第29話 SIDEカレン
「ぐわぁっ」
殴られ、
「ぎゃっ!」
蹴られ、
「かはっ」
背中から地面に叩きつけられ、まともな悲鳴にもならない声を発しながら、とうとう身動きしなくなったアークを見ていると、流石にハラハラした思いが隠し切れないし、本気で心配になってしまう。
地面の上で横ばいになって、痛みをこらえているアークの様子を見て、彼を痛めつけていたマクレガー先生がこちらに歩んで来る。
「エミリア生徒と言ったな、回復魔法で癒してやれ」
「は、はい!」
あまりにも悲惨な光景に呆然としていたエミリアが、言われて即座に駆け足でアークの方へと向かって行った。
なぜエミリアまで居るのかと言うと、話は少しさかのぼり、ロックとアークの初邂逅の夜、教師に知られずあたしとアークを癒してもらう手段が彼女しかぱっと思いつかなかったため、平民女子寮へ行った際、そうなった理由を問い質されて、あたしが誤魔化しきれずに、あたしとロックのせいだと言わされてしまったのだ。
原作でも所々意思の強さを見せる場面はあったけど、エミリアもこれと決めたら引かないタイプなのよね。原作のカレン・ファルネシアだったら強気な態度で拒絶しきっていたかもしれないけど、中身があたしじゃね……無理でした。あまりの体たらくに泣きたくなる。
けど、それを知ったエミリアは「何か事情があるんですね、最初にお会いした時みたいに。今度聞かせてもらいますから」と勝手に納得してくれたので助かった。最後に付け加えられた一言が怖いけど……。
そして、先程アークを呼びに行った際に訓練の事も知られて、怪我をしたら大変だから自分もついて行くと自ら申し出てくれたのだ。
まだエミリアの方は恋心まで育ち切っている様子には見えない事くらい、あたしにも分かるけど、二人の関係構築のためにも好都合だし、回復魔法もありがたいので、これ幸いとその申し出を受け入れた次第である。
エミリアの回復魔法で徐々に落ち着きつつあるアークの姿を見てほっとしながら、あたしはマクレガー先生を睨むように見つめる。
「ちょっと厳し過ぎじゃないですか?」
適当に訓練をつけてやったという事実だけを作りに来てやしないかと、疑惑の目で見てしまうあたしに、マクレガー先生は鼻で笑ってみせる。
「メリスター生徒と戦えるまでにしたいのだろう?」
「もっと基本から教えたりしないんですか?」
「言っておくが、メリスター生徒もまだ発展途上だ。そんなメリスター生徒に追いつきたければ、まともにやっていたのでは10年あっても到底足らん。10年後に今のメリスター生徒と同等になっていられるならまだ御の字だというのに、まともにやっていて叶うものか」
あたしは返す言葉も無く、黙り込むしかなかった。
「しかし、貴様らが言うだけは確かにある」
「え?」
「センスは紛れも無い一級品だな。勝手に私の動きをトレースしているが、まず普通は出来る事ではない。ゆえに基礎から教える必要は無いと言った方が正しい」
だから原作には細かい修行の記述が無かったのね。原作の記述のみが正しいと疑わずにいたら、そりゃ実戦では役に立たない頭でっかちが出来上がるのも当然か。
「しかも本人に確認したが、魔法に関しては今まで全く鍛える方法すら知らなかったと言う。つまり『基礎熟練度』だけで既にあそこまで動けている事になるわけだが、だとしたら驚異的だ」
基礎熟練度とは、生れ付きに備わっている熟練度を言う。
この世界の魔法は、単純なレベル制や、あるいはスキルポイント制というよりも、とにかく特定の属性を使って、その属性の魔法レベルを上げる熟練度制というのが最も近い……って言うのは、原作でも割と最近になって明かされた設定だ。ぶっちゃけ後付け設定じゃないかと個人的には思っているけどね。
どんなに膨大な魔力を秘めていようとも、熟練度がお粗末では強力な魔法は使えない。
熟練度を上げる方法は至極単純で、とにかくレベルを上げたい属性の魔法を使う事。ただ、大魔法一回で得られる熟練度は小魔法一回の熟練度より高いけど、例えば消費MP10の魔法一回で得られる経験値と、消費MP1の魔法10回で得られる経験値は変わらないらしい。よって、基本的に熟練度稼ぎは小魔法を連発するのが体力の消耗も抑えられて効率的だというのが定説だ。いずれにしても、とにかくその属性を使う事が成長の秘訣である。
