第25話 SIDEアーク
平民用の男子寮は三人一組で一部屋を使う決まりになっている。貴族用は一部屋あたりの大きさが同じで個室として使えるらしいのに、不公平だとは思うけど、この魔法学院の運営資金は貴族が出してくれているらしいので、文句を言っちゃいけないんだろう。
そのお金は元々、平民から集めた税金なので、結局平民が出しているのに変わりはないと誰かが言っていたけど、僕にはよく分からない。
それよりも問題なのは、僕と同室の他二人であるドレッド君とアッシュ君だ。
なぜだかよく分からないけど、この二人は仲が悪い。昨日、入学式が終わり寮に帰って来て、初めてお互いに顔を合わせた時からずっといがみ合いをしてばかりだ。
ドレッド君の横柄な態度から始まり、それに対してアッシュ君が嫌味を言って、喧嘩になりそうになるたびに僕が仲裁するという展開が既にお約束になってしまっていて、早くも僕は気疲れしてしまっている。まだたった二日の付き合いなのに、ずっとこの調子じゃ僕の神経が持たないよ。
特に、エミリアっていう女子生徒が絡むと、それがよりいっそう顕著になってしまうため、僕は少し彼女を苦手に思ってしまっている気がする。できれば彼女とも仲良くしたいんだけどな。
本当に二人とも、もう少し仲良くしようよ、同じ平民クラスの仲間なんだから。
特にこの二人は、とても平民とは思えないくらい既に強いので、定期的に開催されるクラス対抗戦で今年は貴族クラスに勝てるかもしれないと、担任の先生からも期待されているのに、肝心の二人の仲が悪いままじゃ、せっかくのチャンスも活かせずに終わってしまうかもしれないし、それはとても勿体ないと思うんだ。
「ねえ、二人ともそろそろ喧嘩は止めて仲良くし」
「毎度毎度うるせーな、雑魚は引っ込んでろ! うぜーんだよ!」
「ふっ、アークのような弱者が相手であろうと寛容になれないキミのように狭量な人間じゃ、エミリアさんが好きになる事なんてないだろうね」
ドレッド君は大概だけど、アッシュ君も何気に失礼だよね、と僕は乾いた笑いを浮かべる。二人よりも僕が弱いのは事実だから、否定しようとは思わないけど、流石に少し傷つくよ。
「もういい。こんなまどろっこしい口喧嘩なんてしてねーで、実力で決着をつけようぜ」
「僕は構わないとも。フィジカル馬鹿のキミなんて敵じゃないからね」
「ふんっ、余裕ぶっていられるのも今の内だ、目にもの見せてやるぜ」
た、大変だ!
慌てて寮監の上級生の所まで走って知らせに行ったけど、学生同士の決闘は認められているから好きにさせれば良いと言われてしまい、更に慌てて、既に寮を出て行った二人を探しに追い駆ける。
けど、既に二人の姿は周辺に無く、どうしようと考えて、決闘ならコロシアムを使うんじゃないかと思いついた僕はそこに急いで向かう事にした。
そしてコロシアムに辿り着いた僕が見たのは……
一人の貴族の男子が、もう一人の貴族の女子を一方的に殴り、蹴り、投げ飛ばして、嬲り者にしている無残な光景だった。
あれは、昼間の実習で、ある意味最も印象的な結果を残した、確かロック・メリスターって言う名前の男だ。
嬲り者にされている女子も、彼とドレッド君とアッシュ君の三人以外で、そして唯一女子生徒で鉄人形を破壊してみせた、首席入学で学院長の娘さんだっていうカレン・ファルネシアさんだ。
どう見ても実力の差は明らかなのに、諦めずに立ち向かうカレンさんは凄いけど、女性をあんな一方的に嬲り者にするなんて、何て最低な男なんだ、ロック・メリスター!
僕なんかが勝てる相手じゃないのなんて分かってる。でも、これを許してしまっては、僕は僕自身の事を許せない!
