第32話 SIDEカレン

 ロックから殆ど告白されてしまった後、学生寮の自室まで走って帰ったあたしは、いつぞやのようにベッドで枕を抱きしめながらうーうー唸っていた。


 ああ、もう、本当に心臓に悪い男だ。


 好きだよ。ロックの事は好き。大好き……だと思う。ずっとこの人と一緒に居たいなんて気持ちになった事、今までは無かったから、これが恋なのかなんてハッキリとは分からないけど、多分これが恋なんだと思う。元々好みのタイプだしね。


 最初の頃はちょっと抱き寄せられるくらいならドキッとするだけで済んでいて、むしろ楽しむ余裕すらあったけど、「あ、こいつの事、本当に好きかも……」と一度思ってしまってからは、ちょっとしたスキンシップでも凄く意識してしまってダメだ。


 いつからそう思うようになったのかは自分でも定かではない。初めて会った時に「うわっ、すっごく好みのタイプかも」と思わされてしまった時からかもしれない。少なくとも最初から意識していたし、何かにつけて意識せざるを得なかったけど……ロックの仕事に対する誠実な人柄を知ってから、それから何気に優しいって事を実感してしまってから、本気の恋になってしまった気はする。


 以前にロックも言っていたように、何気なく付き合っている内に気持ちが育って来ているのは確かだろう。どんどん好きになっちゃってる。


 けどさ、ロックって、今日みたいに女がキュンっとしちゃうシチュを不意打ちでしょっちゅうかましてくるから、それでドキドキさせられちゃって、それを恋だって勘違いさせられちゃってる気もするのよね。吊り橋効果的な?


 それにさ、あんな女慣れしてる男だと、未経験のあたしなんかじゃ、エッチさせちゃって飽きられちゃったらどうしようって心配もあって、そうそう気軽に体を許せないのよ。いや、あたしだって別に嫌なわけじゃなくって、むしろしたいわよ? 興味は物凄くあるもん。でもさ、やっぱ飽きられちゃったらどうしようって考えたら怖いのよ。


 多分、強引に迫られたら拒否しきれないと思うけどさ……。


 だからさ、そういうのはちゃんと告白して、正式に付き合ってから。


 でも、付き合ったからってすぐに許すと思ったら大間違いなんだから!


 今だって付き合ってるみたいなもんな気もしないでもないけど、もうちょっと今のドキドキ感を楽しんでいたい。だって、口実を与えてしまったら、もう拒否できる自信、無いんだもの。


 臆病者と言わば言え。前世から数えれば30年以上も恋人居ない歴イコールなあたしの処女は利息も貯まりに貯まって、もうお安く済ませるわけにはいかないのよ。納得いくだけの相手と、納得いくだけのシチュエーションでないと、そう簡単に上げちゃうわけにはいかないのだ。


 それに今は……やっぱり、恋愛を楽しんでいられる気分にもなれないのよ。


 ロックはそこら辺の割り切りが簡単に出来てしまうみたいで、全然気にしていないみたいだけど、あたしには無理だ。


 この後、ロックはアークと決闘を行い、そして負ける。原作通りの流れだ。


 その際には、ロックは再びアークをボロボロになるまで痛めつけ、しかし紙一重で負けるという茶番を演じて貰わなければならない。


 ロックがアークを痛めつける光景を想像しただけでも胸が張り裂けてしまいそうなのに……。


 何であたしは、あんな簡単にロックへそれを依頼できたのだろう?