しかしながら、魔力量の多い人間ならどんどん熟練度を稼げる事になるので、生れ付きの魔力量が豊富な方が結局魔法使いとして大成し易いのに間違いはない。でも、魔力量や属性熟練度を鍛えるのもかなり疲れるので、最終的には根性がある人間の方が強くなれるのは、地球のスポーツ選手や格闘家と変わらないと言える。
そして、誰もが生れ付き同じレベル1の熟練度というわけでもない。魔力量や属性適性とは別に、更に基礎熟練度と呼ばれる、生れ付き強力な魔法を使用できる熟練度を持っているパターンがある。
というか殆どの人間はそれで、例えば火と水の適性を持って生まれたが、火はレベル1、水はレベル5、みたいなケースが普通にある。具体的に数値化できるわけじゃなく、あくまでも感覚的な物でしかないし、大抵はあってもレベル2くらいが関の山だけど、稀に桁違いに高い熟練度を持って生まれる天才も居る。
原作におけるロックであるリンドロック・メイスターも、原作に明確な記述があったわけではないが、おそらくそれだと目される。それも尋常ではないレベルの天才的熟練度ホルダーだ……とは、ファンの間でまことしやかに議論されていた考察だ。あの怠慢と傲慢が服を着て歩いているようなキャラじゃね、そうも思いたくもなる。陰で努力しているタイプじゃなかったのは明らかだしね。原作のロックが作中屈指の才能を持つと言われる所以はここにある。
……後付け設定かもしれない内容に沿ってまともに考えるのも馬鹿らしいと、あたしはそこに関しては話半分で二次創作小説を読んでいたけどね。
熟練度は上がれば上がる程、逆に上がりにくくなるけど、基礎熟練度が高いなら出力量において圧倒的なアドバンテージを得た状態でスタートできるわけで、同等の訓練をしていて基礎熟練度が低い人間に追いつかれる事はまずない。
魔力量、属性適性、熟練度。魔法使いとしての才能を決めるこの三要素の内、後天的にどうにもならないのは属性適性だけだけど、他の二つも高いにこした事はない。と言うか、高くないと魔法使いとしての大成は望めない。
マクレガー先生の言葉が正しければ、アークの身体強化属性の基礎熟練度は相当高いのだろう。これは尚更、先に期待が持てるとあたしは少し気が楽になった。
「あれなら確かに10年も経たずに私を追い抜き、今のメリスター生徒になら追いついても驚かん。最後まで追いつけるか、ましてや追い抜けるかはそれでも大分怪しいが」
ロックはそこまで化け物染みているのか、と改めてあたしは戦慄すると共に、彼に期待せざるを得ない。
もちろん、あたしだって頑張るけど……。
いや、頑張らなければならない。ロックが強いからって、彼に押し付けてばかりで許されるはずがない。
謝罪は出来ない。しても意味が無い。
なら、少しでもあたし自身が強くなって、彼の代わりになれるようにしないと。最悪でも彼を支えなければならない。
そう考えている時点で彼に頼っている気しかしないけど……
そんな風に懊悩していると、マクレガー先生は微かに笑みを浮かべながら続ける。
「あれなら育てるのも楽しそうだな」
「じゃあ!?」
あたしが喜びの声を上げると、マクレガー先生は、表情は笑みをそのままに頷いてくれた。
ほっとすると同時に、あたしはそれならと意を決する。
「マクレガー先生、後はお願いしてもよろしいですか?」
「お嬢様が居ても出来る事はあるまい。好きにするがいい」
あたしは歯を噛み締め、拳を握りしめながら振り返り、この場を後にした。
「若さとは羨ましいものだな」
その背に向けて、マクレガー先生の眼鏡越しの微笑ましげな、そして少しだけ羨望を含んだ視線が投げかけられていただなんて、あたしは全く気付いていなかった。
気付いていたら、思わず反射的にツンデレっていたかもしれないので、気付けなかったのはある意味幸いだったかもね。
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