第33話 SIDEカレン

 ロックとの訓練が終わり、今日も疲労困憊の体を引きずるようにして貴族女子寮へと帰ってくると、あたしを待っていたらしいエミリアがペコリと頭を下げる姿があった。


 もう1ヶ月以上も前にアークの訓練の補助をお願いして以来、結局一度も話をしていなかったが、何か相談でもあるのかと思って自室へ招き入れると、彼女はいきなりお礼を言ってきた。


「アッシュ君達の件、ありがとうございました」


「え? 何の事かしら?」


「最近、二人とも私に絡んで来る事も無くなって、平穏に過ごせてるんです。カレンさん達が何かしてくれたんじゃないんですか?」


「いえ、特に覚えは無いわね」


 奴らにどんな心境の変化があったかは知らないけど、エミリアにとって良い事には違いないわよね。


「そうですか……」


 思案げに人差し指を顎に当てながら軽く首を捻るエミリアはあざといけど、似合ってるからそれでよし。それに彼女に関しては、ここら辺は本当に天然っぽいしね。狙ってやってるんだったとしても、可愛いは正義が信条のあたしは許せちゃう。


「それだけかしら?」


「いえ、本題は別です」


 エミリアは愛らしい小動物系の顔立ちにキュッと力を込めてあたしを見る。


「カレンさんは、アーク君に何をさせたいんですか?」


「――――ッ!?」


 あたしは、そう言えばあの時……あたしとアークの治療をしてもらった時に言われていた内容を今まですっかり忘れていた事を思い出し、自分の修行に夢中でその対策をすっかり忘れていた事まで今思い出し、頬に冷や汗せざるを得なかった。


「あの夜のアーク君の怪我も、カレンさんご自身の怪我も、やったのはロックさんだって事でしたけど、他人には話せない深い事情があるってカレンさんが言った事は信じてます。あのロックさんが、意味も無く他人に暴力を振るとも思えませんから」


 どうしてエミリアがそこまでロックを信じられるのかは分からないけど、あたし以外の人間も彼をそう思ってくれている事がとても嬉しかった。


「カレンさんとロックさんのお二人は恋人同士ですよね?」


「い、いえ、違うわ」


 思わず顔が熱を持ってしまうのは避けられなかった。


 じーっと見つめてくるエミリアの視線が何とも言えず、あたしの視線はあちこちを彷徨う。


「でも、毎日学院を二人で抜け出しているのは、外で逢引してるんじゃないんですか?」


「み、見たの!?」


 学内で訓練してると、下手にまたアークに見られたりしたら面倒なので、訓練は外でしていたのだ。幸い、周囲は自然に囲まれて建物なんて一つも無いので、場所には困らない。


「なのに、学校内ではイチャついたり全然してないですよね?」


 エミリアの言葉は正しい。アークVSロックの構図の起点があたしになってしまったので、あたしとロックが仲良さそうにしていたら話がややこしくなりそうだったから、お互いにそう決めたのだ。教室では今まで通り話したりするけど、アークに見られる可能性のあるそれ以外の校内では極力二人きりにはならないようにしていた。


「初めてお会いした時や、最初の合同実習の時は仲良さそうなのを隠そうとしてなかったのに、最近は学校でお見掛けしても、お二人とも別々に過ごしてらっしゃるから、別れちゃったのかなって思ってたんですけど、今でもやっぱり仲良いんじゃないですか。それってきっと、アーク君の件が何かしら絡んでますよね?」


 この子、こんなに鋭い子だったの……? 原作じゃそんな感じ全然しなかったのに。


「何か良からぬ目的があるとは別に思っていません。けど、もし私にも協力できることがあるならお手伝いしますから、私にも教えてくれませんか?」


「今だって、アークの修行を手伝ってくれているでしょう? それだけで充分よ」


「あれは、アーク君がドレッド君やアッシュ君から私を庇ってくれていたお礼です。けど、流石にいつまでも付き合ってはいられませんよ」


「え? 二人は付き合ってるんじゃないの!?」


 相性抜群なこの二人なら、放って置けば勝手にくっつくだろうと思っていたのに、青天の霹靂だった。


 不思議そうに首を傾げているエミリアを見る限り、照れ隠しとかですらないのは明らかだ。


「何でそうなるんですか? アーク君の方だって、あたしに対して恋心なんて無いと思いますよ?」


 そう、アークは典型的な恋愛音痴の難聴系唐変木なのだ。だから原作では、アークに気のある女性陣が勝手に淑女同盟を組んでハーレムを築くという、男にとって都合のいい夢展開になるのだから。彼女達の誘惑攻勢にたじたじなアーク、という絵面までが様式美なのは言うまでもない。


「頑張ってるアークの姿が素敵……とかは……?」


 原作じゃエミリアは、マクレガー先生に鍛えられるアークを見て、胸をキュンキュン高鳴らせていたはず。


「凄いなー、とは思いますけど……」


 それ以上の感想は特に無いと言うエミリアに、あたしは焦らずにはいられなかった。


 なぜ? やはり原作での最初のフラグが潰れたのが致命的だった?


 あそこで少なからぬ恋愛に繋がるだけの好意を抱いたからこそ、アークが頑張る姿にもキュンっとできたと考えるのならば……。


 なぜあたしがこんなにもエミリアとアークをくっつけたいのかには、もちろん理由がある。


 エミリアの補助魔法無しでアークが生き残り続けるのは絶対に不可能なのだ。あたしは原作知識があるから、必要な場面で手助けするだけで大丈夫だけど、一番側に居るエミリアが、命懸けでもアークを助けたいという強い想いを持ってくれなければ、全てが水の泡になりかねない。


 自分はハーレム拒否しておいて、何て浅ましいと罵られても仕方ないけど、あたしには自らハーレムを許容するなんて絶対に無理だし、それにあたしは、アークのハーレム化だけは無理に推進するつもりはなかった。他のヒロインが居なければ無理な場面は、あたしが代役する事で何とかなると思うしね。


 でもエミリアだけはダメだ。エミリアの献身的な協力無しでアークが生き残り続けられるイメージがわかない。


 どうしてもアークのハーレム可が避けられず、原作通りにエミリアがハーレムを許容するなら仕方ないとも思っていたけど……でも、流石に「あなたがアークを愛さないと大変な事になるから好きになれ」だなんて、同じ女として口が裂けても言えない。


 どうしたらいいの……?


 もういっそ全てを諦めて、あたしとロックで原作の事件を解決する方向にシフトすべきなの?


 いえ、それは何度も考えて、けれどもすぐに捨て去った考えなのだ。ロックをずっと付き合わせる訳にもいかないし、何よりも、幾つかの事件はアークが起点になる。その際に、解決できるだけの実力と、エミリアの協力がなければ、間違いなくアークは死ぬ。


 ハーレム体質の難聴系唐変木という、決してあたしの好みの男の子じゃないけど、見殺しになんて出来る訳がない。


 色々な考えが頭の中に渦巻き、冷や汗まじりに黙り込んでしまったあたしを、エミリアの怪訝な目が見つめている。


「あの、何でそんなに私とアーク君をくっつけたいんですか?」


「え? い、いや、別にそんな事……」


「それも何か必要な事なんですか?」


 じーっとあたしを見つめるエミリアの瞳は、絶対に逃がさないと言外に物語っていた。


 ロック助けてぇ……と心の中で涙を流すあたしが居た。

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