「何をやっているんだー!」
僕が大声で叫びながら二人の方へ駆け寄って行くと、ロックは倒れ伏したカレンさんから目を放して、僕の方を見た途端に微かに目を見開いた。
よし、トドメを刺されそうだったカレンさんからロックの意識が外れた。これだけでも僕が勇気を出した価値はある。
僕は足を止めて、いつでも動けるように微かに腰を落としながら、慎重にロックを睨みつける。
「女性に対して何をしているんだお前は!」
「え? いや、ちが」
地面に四肢をついたまま、驚愕の表情を顔に張り付けているカレンさんが、手を前に差し出して何かを言おうとした。
しかし、その瞬間にロックがカレンさんの手を取って引き寄せながら、まるで人質を取るかのようにして彼女の背後から抱き締めた。
「卑怯だぞ! 戦うなら僕が代わりにやってやるから、男なら正々堂々と僕と戦え! カレンさんにはそれ以上何もするな!」
「いいだろう」
卑怯者が簡単に僕の言う事を聞くとは思えなかったので、その返答には一瞬拍子抜けしたけど、ロックは本当にカレンさんを解放して前に出て来た。
カレンさんにこれ以上何もしないなら何でもいい。
でも、カレンさんの顔は危機を脱して安心した様子ではなく、未だに不安そうな顔色で、僕とロックの間で視線を行ったり来たりさせている。僕の実力でロックなんかに喧嘩を売ったのが心配なんだろう。優しい人なんだな。
「カレンさんに謝って、これ以上何もしないなら、僕もこの事は先生に黙っていてやるぞ」
「戯言をほざくな。俺に言う事を聞かせたければ、実力をもってするんダナ」
「くっ……」
僕は歯を食いしばって呻いた。勝てるわけがない。ドレッド君と対等に喧嘩できるだけじゃなく、正体不明の魔法まで使うこいつには。でも……。
何だかロックの口調が変に思えた気もしたけど、僕も緊張しているから、きっと気のせいだろう。
「やってやる!」
僕は拙い身体強化を自らの体に施して、ロックに向かって踊りかかった。
「ごふっ」
たったの一合だった。
殴りかかった僕の拳を避けつつ、同時に一歩僕の方へと踏み込みながら放たれたロックの拳によって、僕はお腹を抉られた。
「げほっ、げほっ」
僕は辛うじて倒れるのだけは我慢しながら、しかしお腹を押さえて咳き込むのを止められない。
今追撃されたら僕は動けない。
けど、ロックは睨みつける僕を静かに観察するように見ているだけで、追撃は特に無かった。
「どうした? げほっ、僕は、まだ無事に……立っているぞ?」
「…………」
ロックは僕が強がってにっと口の端っこをつり上げながらした挑発に対して、無言で殴り掛かってきた。
それをさっきロック自身がしたように避け、一歩踏み込みながら自身の拳を打ち出す。
一瞬、ロックの顔が驚愕に彩られた気がした。
けど、ロックは更に体を横に回転させながら僕の拳を避けてしまい、その勢いのままに裏拳で僕の側頭部を狙い、僕は頭からかなりの距離を吹き飛ばされる事になってしまった。
「や……やっ……た……ふざけ……し…………んだ。はん…………った」
ロックが何か呟いている気がしたけど、頭がぐわんぐわんしていた僕には途切れ途切れにしか聞こえていなかった。
立ち上がるのに必死で、それどころじゃなかった。
「……まだ立ち上がるのか」
「僕は……絶対に倒れないっ!」
はっきりとした驚愕の表情を見せるロックを、僕はぐらぐらと揺れ動く視界の中で辛うじて目にし、してやったりという気分になりながら、少しでも余裕を見せるために必死で笑みを作って、自分自身を奮い立たせるために絶叫してみせた。
「仕方ない」
その言葉を最後にロックの姿が僕の視界から消え去った。
「え……?」
と思った瞬間。
「いい加減不愉快なんだ。とっとと落ちろ」
そのセリフと共に顎に何かが掠る感触を得た気がしたら、僕の意識は闇の中に落ちて行った。
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