 いや、他人にやらせている時点でお馬鹿だ。


 でも、ハーレム主人公気質のアークじゃ美女のあたしには本気で怒れないから、あたしにはどうやっても無理な役割でもあったのも事実なのだ。ほら、人殺しは嫌だムーブしてても、相手が男なら最終的には不本意装っていてもなんやかんや殺すくせに、相手が美女なら何かしら理由を付けて許しちゃう系の主人公って多いでしょ。アークって典型的なソレなのよ。本人にそんな意識は無いのをあたしが悪意的に見ているだけかもしれないし、それが許されるシナリオだったってだけでもあるけど、実際あたしとエミリア以外のヒロインは敵対スタートの子ばかりだしね。


 中にはかなりエゲツナイ事をやっているヒロインも居るのに、悲しい過去が明かされて、なぜか許されちゃうのよね。情状酌量の余地があっても犯罪は犯罪だと思うんだけど、その罪が明るみに出る事はなく、全てアークとその仲間達の胸の内に秘められて、その後は和気藹々とラブコメするのよ。ご都合主義万歳よね、ホント。


 だからね、あたしじゃダメなのだ。この先のシナリオでは、あたしが手を貸さなきゃ死んでいる可能性が高いシーンもある。今思うと、上手く立ち回れば、敵対したあたしをアークが許すって展開に持って行く事も出来たかもしれないけど、そこまで器用に立ち回れたとも到底思えない。


 本当に頭が悪すぎる。確かにあたしはそんな勉強が得意な訳じゃなかったけどさ、実際お馬鹿すぎるでしょ。


 もっとよく考えなくては。そして、出来る事ならば、ロックがそんな事をしなくてもいい手段を考えないと……。


 ロックにしっかり相談すれば、もっと良い解決策を考え付いてくれるかもしれないけど……以前にさり気なくその点を確認した時の返答は「もうここまで来たら原作通りの展開で良いだろ」という素っ気ない物だった。ロック曰く、下手な事をしてアークの成長フラグを無責任に変えたくないという事らしいけど……ロックって強い(一応魔法の実力だけなら原作のカレン・ファルネシアよりも強いはずのあたしですら、ロックの実力はハッキリ言って底が見えないレベルって、本当にどれだけ強いのだろう?)けど、別にバトルジャンキーとか言う事もないから、魔族関連の事件に関わるのは面倒くさいから、アークが解決してくれるなら、それに越した事はないと考えているのも確かなようなのよね。


 だから、ロックに相談しても、この点に関してはあまり力になってくれるとは思えない。


 それにロックって、自分が他人からどう思われるかって事にはあまり興味ないっぽいのよね。っていうか、本当に全然気にしてないって言っちゃっていいっぽい。だから余計に、ロックに相談しても無駄になるだけだろう。


 でも、お馬鹿なあたしが幾ら頭を悩ませても良い考えなんて何も思い浮かばず、焦燥感を募らせるだけの日々がいたずらに過ぎていくばかり。


 原作でロックとアークの決闘がいつ行われるのか、実は具体的な描写は作中に無かった。けど、その後の時系列的に考えて、そろそろのはずでもあるのだ。


 一応、建前上は貴族と平民に学院内の立場で差は無いという事になっているからなのか、貴族が気に食わない平民に対して決闘と称して制裁を加えるような事が無いよう、正式に届けを出して、日を改めて立ち合い人が必要になる。


 原作では、アークの存在に苛立ったリンドロック・メイスターがエミリアを人質に取る事でアークに対して決闘を承諾させるのだけど、そこのところの流れをどうするか、本当ならそろそろ決めなくてはならない。


 けれども、少しでも決闘を先延ばしにしたいあたしは、それをロックに告げる事が出来ないでいた。


 ロックがそれを聞いて来ないのは、どうやら、アークの成長はもっと時間を掛けて行われ、そのイベントが起こるのはもっと先の事だと考えているようなのだ。いくら原作は努力しない三下だったとはいえ、本来なら自分だったはずの人物がそんなに弱いわけがないと思っているみたいなのよね。分からなくもないけど。


 だからこれ幸いとあたしは真実を告げずに、何とか時間稼ぎをしながら、お馬鹿な頭を悩ませているが、何も良い考えは思い浮かばず、焦燥感だけが募っていく毎日を送っていた。


 そうして過ごす事、更に数日後のある日の事、日課になっているロックの扱きという名の訓練から学生寮に戻ると、貴族女子寮の前でエミリアが待ち構えていた。


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