ君に気があるらしいクラスメイトの女子の何人かを侍らせて、楽しそうに彼女達と話している姿が目に出来る。


 対照的なのはドレッド君で、アッシュ君が私に絡んでこなくなった日と時を同じくして、ドレッド君も私に絡んでこなくなったのは同じなんだけど、教室に居る間、終始機嫌の悪そうな顔でイライラしているのを隠そうとしないため、迂闊に近づきにくいせいなのか、アッシュ君と同じくらい美形なのに、女子は一切寄り付いていない。


 それに、本当に私への興味の一切を失くした様子のアッシュ君とは違い、ドレッド君は今でも未練がましいというか、恨めしそうというか、何とも曰く言い難い目でしょっちゅう私を見てくる事が多い。


 それに、以前に感じた嫌な雰囲気も全く衰えていない。それどころか、ますます強くなっている気もする。


 確かにさ、昔から私は可愛いって言われてきたけど、他にも可愛い子なんて幾らでも居るのに、何でそこまで私に執着するのか、本当に分からない。ああいう目で見られるだけでも、正直怖気が拭い切れないし、本当にやめてくれないかな。


 と、私は軽く溜息していると、隣りに座っているアーク君が、心配そうに見てくる。


「どうかしたの?」


「何でもないよ。アーク君こそ、昨日の訓練の疲れはもう大丈夫なの?」


 マクレガー先生の訓練……というより、私にはイジメにしか見えないけど、マクレガー先生の都合上、二日に一回のペースで行われるそれを受けたアーク君は、最初の頃こそ次の日は、日中の授業中も死んだように気力が無く、今にも寝落ちしそうなところを辛うじて意識を繋ぎ止めているように見えたけど、最近は慣れて来たのか、こうして翌日にはけろっとしているようになった。


「うん。マクレガー先生には、まだ全然敵わないけどね」


「先生なんだから当たり前だよ」


 簡単に勝てるようなら、そもそも魔法学院で学ぶより、冒険者をしている方がよっぽど有益でしょ。よっぽどの安定志向の持ち主で、貴族入りするのが狙いなら学院を経て騎士叙勲を受けるのが一番手っ取り早いだろうけど、どんなに出世しても生涯懸けて法衣貴族の男爵が関の山だと言うし、冒険者でも上位なら、そっちの方がよっぽど裕福に暮らせると聞く。


 ただ、アーク君は、聞くところによると、記憶にも残らないくらい幼い頃にご両親を亡くしてしまい、お爺さんと二人っきりで、ずっと山奥で暮らしていたらしく、たまに近くの村までお爺さんと一緒に日用品の買い出しに出かける事こそあったものの、まともに他人を接する機会は殆ど無かったようで、そこら辺の常識はかなりすっぽ抜けてしまっている。


 お爺さんが亡くなってしまい、遺言に従って魔法学院の試験を受けに来たら受かってしまい、入学までは近くの王都で住み込みの仕事を見つけて働いていたらしく、その間に多少は世間を学んだらしいけど、私から見ても、まだまだ世間知らずな感じは否めない。


 そのせいなのか、貴族が偉い人だって事くらいは流石に知ってるらしいけど、貴族に手を出したらどうなるかとか、あまり理解してはいない様子なのよね。だから、カレンさんがロックさんにイジメられていると思ったら、正義感の突っ走るままに、ロックさんに対して喧嘩を売れたのだろう。


 その蛮勇とも取れる勇気は凄いと思うけど、いつかとんでもない事件を起こさないか、はらはらしてしまう。アーク君は他人と接する機会が少なかったせいか、少し実年齢よりも精神的に幼い感じもあって、何だか弟みたいに感じちゃって、放って置けないのよね。


 多分、ロックさんが言ってた予言の内容と、その前のカレンさんとの会話から推測するに、予言の中では私とアーク君が男女の関係でお付き合いする事になるはずだったんだろうけど……今のところは、ちょっとそういう気分にはなれないかなぁ。


「えっと、どうかした?」


 私がじっとアーク君を見つめていたら、彼は不思議そうな顔をするだけだ。


 ほら、やっぱりね。他の男の子なら、私がこうして見つめると顔を赤くするのに、アーク君は全然そんな事は無い。多分、精神が本当に幼くて、男女の恋愛とか、知識としてしか知らないんだと思うな。


「ううん、何でもない。そう言えば、今日は放課後の訓練は無いよね?」


「うん。だからいつも通り、校庭で自主訓練するつもりだよ。怪我はしないだろうから、いつも通り、今日は一人で大丈夫」


「そう。頑張ってね」


 さり気なく放課後の予定の確認が出来たところで、ちょうど担任教師が教室に入って来たので、会話はそこで終わりになった。










 ロックさんが私に強引に迫っているシーンをアーク君に目撃させる事で決闘を成立させるという作戦が、ロックさん達から相談を持ち掛けられた翌日の放課後に、さっそく決行される事となった。


 アーク君の予定は確認できたので、昼休みの間にロックさん達と密かに接触し、伝えていた通りに、先回りしてアーク君を待ち伏せする私とロックさん。


 カレンさんも遠くから私達を見守っている。


 アーク君がこちらの歩いて来るのを、街路樹に隠れながら目にした私達は、その場で演技を開始する。


「いやー、放して下さーい!」


「ソウイウナヨ、イイオモイサセテヤルゼ」


「…………」


「…………」


「演技、下手ですね」


「あんたもな、なかなかの棒読みだぞ」


 ロックさん程じゃないと思う。


 けど……


「その声はエミリアさん!? どうしたんだ!?」


 アーク君は泡を食ったような顔で、走って私達の方までやって来て、そこにロックさんの顔を見つけると、


「お前は!? くそっ、また女の子に酷い事をするつもりか!」


 そう、表情を怒りに変化させて私達の間に割り込み、私達を引き剥がすと、ロックさんから私を庇うように背にしながら、ロックさんと睨み合う。


「またお前か。毎回良い所で邪魔してくれるな」


「カレンさんだけじゃなく、エミリアさんまで……」


 ぐぐぐっと唇を噛み締め、唸るようにして言うアーク君は本当に怒っているみたい。


 騙している事に何だか凄く罪悪感が……。


 っていうか、悪いけど本当に下手っぴなロックさんの演技に簡単に騙されちゃうアーク君って、やっぱり本当に世間知らずなんだと思い知らされる。彼の将来を思うと、お姉さんは色々と心配になっちゃうよ。


 表向き繰り広げられているロックさんとアーク君のやり取りとは全く違う意味で私がはらはらしていると、どうやら二人の間で決闘が行われる事は決まったらしく、


「首を洗って待っている事ダナ」


 と、下手な演技の捨て台詞を吐きながら、さり気なく私に目線だけ下げてお礼の意思を伝えながら、ロックさんが私達の前から去って行った。


「エミリアさんは僕が守るから安心して!」


 私に向かって強い意志の籠った目で言ってくるアーク君は、普通なら頼もしく思えただろうし、場合によっては本当に恋愛感情的な意味での好意を抱いていたかもしれないなと思う。


 けど……


 今の私が思う事は――この子、ちゃんと教育してあげないと、という、姉またはいっそ母親目線の不安だけだった。

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