第31話
よく折れずに続けられるものだ……。
全身がボロボロになりながらも、泣き言の一つすら漏らそうとはせずに、ぐっと手に力を込めて立ち上がろうとするカレンに、俺は本気で感嘆の吐息を零す。
あの夜から既に数十日が経過したが、その間は特にこれと言った進展があった訳でもなく、殆ど代わり映えのしない日々が続いている。ドレッドやアッシュが絡んで来る事もなく、またアークが先走って挑戦しに来る事もなく、ある意味では平穏な毎日だ。
その代わり映えのしない日常の中には、こうしてカレンを実戦形式で俺が叩きのめす光景が含まれていた。
僅か一日たりとも休もうとはしないで、自ら訓練を望む姿は、とても魔法使いに憧れる気持ちだけでやっていられる物ではない。
以前は感じられた甘えみたいな部分が完全に取り払われている、と俺は感じる。
立ち上がろうとして歯を食いしばっているカレンに、俺は限界だろうと判断して回復魔法を掛けながら静かに話し掛ける。
「あまり責任を感じたりしなくていいんだぞ」
「そんなんじゃないわ。今のあたしじゃ、原作を生き残る事はできないって気付いただけよ」
「いっそ、原作なんて忘れて、俺と一緒に旅に出るってのはどうだ?」
「魅力的なお誘いね。いつかはそうしたい、本心からそう思うわ」
やはり、そう簡単にはいかないか。カレンと未知を求めて冒険するのは楽しそうだと、俺も本心から思うんだけどな。
まだ一度も面と向かって話してすらいないカレンの親父さん達の説得をどうするかという問題もあるが……最悪、さらっちまえばいいしな。
「いつになったらその気になってくれるのかね」
「あなたこそ、いつまでなら付き合ってくれるのかしら?」
魔法による治療を終えて俺が立ち上がると、釣られるようにして立ち上がったカレンが、真剣な顔で見つめてくる。
「原作の先の展開をあなたから聞こうとしないのは、そういう事でしょう?」
「ああ、気付いてたのか、あんた」
俺が原作に関して聞いているのは、次のシナリオである、俺とアークが決闘を行い、そして俺が負けるという所までだ。
原作の俺が魔族に乗っ取られてアークを襲う所までなら付き合ってやっても構わないが、それ以上は知っても意味が無いので特に知りたいとも思わなかった。そこで無意味に人が死ぬとか聞いたら、旅に出辛くなるからな。確定している不幸なら、平気で見過ごせる程、俺は強くない。
「あなたが凄く強いのに、あなたがアークの代わりに戦うとは決して口にしないのも、そういう事よね?」
原作のアークがどこまで強くなるのか、そして敵の強さがどれだけの物なのか、具体的に判断がつかない以上、簡単に請け負える話でもない、というのが一番の理由だがな。
しかし、確かにそれも大きな理由の一つだ。世界のために無償奉仕なんてする気は無いし、英雄願望なんて一切無い。アークが勝手に解決してくれるなら助かる、と思っていたのも事実だ。
でも、そうだな……。
「少し気が変わった」
「え?」
「やっぱりいつ旅を再開したくなるかも分からないし、アークの代わりになってやろうとは思わないからな、先の展開を聞きたいともやっぱり思わないがね、もう少しなら付き合ってやってもいい。今はそんな気分だ」
「本当!?」
顔を輝かせるカレンを見ると、俺の力を失いたくないのか、それとも俺と一緒に居たくてそうなってくれているのかは少し気になる所だ。
「あんたに死なれたくないからな」
途端にぼんっと顔を爆発させるカレン。
「ど、どういう意味……?」
「あんたが好き――」
「――――――ッ!?」
カレンはひゅっと息を呑み、視線をあちこちに彷徨わせる。
「――かもしれない」
「な、何よそれ!? からかってるの!?」
カレンは途端に真っ赤な顔色の意味を怒りに変えて俺を睨みつけてきた。
