第27話
カレンをボコり、アークをボコり、ついでにドレッドとアッシュを眠らせた騒動の翌日、カレンと教室で会って挨拶をすると、彼女は気まずそうな顔で短めに応じるだけだった。
「どうした? ご機嫌斜め、ってわけでもなさそうだな。落ち込んでいるようだが」
「いえ……気にしないで。個人的な事よ」
「ならいいが……」
あの後、何か落ち込む事があったのだろうか?
まさか俺とアークが戦った事を気に病んでいるわけじゃなかろうしな。最初から分かっていた事だ。思った通り、不快な気分にしかならなかった。
他者を犠牲にして平然としている輩や、昨日のように訓練でなら罪もない女を殴っても許容できるが、こちらの都合でしかないのにアークを殴るのは訳が違う。
アークが善良な人格者だからこそ余計に。
しかし、アークにあそこまでの素質があるなら、最初から俺が鍛えるだけでも良かった気もするが……あまり向かないらしいんだよな、俺、人に物を教えるの。ロジック通りに教える事までは出来るんだが、それで理解できない相手が何で理解できないのかが、いまいち良く分からん。冒険者時代に組んだ相手に教えてくれと言われて、特に勿体ぶる必要も無い内容なら教えてやったのだが、そのたびに「お前は他人に教えるのに向かない」とか、「お前のは教えてるんじゃなく、ロジックを伝えているだけだ」と言われたものだ。
俺が教えるとしても、ひたすらにボコるような内容になってしまうだろう。それで心折れたら元も子もないから、はなっから考えていなかったのだが、あれだけの闘志とセンスを秘めたアークなら、案外行けたかもしれないな。もう遅いが。
カレンでは最初、立っている事すらできなかったのと同等の一撃どころか、一撃で確実に、しかし意識はギリギリ保たせたままで沈めてしまおうと、同等の威力をカウンターで打ち込んだ攻撃で倒れなかっただけでなく、更に俺が加減を間違えた一撃を頭に食らってすら、アークは根性で意識を繋ぎとめただけでなく、すぐに立ち上がってみせた。素人の胆力じゃない。普通の人間ならあの時点で完全に意識が飛んでいたはずだ。
更にはあの戦闘センス。直前にやった俺の技を、そっくりそのまま即座にコピーしてみせたアークには、流石に本気で驚かされた。
無論、細かい部分にケチをつければ、俺がしたのよりは遥かに拙いものではあったが、直前までに見せていた子供同然の動きを意識していた俺にとっては完全に不意打ちだった。おかげで余計な力が入ってしまい、下手すると脳死させていたかもしれない。危なかった。
結局最後は、人体構造的に意識を失う事が絶対不可避の攻撃をする事でようやく意識を刈り取れたのだから、大した根性だよ、本当に。
次からは戦闘中にも見違える程の成長を遂げる前提で相手をしないと、また事故るかもしれない。流石は原作主人公なだけはあるという事か。素直に称賛の言葉しか思い浮かばない。
あれを相手にする時は気を付けよう。不意打ちされると加減が利かないからな。俺が顕在化させていた魔力が少量だったので殺しまではせずに助かったが、もう少しで本当に殺してしまうところだった。気を付けよう、マジで。
今一度脳内で自身を戒めると共に、まあ根本的に、アークの訓練に俺がずっと付き合い続けられるもんじゃないという問題もあるんだがなと思いながら、俺はカレンに向けて話しかける。
「そう言えば、怪我は大丈夫か?」
顔は一切殴らなかったので、外見からじゃあまり分からないんだよな。手足についていた細かい傷は治っているようだが。
「ええ、あの後、気絶したアークを抱えて平民女子寮まで行って、エミリアに治してもらったから」
「あのお嬢さん、回復属性持ちだったのか」
「それどころか、補助属性持ちのサポート特化よ」
「それは凄いな」
全属性適性持ちの俺には当然、補助属性の適性もあるんのだが、ソロでの活動を前提に鍛えてきた俺は殆ど使えない。基礎熟練度も低いしな。
あれはあると本当に楽なんだよな。以前に補助属性持ちのシルバー級と組んで仕事した時は本当に助かった。4,5人以上でパーティーを組んだなら、一人でも居るとパーティー全体の戦力がぐっと安定するだろう。
回復属性以上に適性持ちがレア過ぎて、冒険者間では引っ張りだこなんだよな。それが回復属性と補助属性のサポート要員を一人で両方受け持てるとなると、それだけでシルバー級以上のみで構成されたパーティーですら、素人から育てるのも受け入れるだろう。
実際には適性を持っているだけならそれなりに存在するんだが、更に充分な魔力量を保有している必要があるから、その両者を満たすとなると、本当にレアになる。統計を取れたわけじゃないから正確には分からないが、1万人に一人レベルじゃないか? 更に回復属性のダブルとなると、100万人に一人とかだろうな。国に一人居るか居ないかといったレベルだろう。
「アークの様子はどうだった?」
「最初は落ち込んでたけど、すぐに立ち直って、瞳をギラギラさせていたわよ」