「仕方ないだろ。今まで女をそういう意味で本当に好きになった事なんて無いんだから」
「あー……」
俺の過去を思い出したらしいカレンが、少し気まずそうながら、どこか納得した風に乾いた笑みを浮かべた。
「な、なるほど。あなたの経歴だと仕方ないのかしら……」
「前世じゃ年の近い女なんて俺の周囲には居なかったし、初恋なんて知る前に女を宛がわれた。今生だって、女の方から誘われて、特に断る理由も見つからないままに、だったからな」
「改めて聞くと最低ね」
ジト目かつじっとりした声音のカレンだ。
「別に俺が弄んだわけじゃない」
「そう思っているのはあなただけなんじゃないかしら?」
本気だった女が居ると? どうかな。必ずしも違うと言い切れはしないが、流れの冒険者に本気になる女が居るともあまり思えないが。
「だから、あんたが教えてくれよ」
俺はカレンの顎を指で持ち上げるようにして顔を上げさせる。
「ももももうその手は食わないわよ!」
カレンがぴょんっと一歩飛びのいて、俺を睨みつけている。
「いつまでも手のひらの上で遊べると思わない事ね!」
「遊んでるつもりはないんだが、俺の事は嫌いか?」
「べ、別にそうじゃないけど……」
結構好かれてると思っていたのだが、俺の自意識過剰だったのだろうかと聞くと、カレンは頬を染めたままで戸惑いを露にした。
「あんたを抱いてみれば分かるかなと思ったんだけどな」
「何ですぐに肉体関係に持って行こうとするのよ!?」
「悪いか?」
「悪いわよっ。それでやっぱ違うとか言われたら、ただのヤラれ損じゃない!」
「なるほど。そういう考え方もあるのか」
割と本気で感心してしまった。前世の女達は別として、俺が今生で抱いた女達は、別に好きとか云々なんて言わなくても、大概は誘えば乗って来たからな。つか、よく分からずに適当を言う気は無かったから、逆に好きだなんて一度も口にした事は無い。
「難しいもんだな」
「全然難しくないわよ。好きだって気持ちはこう……あれ?」
カレンの声が次第に小さくなっていき、言葉を濁らせると首を傾げる。
「よくよく考えたら、あたしも今まで誰かを本気で好きになった事ないかも……」
「おい、それで俺に対して偉そうに説教してたのか?」
俺が呆れた顔つきになると、カレンはいーっと歯を見せて笑う。
「少なくとも、試しにエッチしてみようだなんて違うわよ!」
「ダメか?」
「ダメよ。あたしとエッチした……じゃなくって、そもそも付き合ってからだからエッチは! あたしと付き合いたければ、あなたがあたしをちゃんと好きになってから!」
「好きだぞ? 多分」
「だから多分って……」
カレンは額を押さえながら俯くが、次第にその顔を笑顔に彩っていく。
「分かったわよ。もう気にするのは止めるわ。だから、無理やりあたしの気を紛らわせようとしなくっていいわよ」
「そうか」
俺の狙いを見抜かれていたのは少し驚きだったが、そうやって笑っている方がカレンには似合ってる。
でも、少しだけ誤解もあるようだ。
「好きかもしれないのは本当だぞ?」
カレンは途端に再び顔を爆発させて、あうあうと言う形に口を動かしていたが、いきなり俺に背を向けて振り返ると、
「今日はもうおしまいっ」
と、一方的に言って走り去って行った。
残された俺は、先日と同じように髪をかき混ぜながら、カレンの走り去る姿を見届ける。
「分からん。初めてのタイプ過ぎて、距離の取り方がマジで分からん」
と、俺はしばらくその場に留まったまま、頭を悩ませていた。
でも、と俺は心の中で更に思う――
ああいうカレンを見るのも、可愛くて楽しいな、と。趣味が良いとは決して言えないなと自分で自分にツッコミを入れて、俺は微笑した。
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