「大したものだ」
そうだろうとは思っていたが、実際に折れずにいられるのは本当に大したものだと思うよ。
「ああ、安心して。教師に告げ口したりするつもりは無いみたい」
「別にそれで退学になる分には構わないがな」
何が何でも原作に関わっていたいわけじゃない。不可抗力ならカレンとの約束を破る事にはならないだろう。
これでも一度引き受けた依頼の達成率は100パーセントというのが密かな自慢なんだ。カレンの依頼はギルドを通しているわけじゃないから、俺の冒険者としての成績に響くわけじゃないが、プライドの問題だな。
「なら後は、あの女教師にアークの指導を受け入れさせるだけか」
するとカレンは、じっと俺を見つめてくる。
「どうして……一緒に頭を下げてくれるなんて……そこまでしてくれるのかしら?」
「ん? 昨日も言ったと思うがな。それ以外に理由を問われるなら、あえて言うなら何となくだな」
本当に何となくだ。金に困っているわけでもないからな、ボランティア活動みたいなものだ。同郷のよしみもある。
「それに、あの女教師も言ってただろう?」
「え?」
「女には優しくしておいて損は無い。特にあんたみたいな美人にはな」
「―――ッ!? だから何であなたってば……」
頬を赤く染めるカレンに、俺は企みが成功して、今でも少しだけ昨日から引きずっていた気分が晴れた気がした。
放課後。
授業……と言う名のお遊びの茶会の最中にコンタクトを取っておいたシャロンと、俺とカレンは教室に居残って話をする事になり、さっそくカレンが持ちだした内容に、シャロンはやはり、意味が分からないという顔をした。
「なぜ私がそんなマネをする必要があるんだ?」
「彼は凄い素質を持っています。きっと先生も満足するはずです」
「どうしてもと言うなら、その男にやらせればよかろう」
「彼じゃダメなんです」
「なぜ?」
「彼とアークは敵対関係になってしまったので。彼の言葉を受け入れるとは思えません」
「尚更意味が分からん。なぜ敵をわざわざ成長させようなどと考えるのだ?」
「それは……」
カレンが言い淀むので、俺が代わりに話す。
「あえて言うなら、俺の楽しみのためですかね」
「つまり、成長したそのアークという生徒と戦ってみたいとか、そのあたりか?」
シャロンは皮肉げに鼻を鳴らす。
「ふざけた事を。貴様と互角に戦えるようになるまでには、どんなに化け物染みた才能があろうと、10年は掛かるだろう。それで済むかも怪しいものだが」
「アークの才能なら、もっと早くてもおかしくは」
カレンが何とか説得しようと口を開いたところで、シャロンのギロリとした眼鏡越しの視線がそれを遮った。
「お嬢様、あなたにはこの男の真価が全く理解できていない。この男は正真正銘の化け物だ。私では実力を推し測る事すらできないレベルのな」
「そんな事は……」
「あるんだよ。いいかね、お嬢様? ハッキリ言っておく。私は教師としてはこの魔法学院で最強を自負している。まだ三年目だが、見送ってきた卒業生の誰一人として、今でも負ける奴は居ないだろうと考えている。その私がだ、戦うくらいなら逃げたいと思うような相手が、この世界にどれだけ居ると思う?」
カレンは、シャロンの質問に対して答える余裕も無い様子で絶句している。
「あのシャロン先生が、そこまで……」
「ほう、私の何を知っているのか知らんが、その『シャロン先生』がだ、高々16歳になるかならないかのガキ相手に、心底から恐怖しているんだよ。理解したか? なら話は終わりだ」
「俺からも頼みます」
カレンの物分かりの悪さに少し苛立ちを覚えているのだろうシャロンが、強引に話を打ち切って立ち去ろうとするものの、俺の声にぴくりと立ち止まり、頭を下げている俺に驚いた顔をしたのが気配で分かる。
「……どうして貴様がそこまでする?」
「理由は話せません」
「それで引き受けてくれとは無茶を言う」
だろうな。俺だってそう思うよ。手っ取り早い方法もあるが、それはダメだろう。世界に対する悪影響が大きすぎる。
「では交換条件だ。あの鉄人形を崩壊させた魔法を教えろ」
やはりそれを望んで来たか、と俺は内心、顔をしかめた。
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お知らせです。
20話辺りから感想がどっと増えて来て、ちょっと感想返しが負担になって来てしまいました。まさか自分がこんな事を申し上げる事になるとは思いませんでしたが、肝心の本編を書く時間がとられては本末転倒なので、今後は基本的に感想に対する返信は公平に一律止めさせて頂こうと思います。ちゃんと感想には目を通させて頂きますので、励みになりますから頂ける事には多大な感謝を申し上げます。ご無礼致しますがご容赦下さい。
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